私以外の誰かへ
初投稿です。
GW真っ只中、友人と京都の伊根まで行くと計画を立てついにその日が来た。
真夜中の1時前に姫路を出て、友人のいる朝来まで迎えに行く。
朝5時ごろに伊根の舟屋から朝日を見る為だ。
私と友人は高校時代に始めたバイト先で知り合った。
バイクと写真が趣味で学生の頃はよくツーリングに行った。
大学を卒業してからは私が遠方に出たのを機に、あまり会えなくなってしまったがこうやって長期休みは必ずどこかへ行った。
今回も同じような流れでの事だった。
普段と違うのはバイクではなく、車だという事だ。
後部座席にキャンプ道具とありったけの酒を積んでいる。
キャンプをやってみたいと彼が言ったので、私の道具を積んでいた。
いつものバイクとは違い、ついつい積めるものなので色々詰めてしまった。
時折道具同士が当たる音や酒瓶同士が小突く音を聞きながら朝来まできた。
「おはよう、お疲れ様」
「おはよう、ちゃんと寝たか?今日は長いぞ?」
車のドアを開け一言二言やり取りをした後早速出発する。
「国道からあっちの県道に入って向かうか」
「任せるわー」
瞼を擦りながら缶コーヒーを流し込む彼を見る
「随分と眠そうだな、大丈夫か?なんなら着くまで寝てていいぞ」
「いやー21時ごろには寝たんだけどな、楽しみすぎて寝られへんかったわ、悪いけどそうさせてもらうわ」
そう言って彼は座席を倒した後、暫くもせずにすぐに寝息を立て始めた。
普段から忙しいやつだ、教員ともなると尚更だろう。
相変わらずガチャガチャと荷物も鳴らしながら進む。
走らせて30分ほど、国道から県道に入る。
暗いとはいえ、バイクで散々走り慣れた道だ。見慣れたT字路を左折する。
彼の寝息を聞きながら、暫く走っていてふと違和感を覚えた。
…こんな道だったか?
もしかして通り過ぎてしまって違う県道に入ってしまったか?
…引き返して、もう一度国道に出たほうがいいか?
彼を起こしてこんな道だったかきいてみるか?
「なぁ、」
「………う、…ちがう」
寝言?
「?なぁ起きてるk」
「ああ違う違うそうじゃないんだ違うんだ違う違う違うんだそうじゃないそうじゃない違う違う」
何か言っていると思い、一度車を止めると、カタカタと歯を鳴らしながらそんな事を言う。思わず動揺してしまったが、
「なぁ!?大丈夫か!?」
体をゆすって起こす。
「あ…」
「うなされとったけど…大丈夫か…?」
「…そうか、いや悪い、いや、ちょっと夢見が悪かった…」
歯切れ悪そうに言う。顔が白い。どんな夢かは追及しない方が良さそうだなと言葉を選んでいると
「な、なぁここどこなんや?」
血の気が引いた顔で聞いてくる。怯えてるようにさえ感じる。
「いや県道に入ったはずなんやけど、こんな道やったかなって思って聞こう思って起こしたんやけど…」
彼は見回す事なく、真っ直ぐに私をみて言う
「この道やない、この道やない」
怯えているように感じていたが、今はハッキリと怯えているとわかる。
「いや違う、こんな道やない、引き返そう、引き返そう」
「わかった、引き返すわ」
怯えが伝染したかのように、私も少し怖くなってしまった。彼の怯え方は尋常ではない。
「ごめん、ごめん、ホンマにごめん」
「いやええて、むしろ道間違えた俺が
ードンッ!
悪い」と、言いかけた瞬間、車に衝撃が走る。
Uターン出来るところを探して走り出した直後、何か轢いた。
顔の熱が引く、背中が粟立つ、掌から嫌な汗が噴き出る。
血の気が引くとはまさにこう言う事だろう。
轢く、轢いてしまうほんの一瞬、ほんの瞬きの瞬間、私はそれが人に見えた。
見えてしまった。
「ありえんやろ…」
この時間帯に人がいるわけない。
鹿か何かだろう。
そもそも停車中ライトはついていた。
前方に何かいたら気がつく。
飛び出して来たんだ。
それ以外あり得ない。
なら人じゃない。
動物だろう。
そうに違いない。
なら、
「…動物やと思う、車の確認してくるわ」
「あかん!あかん!離れよう離れよう!出たあかん!」
彼は必死に出ようとする私を止める。
やめてくれ、そんなに怯えないでくれ。アレは動物だって。こんな時間に人がいるわけないやろう、こんな道で。
やからそんなに怯えた目で訴えないでくれ、いやでもそういう考えがチラついてしまう。
目眩を起こす頭を支えながら、心臓は嫌な早鐘を打ちながら、それでも何故かどこか冷静に
「でももし人やったら…」
と、彼に問う。
無意識だが、多分わざと意地の悪い言い方をした。
自分を言い聞かす為に、確信が持ちたくて。
怯えた彼に言わせる為に、怯えた彼を利用した。
彼は唇を噛み締めながら
「人な訳ないやろ!」
と、否定してくれた。
でもそれはハッキリと、明確に、考えないようにした存在についても確信させる言葉だった。
少しづつ、荷物がカチャカチャと鳴り始める。
走らせていないのに。
すぐに引き返す。ターン出来るかどうかの幅も考えずに、車を山面に擦りながら、無理矢理タイヤを幾回も回転させて。
来た道を引き返す。
横を見ると、彼は顔を両ももの間に埋めて泣いていた。ハンカチを噛んで声を殺しているが、何か言っている。
「…しか…ったんや…」
ふと灯りが見えた。国道だ。
曲がり角のコンビニが見える。
一気に安堵が襲ってきた。どっと汗と涙が噴き出る。息が上がる。
コンビニの駐車場の、端っこに車を停めて、暫く深呼吸をした。
頭が痛い。
アレは動物だ、動物だった。
一瞬だけ見えた影は動物だ。
狸か、鹿か、猪か、熊だったかもしれない。
とにかく動物だった。
人じゃない。
頭でそう言い聞かせても、脳内では嫌な考えが一瞬見たあの映像をどんどん補完する。
青白いふやけたような顔が、
血走らせた目を見開いて、
歯を剥き出して、
ニタァっと笑う、
少年のような顔。
笑い声まで聞こえてくるようだった。
振り払うように頭を振って息を吐く。
私はそんなモノ見ていないだろう。
「…コーヒーでも、飲むか」
「……」
彼は答えなかったが、車から出る私を止めもしなかった。
とにかく、他のことを考えなければ。
適当な温かいコーヒーを手に取り、レジに向かい店員に渡す。
「袋どうしますか?」
あぁ、誰かの声がこんなに安心するのは初めてだ。
ほんの少し安堵した。ちゃんと現実だ。ふわふわした足元が地についたような感覚。
コーヒーを持って、ふと自分の車を見ると、コンビニの灯りに照らされて、左側、助手席側の側面。
べったりと、何かついている。
斜面に擦ったし、泥だろうか?
いや違う
黒い車が灯りに照らされて、色黒い、真っ黒の、手で塗りたくったような線がついている。黒い車なのに、それが分かる。
掌だ。沢山の掌が、左側に、ベタベタと張り付いている。
真っ黒の泥の掌が、まるで縋るように。
彼が鬱病に罹ったのは昨年のGW。休職したのもそのタイミングだった。
彼のクラスの虐めの主犯格が事故で死亡し、また虐められていた子もその翌日自殺した。
虐めた子は川に身を投げて、虐められた子は校庭の木で首を吊って。
虐められていた子には大人として、教師として色々と対応してきたそうだが、叶わなかったそうだ。
何故虐めていた子が死亡したかは幾つか説が出たが、結局未解決、原因不明、という事になった。
一方で虐められていた子には遺書があり、そこには
「誰も助けてくれなかった。友達も、先生も、親も。だから、自分でやる。」
と、あったらしい。
短期間で2人の死者を出したので、責任を問われた友人は次第に壊れてしまった。学校側は全ての責任を友人に押し付けようとした。それが更なる火種となり、また、その火が消えることはなかった。
暫くして実家に戻った友人は、人と会うことを辞め引きこもっていたらしい。
曰く、怖かったのだと。何がとは言ってなかったが。
それと、背負わせてしまったと。
5月末。
車のお祓いを終えて、そして自分たちのお祓いも終えた帰路の途中。
彼は話してくれた。
首を吊った教え子を見つけたのは彼だ。
離れた別棟の理科準備室。
そこが教え子の通う別教室だったそうだ。
その木はそこから見える位置にあったと言う。
そしてその吊った首と縄の間にあった紙切れに、彼のせいではないといったメッセージが残されていた事を。
当事者ではない私に話してくれたのは、懺悔のようなものなのだろうか。
車に付いていた泥の掌は、彼には言わなかった。
言ったところで、さらに不安を煽るだけだろう。
それに帰りすがら振り付けてくれた雨のおかげで殆どが流されたのか、帰宅した頃には擦った傷痕しか残らなかった。
あれから2年が経った。
彼が兵庫から引っ越したのもあって、タイミングが合わず彼とは会っていない。
お互い久しぶりに会いたいなと嘯くが、恐らくもう会うことはないんだろう。
あの日、あの道での出来事が何だったのか、未だに分からない。
お祓いの際も、あの日の事を話しても神主さんは「もう心配はありません」としか言ってくれなかった。
まぁ今考えると頭のおかしい奴と思われただろうか。
ただその中でも少し確信めいたものがある。
虐めた子を川に突き落としたのは君なんだろう?
許してと縋る手を突き放して。
だからあの夜、あの子は君に縋ったんだろう?
きっとあの時車の中で殺した声は
「こうするしかなかった」
もしくは
「殺すしかなかった」
なんだろう?
「違う」
と、否定したのは教え子が死ぬのは想定外だったんだろう?
きっと背負わせてしまったのは教え子で、遺書には全員のせいとして、きっと残したメッセージには彼への感謝が書かれていたんじゃないだろうか。
想像でしかない。
全く見当違いかもしれない。
しかしそれを確かめるつもりもない。
私は当事者ではないのだから。
ただ私は、恐ろしかったあの出来事が、夢でない事を伝えたい。ただ知って欲しい。
全く関係のない、当事者ではない、私以外の誰かに。
拙い文章をここまで読んで頂き、有難うございました。
身の回りに起きたあらゆる怪奇現象には責任を負いかねますので、ご了承下さい。




