にのに
『melodia』での『フェス』用ケーキの試食を終えて、無事に次の依頼の現場に到着。
それでもって、ここでの依頼の内容は荷物運びの手伝い。
なんでも依頼主さんは『オータムフェス』で劇をやるんだとか。
それで、劇に使う小道具や衣装など一式を『オータムフェス』運営が用意した荷物置場へ運び込むのだ。
「──これで最後ですね」
「はい、ありがとう。ご苦労さま」
トラックに積まれていた劇に使う小道具が入った最後の段ボール箱を依頼主さんにあてがわれた荷物置場のスペースに運び置く。
少人数というか、わたしを合わせてこの場にいるのは二人だけ。
だけど、前以て大道具の方は運び込まれていたので、案外楽に終わった。
一時間の契約なのだが、係った時間は三十分たらず。
依頼主さんも意外と早く運び終えたことに『依頼の残り時間をどうしたものか?』と思考しているみたいだ。
とりあえず、依頼主さんから次の指示がくるまでは手持ちぶさた。いわゆる暇。
なので、何気なしに依頼主さんがやる劇の段ボール箱から顔を覗かせている小道具やで~んと置かれている大道具を見やる。
その中で一番目に付いたのは大道具の背景のパネル。
岩で像どられた鬼の顔が特徴的な背景。……確か、鬼ヶ島だったっけ。
「……桃太郎……か」
「──ん? ……ああ。そう、桃太郎・勧善懲悪版──鬼を殲滅して宝をぶんどる方ね──の大幅アレンジをやるの」
わたしの呟きを聞いた依頼主さんは懇切に『オータムフェス』でやる劇の内容を教えてくれる。
「大幅アレンジですか」
「そう、大幅アレンジ。殺陣シーンをよりダイナミックに、更には殺陣シーンを盛り上げる演出もド派手に、ね」
「なるほど……」
なにが『なるほど』かはいまいち理解してはいないが、とりあえず相づちを打つ。
ただ、この相づちは手持ちぶさたな場を紛らすにはあまりいい手ではなかったようで、会話が途切れて再び手持ちぶさたになってしまった。
はてさて、どうしたものか?
再び手持ちぶさたになったわたしと同じく、依頼主さんも同じく再び思考することに戻り、場に沈黙が訪れる。
荷物置場自体はかなりのスペースで見える範囲に自分たち以外の人達がたくさんいるのだが、この場は空間を切り取られたかのように静かだ。
……。
…………。
………………。
体感的に五分が経過。
いまだ沈黙はこの場に居座る。
……。
…………。
………………。
さらに体感的に五分が経過。
体感的には計十分が過ぎたのだが、腕時計に視線を落とすと実際には秒針が一周しかしていなかった。
そして、視線を腕時計から前方に戻すと、
「決めた! 残り時間はモデルをしてもらうわ」
「モデルですか?」
「そう。今日ね、以前に発注した衣装の試作品が届いたのだけど、今日はモデルの子が諸事情で来れないから「どうしようっか?」ってなってたの。よかったわ、時間が少しでも余って」
「そうですか、わかりました」
さて、改めて依頼主さんを紹介すると、依頼主さんの名前は天地水夏さん。
水夏さんは学校で知り合った郁美先輩(←男性です)の従姉で、有名企業傘下の服飾デザイン事務所のデザイナー兼所長をしている。
「じゃ、善は急げよ。事務所に戻りましょう」
『オータムフェス』で出し物をする人達向けに設けられた荷物置場から車に乗って数分。
水夏さんが所長を務める服飾デザイン事務所に戻ってきたわたしと水夏さんは、早速作業を始める。
まー、作業といっても、わたしは用意された衣装を着るだけなのだが。
それで、水夏さんは衣装を身にまとったわたしを観察してデザイン画と見比べたりして衣装の出来や実際の見た目の細部のチェック。
ただ、事務所には当たり前だが普段通りに働いている人たちがいるわけで……、
「これはこれは……」
「さすが、所長……」
「いやいや、ここは所長のデザインを現実の物にした職人さんに称賛を……」
手を休めている人達が口々に実物の衣装の感想等を述べてくる。
なんというか、見られているのは衣装の方なのだが、こう、複数人にじろじろと見られるのは何だか気恥ずかしい。
「まぁーね。急な依頼だったけど、久しぶりに自分の趣味に沿った衣装のデザインができて、私は満足! ああ、早く完成品をカレンちゃんたちが着たところを見てみたいわ~♪」
ん?
「はい? それって、どういう意味ですか?」
完成品をわたしたちが着る?
全然、話が見えない。
「あれ? 詩音さんから聞いてない? 『オータムフェス』のライブで着る衣装のこと」
「──いえ、まったく……」
聞いてはいない。
確かに『オータムフェス』のミュージックアートエリアで行われるライブに『にゃensemble☆ズ』として出演参加するけれど、衣装があるなんて話は聞いていない。
それに、夏に初めてライブをやった時はみんな各々の私服だったし……。
ちなみに、上記の夏の初ライブは詩音さんのネームバリューで、インディーズユニットにも関わらず、百人近くも観衆が集まったのには驚いた。
話を戻すと、ましてや、今着ている衣装はどう大目に見てもアイドル歌手等が着ているような衣装。
コレを着てライブをやるだなんて……──これっぽっちも聞いていない。
さらに前述した通り、そもそもとして『にゃensemble☆ズ』はプロが混じっているとはいえアマチュアの音楽ユニットにすぎない。
そんなご当地アイドルよりも知名度も人気も皆無な素人音楽ユニットがアイドル張りの衣装を身に纏ってライブをやるのだ。
そりゃ確かに、素人音楽ユニットだろうと衣装を着てやる人達はいるだろうけど、少なくとも衣装を用意する前にメンバーには話を前以て通しておくだろう。
なのに、わたしは衣装の事など何も知らなかったし、たぶんだけど歌音ちゃんや叶さんと希さんさえも衣装が用意されている事を知らないだろう。
この事は明らかに詩音さんの独断専行だ。
…………これは、詩音さんにどういった意向なのかを問い質さなければいけない。
────いや、先に歌音ちゃんと叶さんと希さんに話しておくべきだろう。
「──はい、ご苦労さま。本当、助かったわ。ありがとう、カレンちゃん」
「いえ、どういたしまして」
詩音さんが注文した『にゃensemble☆ズ』の衣装のあとに他に二着ほど衣装を着て、それを水夏さんがチェックの作業をしたところで依頼の契約満了の時間が訪れた。
わたしは直ぐにではないが次の依頼主先もあるので『お店の制服』に着替え直して戻ると、そこで先の水夏さんの労いの言葉をもらったのだ。
さて、次の依頼まではそれなりに時間があるし、どう時間を過ごそうか……?
時間は昼をすでに回ってはいるが、お腹はさほど空いていないので昼食は抜いても次の依頼に影響はないだろう。
ああ、それよりもいつまでもこの場にお邪魔していないで、おいとましないと。
考えるのは移動しながらでもできるし。
「──ねえ、カレンちゃん、少し時間に余裕ある? もし、あるならお茶しない? 今日、衣装のデザインを依頼しに来た人が手土産にケーキをくれたのよ」
しかし、わたしが挨拶を口にしようとした矢先、水夏さんからお茶のお誘いを受けてしまった。
ただ、これは渡りに船だ。
これで持て余した時間をどう過ごすかを考える手間が省ける。
「はい、次の依頼まで少し時間があいてますから、お邪魔でなければ」
「そう、それはよかったわ。じゃあ、ちょっと待っててね、用意するから。
皆も休憩にしてお茶にしましょう♪」
水夏さんの一声に異を唱える者はなく、一様に現在進行中の作業の手を休めた。
そして、水夏さんを筆頭に室内にある応接セットが瞬く間にささやかなお茶会会場に様変わりする。
出来上がったお茶会会場には水夏さんが淹れた紅茶と美味しそうなケーキが並べられていく。
ん? ケーキ??
はて、なんだったけ???
いろいろと考えることがあって何かを度忘れしている気が……。
え~っと、『melodia』での『フェス』用ケーキの試食をしたのは覚えてる。それでもって、ナニか……そう『何か』があった筈なんだけど……詩音さんへの不満でその『何か』を度忘れしまった。
う~ん、……………………ま、度忘れしたってことは大したことではないのだろう。
なら、気に病む必要はない。
「よし、全員に紅茶とケーキが行き渡ったわね。じゃあ、いただきましょう」
水夏さんの合図を皮切りに各自紅茶を口にしたりケーキを食べたりしながら談笑に興じる。
わたしも少し遠慮がちにまずは紅茶に口をつける。
テーブルの上には紅茶に入れる用に角砂糖が用意されているが、わたしはストレートの方が好みなので角砂糖は入れない。
そして、紅茶を一口口にして口の中を潤し、いざ、ケーキに。
ティーカップをソーサーの上に戻し、フォークを手に取りケーキを切り取る。
切り取ったケーキをフォークですくい口の中へ──。
ふわふわでまろやかそうなチーズケーキ。
口の中で雪が溶けて染み込むかのように甘味が広が────
──はみゅッ!!?!!???!!!?
────広がらない?!
それどころか、これはまた…………なんと表現したらよいのやら、困りものだ……。
このケーキ、見た目に反して味が……────あ……れ……?
ふと周囲が気になって見渡すと、誰一人として自分のような複雑な顔をしている人はいなかった。
「カレンちゃん、どうかした? もしかして、ケーキが口にあわなかった?」
「──!? い、いえ、とても……おい……美味しいですよこのケーキ。アハハ……」
どうやら水夏さんに気を遣わせてしまったみたいだ。
自分以外の人たちは口々にケーキを「美味しい」と賞しているけど……──パクッ。──やっぱ、自分には表現し難い味だ。
そうなると、もしかしてこれが『大人の味』というものだろうか?
「──ホント、『ネツィア』のチーズケーキは美味いな──」
「──そうね、チーズケーキ限定なら『ネツィア』が一番よね──」
へ? これ、『ネツィア』のチーズケーキなの??
だとしたら、おかしい。
『ネツィア』のチーズケーキをわたしは味を憶えるくらいは食べている。
なので、この場にある表現し難い味のチーズケーキを『ネツィア』のチーズケーキと認めるわけにはいかない。
でも、待て。冷静に判断しろ自分。考えるんだ。
もし、仮にこの場にあるチーズケーキが本物の『ネツィア』のチーズケーキだとしたら、おかしいのは自分になる。
だが、逆に周囲の人たちがこのチーズケーキを『ネツィア』のチーズケーキと謀っているのだとしたら……?
いや、後者は無いか。
しかし、何かがおかしいのは確か。
そう、何かがおかしい。それは一体──
……。
…………。
………………!?
──ああ、そういうことか!
なんだ、おかしいのはわたしの味覚の方だ。
思い出した、度忘れしていた『何か』を。
っていうか、なんで度忘れしちゃうかな自分……。
まあ、最初の一口目こそ凄まじい衝撃を受けたけど、二口目からは表現し難い味だけど食べられないわけじゃなし、この場を乗り切れればあとは残り半日──夕飯までに味覚の変化が抜けてくれるのが一番だけど──は甘味を食べないよう今度は忘れることがないよう注意しておこう。
そうとなれば、さっさと現在は表現し難い味──わたし、限定──のチーズケーキを平らげてしまおう。
つい今し方、食べられないわけじゃないと述べたが、好き好んで食べる味でもない。
なので何回も表現し難い味を味わないよう行儀が悪いけど皿に残っている分のケーキを一気食いする。
──あ~ぐ、モキュモキュ……ゴクン。
「ふぅ~……」
これで、表現し難い味の苦行はおしまいだ。
あとは紅茶をゆっくり嗜んで、それからおいとまさせていただこう。
「あら、カレンちゃん、もうケーキ食べ終えちゃったんだ」
「ええ、まぁ……。ケーキが美味しくて、つい一気に食べちゃいました」
「そうなんだ。じゃあさ、美味しいケーキ、もう一個食べたくない?」
「え!?」
ちょ、ちょっと待って。その問いが何を暗示しているのかは想像に難くない。
ですから、水夏さん、その先は言わない────
「実はね、ケーキが一個余っちゃってて、『どうしようか?』って思ってたのよ」
────で~!
って、心の中で叫んでも効果なし。当たり前だが。
でも、まだ大丈夫。
ここは頑なに遠慮をすれば断れる。
だから、大丈夫。
「食べ物って意外と遺恨が残るのよね~。好物が同じ人がいると特に。だから、カレンちゃんが食べてくれたなら丸く収まるのよ」
あうちッ、断る前になんか退路を断たれそう。
しかも、すでに目の前のお皿には件のケーキが鎮座していた。
おそらく、わたしが水夏さんにおかわりのケーキを勧められて意識が水夏さんに向いていたその隙に用意されたのだろう。
これじゃ、退路を“断たれそう”じゃなくて“断たれました”だ。
だがそれでも、一縷の望みを賭けて最後の抵抗をば──
「ホントにワタシが余りを頂いていいんですか? ……その、食べたい人たちで分けた方が……────」
「いいの、いいの。さっきも言ったけど、食べ物は意外と遺恨が残るのよ。例えばケーキを切り分けたときの些細な大きさの差で遺恨が残ることだってあるんだから」
「…………そ、そうですか……じゃ、じゃあ、え、遠慮なくいた、頂きますね……」
「うんうん、遠慮なく頂いちゃって♪」
見事なまでに最後の抵抗は失敗に終わったのだった。




