にのいち
『オータムフェス』の準備期間に入って早三日目。
日に日に『にゃんてSHOP』には、『通常業務のヘルプ』や『フェスの準備の手伝い』の依頼がわんさかと舞い込んできて、わたしら『にゃんてSHOP』の店員はほぼみんなフル稼働状態。
しかも、通常は依頼内容次第でしか設けない時間制限──三十分から最大二時間(オータムフェス』に起因や関連がある依頼限定)──が準備期間中の『通常業務のヘルプ』と『フェスの準備の手伝い』にはあり──その分、依頼料はお安くなっているが──、分刻みに近いスケジュールでわたしたちは『お手伝い』に東奔西走している。
そして、わたしは現在、『オータムフェス』のグルメエリアで出店を予定している東地区にあるケーキ屋の『melodia』の前に来ている。
『ねこカフェ』と提携している手前、『melodia』からの依頼は優先的に請けており、準備期間が始まってから今日まで『お手伝い』に──従事した店員は違うけど──行っている。
ただ、『melodia』に一日目に行った希さんも、二日目に行った詩音さんも、『お店』に帰ってきたときに複雑な顔をしていた。
しかも、今朝のミーティングで今日の各人の分担する依頼が音恋さんから言い渡されとき、わたしが『melodia』の『お手伝い』をする事になったことを知った詩音さんと希さんはわたしを見て「がんばれ、挫けるなよ」的な視線を送ってきたのだ。
一体、『melodia』でナニがあったのだろうか?
確か……、詳しい依頼内容は『『オータムフェス』に出店する店で提供するケーキの完成の手伝い』だ。
ぶっちゃけ、素人がケーキ作りの直接的な手伝いは無理。おそらく、手伝いの内容は雑用とかなのだろうけど……?
でも、それだと詩音さんや希さんの『お店』に帰ってきたときの複雑な顔や今朝のエールのような眼差しが謎になる。
まぁ、あれこれ考えても時間の浪費な気がするので、入ろう。
──リンリン~♪
ドアベルが来訪者を告げる。
今更ながらにふと思ったのだけど、この街のお店って『ドアベル』の利用率が高いな~。
ま、今は余談は頭の隅へと追いやる。これから仕事なのだから。
さて、
「おはようございます。『にゃんてSHOP』です、『お手伝い』にきました」
「いらっしゃい。今日はカレンちゃんが来てくれたのね。よろしくね」
わたしの挨拶に応対しくれたのは、ここ『melodia』のオーナーパティシエの月池よくるさん。
ケーキ職人の世界大会で月池さん率いるチームが優勝した事で、melodia』は一躍全国区を跳び越えて世界的に有名なケーキ屋になったのだ。
「はい、よろしくお願いします」
「──このケーキ、どうっだったかしら?」
『お手伝い』を始めて、早二十分。
てっきり、『お手伝い』の内容は雑用かと思っていたのだけど……違った。──そう、違っていた。
雑用なんて、そんな生易しいモノじゃなかった……。
「はい、スポンジケーキのふわふわ食感とクリームのまろやかさ、さらにクリームの中のフルーツの甘酸っぱさが相まって、美味しかったです」
それは、『オータムフェス』に出店する店で提供するケーキの試食。
その目的は味の微調整。
そういえば、『うち』は『melodia』の新作ケーキの試食も請けていったけ。
「よかったわ~、希ちゃんと詩音君も好評価してくれたし、カレンちゃんからもお墨付きがもらえたから、このケーキはこのままの味で自信を持って『オータムフェス』に出せるわね~」
──ただ、通常の新作の試食であれば、種類は十に及ぶこともなく、時間に限りがないのでゆっくり味わったりすることが出来るのだけど……。
今日は違う。
『melodia』での『お手伝い』する時間は一時間。
その一時間の内に試食しないといけないケーキの数は軽く十を超えている!
しかも、その半数近くが種花さんの新作。
ちなみに月池さんはじめ他のパティシエの人が作った新作は一~二つ。
そして、以前に食べた『味の変わるケーキ』を作ったのが、件の種花さん。
種花さんは変わった味や見た目のケーキを創作するのが得意らしく、その独創性は他の追随を許さないほど──どころか想像の斜め上以上──に独創的。
そんな種花さんの風変わりなケーキは、なんと、『melodia』の人気の一翼を担っているのだ。
現在のところは『ねこカフェ』では店内提供と持ち帰り共に種花さん作のケーキは普遍的にヒットしたモノ以外は扱ってはいない──事前に予約した場合は別──のだが、駅西に住む種花さんのケーキの虜のお客さんからは「種花さんのケーキをもっと扱ってほしい」といった要望が来ていたりする。
さて、話を戻すと、試食する新作の内の半数以上が種花さん作なのだ。
既に試食したケーキの中にはまだ種花さん作のケーキは含まれておらず、月池さんや他のパティシエさんの物ばかり。
これには理由があり、月池さんから直々に「まずは種花君が作った物以外から食べてね~。正確な味の感想がほしいから~」と言われているのだ。
それって、暗に種花さんの作ったケーキには食べた人の味覚などに何らかの影響を及ぼすと言っているようなものだ。
なんか、少し不安になってきた……。
それに何より、そもそもとしてしっかり味わいながらの短時間でのケーキ一辺倒というのは意外とキツい。
よく、時間制限の付いたケーキバイキングなんかで「いっぱい食べるぞ」って意気込んでも、美味しさに魅了されて結局は目標数に到達しなかったことがある人は多々いるハズ。
逆に意気込み通りに制限時間内にいっぱい食べると食べた物の味が曖昧になるのもよくあること。
即ち、普通は両立が難しい『制限時間内に一定数食すこと』と『食べた物をしっかり味わうこと』をしなくてはならないのだ。
しかも、種花さん作の変わり種ケーキのラッシュが後半に待っている。
前半の残りはあと三つ。
此等を食リポしたら、遂に後半に入り種花さん作のケーキラッシュがはじまる。
ここにきて、漸くわたしは詩音さんと希さんが『お店』に帰ってきたときの複雑な顔をしていたのと今朝のエールの理由を知るに到る。
ただ単にケーキのモニタリングだけならば、詩音さんも希さんもあそこまで明らさまな複雑な顔をしなかっただろう。
はぁ~……、気付かない方がよかった。
未知へと踏み出すときのような不安が益々募る。
こうして、思考している間もわたしは新作ケーキを食して、味わい、感想を月池さんに逐一報告する。
ただ、自分がどんな味の感想を言ったのかつい今し方言ったはずなのに、『ケーキを食べて感想を伝えた』以外の記憶が無い。
種花さんのケーキに対する不安が圧倒的に思考の大半を占めていて、それ以外が疎かになってしまっているのだ。
そして、気付けば目の前には種花さん作のケーキ以外の試食を頼まれたケーキは残っていない。
とうとう『その時』が来てしまった。
詩音さんたちを複雑な顔にしたケーキ達。
一体、どんな味と食感なのだろうか?
まずは一つ目。
ケーキが並べられているトレイから手近の物を手に取る。
「わぁ~、スゴい装飾ですね」
手に取ったケーキは土台となるケーキの部分は至って普通な感じなのだが、そのケーキの上に施されたデコレーションが半端ない!
先に食べたケーキの中にも見た目に凝った物があったが、ここまで凝った物はなかった。
しかも、──
「そうであろう。某のケーキは某なりにとことん突き詰めた先に完成した物ばかり! 他の方々のケーキとも見劣りはしないと自負しているのである!」
此等のケーキを作った種花さん自身もかなりの自信ありの自信作と自負しているようだ。
では、さっそく試食といきたいところだが、正直言って装飾がスゴ過ぎて食べるのを躊躇させる。
なにしろ、装飾が繊細で一個の芸術として完成しているのだ。
──まぁ、それでも食べるんだけどね。試食が仕事だし……。
──いただきます──
パクっ。もきゅもきゅ……。
……………………うん、味や食感は普通のケーキだ。
どうやら、今食べたケーキは見た目重視の物だったみたいだ。
「カレンちゃん、どうだったかしら~?」
「はい、味はとっても美味しいショートケーキでした。ただ、見た目がスゴかったです。食べるのを一瞬、躊躇しちゃいました」
「なんとっ!? 詩音殿と希殿は某のケーキの装飾に見惚れてそのケーキを食すのに暫し躊躇われたのに……、ほぼ待った無しとは!? ──……クッ。某はまだまだ未熟者であった────」
うわー、なんか種花さんがめっちゃ落ち込んでる……。
そりゃ確かに見惚れそうになるくらいスゴい装飾だったけど、この度の仕事は試食しての味の感想を伝えること。
見た目の重要度は二の次。
それから、わたしは種花さん作のケーキを三つ食べたが、各々が種花さんらしい独創的な味と食感だったけど、詩音さんたちが複雑な顔をしたような物や月池さんが暗に言っていた物──詩音さんたちが複雑な顔をした物と同一かは不明──はなかった。
それは即ち、トレイに残されている二つのケーキのうちどちらかが──もしくはどっちもが“いわゆるアタリ”だ。
片や複雑な顔になるようなケーキ。
片や味覚になんらかの影響が出るようなケーキ。
──ゴクリ。
美味しそうな食べ物を前にして呑み込むような唾でなく、恐怖などに立ち向かう覚悟を決める唾を呑み込む。
「流石、カレン殿。某が納得の上に納得がいった最高の出来栄えの力作二つを後にとっておくとは!」
わ~お、食べる覚悟を決めた直後の衝撃のカミングアウト!
「あらあら、ホントすごいわカレンちゃん。詩音君と希ちゃんは種花君の“アタリ”のケーキを早い段階で食べちゃったから、種花君の他のケーキのちゃんとした感想が聞けなかったのよね~」
……………………オイ。
希さんのときはともかく二日目の詩音さんのときには“アタリ”のケーキは別にしておくべきだったんじゃないだろうか?
それに今日も。
わざわざ二の舞三の舞を演じかねないロシアンルーレットを何でやるかな~……?
はぁ~……。
まあ、今更それを指摘したところでどうにかなる訳でもなし、目の前の事に意識を向けよう。
トレイに残る二つの種花さん力作のケーキ。
先の月池さんの言から、詩音さんたちが複雑な顔になったケーキはどちらか一方。
見た目はどちらも装飾は皆無に近いシンプルなケーキ。
ただ、一方には一番上のクリームの層の上にチョコレートで黒いチェリーが描かれている。
さて、どちらから先に食す?
黒いチェリーが描かれているケーキか、ザ・シンプルな素朴なケーキか……。
パッと見では黒いチェリーの方が“アタリ”な気がするのだけど……、それに対してザ・シンプルな素朴なケーキの方は一見しては怪しさは無いのだけど……それがかえって不気味。
ええい、ままよ。
恐れおののいて足踏みしても何かが変わるでもなし、ならば前進あるのみ!
て、なわけで先に食べるのは手近にあった──
──黒いチェリーが描かれているケーキ──
見た目は先に記した通り、装飾らしい装飾は一番上のクリームの層の上に描かれた“へたの先っぽに細長い花弁の花が付いたチェリー”だけ。
──……いや、それだけじゃない!?
よくよくケーキを観察すると、装飾は確かに黒いチェリーの絵だけだけど、スポンジとスポンジの間のクリームの中に粒々が無数に見ることができる。
色合いは紫で見た感じはザラメだと思う。
「種花さん、この紫色の粒々は────?」
「それは食べてからのお楽しみであるぞ、カレン殿」
不安に思い、種花さんに問うもネタバレNGと一蹴されてしまった……。
ううぅ……仕方ない、既に覚悟は決めているのだ。
意を決して、いざッ!!
──パクっ。もきゅもきゅ……。
……。
…………。
………………。
──あ、普通に美味しい。
見た目ではわからなかったけど、クリームの中にほんわかする甘酸っぱい葡萄果汁が含まれていて、いいアクセント……だ──ッ?!
──ぱちぱち……、パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ……!!!
「はうっ!?」
それは突然のことだった。
口が──!?
口の中が────、
────爆発した!??!────
まさに不意打ち。
ケーキの意外な美味しさに油断をさせておいてからの苛烈すぎる奇襲!
「…………種花さん、何なんですか、コレ……?」
口の中の爆発は完全には終息せずいまだパチパチいっているが、喋るには支障がないのでこのケーキを作った種花さんにネタバラしを請う。
「昔いた芸術家の言葉に『芸術は爆発だ!』というものがあるのだ。オータムフェス』のテーマは『食』のみにあらず。故に、某は『食』に『芸術』を加えたソレをケーキとして体現してみた次第だ! 如何だったかな?
──因みに口内で爆発しているのは駄菓子の『弾ける綿菓子』に使用されている物の弾ける成分を特別に十倍にしてもらった物を使っているのだ」
そういうことですか……。ってか、「──……如何だったかな?」もなにも独創的すぎるよ……コレ。
それにやっぱりクリームの上に描かれていた黒いチェリーは爆弾だったんだね……。敢えて、黒いチェリーって自分に言い聞かせていたのは一縷の望みに賭けてみたまでで……、結果は見事に爆発したが。
「あらあらあら、正真正銘に凄いわカレンちゃん。身内で試食したときも誰も種花君の“アタリ”のケーキを途中で回避できなかったのよね~。
これで、ようやく全部の新作ケーキの味の感想が聞けるわ~」
ここでの月池さんへの返事は「それはよかったです」と、言うべきなのだろうが…………、
「──あはは……、なら最初から種花さんの“アタリ”のケーキを別にとっておいたほうがよかったのでは……?」
種花さん作のケーキに対するストレスと月池さんたちの天然っぷりにわたしは思わず思ったことを口にしていた。
「「「「「…………」」」」」
「……」
……………………………………………………………………
場の空気が……──シーンと静寂に支配される。
月池さんはじめ、種花さん、作業場でケーキ作りをしていた人たちまでもが時が止まったのかのように動きを止めた。
そして、この場に居合わせたほぼ全員の視線が一点に集中する。
その視線が集中している一点とは────言わずもがな、わたしだ。
しかも、わたしを見ている全員の表情はみな鳩が豆鉄砲をくらったかのように驚愕驚嘆に満ちていた。
「あらあらまあまあ、確かにカレンちゃんの言う通りね。そのほうがちゃんとした味の感想が聞けるわ~。でも、何で誰も気付かなかったのかしら~?」
「確かに、そうであるな。某らは間が抜けていたようだ」
「そうですよね、何で気付かなかったんだろう?」
「言われてみれば、そうだよな」
「へへ~ん、アタイは気付いていたけど、敢えて言わなかったのさ」
月池さんの発言を皮切りにみな口々に自分たちが見落としていた事に気付いた発言をしていく。──ただ、若干一名は知りながらも指摘しなかった愉快犯のようだけど……。
「……そうね、これからは種花君が作った味にかかわるケーキの試食は後に回すようにしましょう~」
「うむ、某はよくる殿の意見に一理ありと納得したので同意する」
「それ、賛成」
「二人に同じく賛成だ」
「え~、それじゃ面白味がなくなるじゃん……」
どうやら、種花さん作のケーキの試食時の扱いの指針が決まり、ひとまずは一件落着。ただ、まぁ、若干一名は不満があるようだが……。
「──それで、話は戻るけど、カレンちゃん、さっき食べたケーキの感想は?」
「はい、食感……というか食べて口の中で弾けるのは、かなり刺激が強かったですね。それで、味の方は葡萄果汁の酸味と甘さとほんわかさが絶妙に混ざったクリームがいいアクセントでした」
「なるほど~。……ところで、その“ほんわかさ”ってもう少し詳しく説明できる?」
「?」
はて、なんだろうか?
まぁ、できないわけでもないし、断る理由もない。
なので、
「──口の中に葡萄果汁の甘酸っぱさが広がるのと一緒に身体中がポッと温かくなった気がしたんです。それを“ほんわか”って表現しました」
自分が感じた“ほんわかさ”の詳細を月池さんに伝えた。
「……そう、ありがとう、カレンちゃん。
…………これはビックリね~──」
「はい、驚きです!」
「マジか!?」
「アタイは“いつもの”だったら、口ん中が爆発しても一ホールはいけるね!」
「はて? 某は何か可笑しな事でもしたであろうか?」
こんどは何なのだろうか? 内輪ネタなのはわかるけど、何方か説明を。──というか、またもや一名だけ反応がズレてる……。
「だって、種花君がケーキにお酒を使うと、きまって『食べるお酒』になってたんですもの~」
「しかも、かなりきつめで──」
「──二日酔い間違いナシだもんな」
「アタイは大好物だッ!」
「皆、某をなんだと……──某とて、酒を使うケーキのなんでもかんでもを『食べる酒』にするわけではない………………………のに」
へ~、そういう事か。
そういえば、前に新作ケーキの試食の時に音恋さんが一口分けてくれたケーキを見て詩音さんがわたしが口にする前に音恋さんを咎めて没収したっけ。
アレがその『食べるお酒』だったのだろう。
「──さて、それじゃ、カレンちゃん、種花君の最後のケーキの試食をお願いね」
いつの間にやら、種花さんのお酒を使ったケーキの話は終わったようで、手を休めていた人たちは自分達の作業に戻っていく。
そして、遂に目の前には最後に残った“アタリ”のケーキが不気味な雰囲気を醸しながらトレイに鎮座している。
これまでに食べた種花さん作のケーキは驚きや新鮮味などはあったが、これから食べるケーキは食べた者を複雑な表情にさせるケーキ。
一体どんな味なのだろうか?
震える手を徐に伸ばしてトレイに鎮座するケーキを手に取る。
見た目は先の爆発するケーキよりも地味でスポンジとクリームのみで、デコレーション前のケーキさながら。
伸ばした手を戻し、手元に到着するケーキ。
「……………………」
……………………!
覚悟を決めて、右手に持ったフォークで左手のお皿の上のケーキを一口分切り取り、それを口の中へ────。
──パクっ!──
……。
…………。
………………。
あれ? 別に……味は変じゃない。というか、どちらかというと、よくあるフルーツミックスな味だ。
食感もなんら可笑しなところもなく、普通のケーキ。
それに後味も今のところ変化はみられない。
顔を複雑に歪めるような代物という先入観を見事に裏切られた。
……………………。
もしかして──これは担がれた……?!
予め、色々と仕込まれたドッキリ……なのだろうか……?
でも、それだと手が込み過ぎているような気がする。
それに、詩音さんと希さんがしていた複雑な表情は演技には見えなかったし、思い返してみれば月池さんは確か「──……“アタリ”のケーキを早い段階で食べちゃったから、種花君の他のケーキのちゃんとした……──」って言ってた。
…………!
──そう、『他のケーキ』だ!
詰まり、複雑な表情になるのは────
────食べた後に別の物を食べたとき────
────だ。
「おー、カレン殿、お気付きになられたか。そう、某のそのケーキは食べた後に別の食べ物を口にしたときがお楽しみなのだよ。ところで、カレン殿はミラクルフルーツなる物をご存じかな?」
「いいえ、初めて耳にしましたが、ミラクルフルーツとは?」
「うむ、では大まかに説明すると、このミラクルフルーツなる果実は果実としては味気ない物なのだが少しばかり変わっておってな、ミラクルフルーツを食べた後に柑橘類など酸味がある物を食べるとなんとも摩訶不思議に酸味が甘味になってしまうのだよ。そして、某はそこに着眼して知り合いの化学者に頼んで化合してもらったのだよ、世にも不思議な食品添加物を!」
なるほど。自分が辿り着いた答えが正しいとネタバラしをされて、余計に不安になってきた。
一体全体、どの味覚がどう変わるのだろうか?
元ネタは酸味が甘味に変化するらしいが、それでは然程複雑な表情になったりはしないだろう。
「それで、このケーキを食べるとどの味覚が変化するんですか?」
いまだ明かされていない変化する味覚。
ケーキの試食はこれで最後なのだから全部ネタバラししてくれてもいいと思うんだわたしは。
それに、変化する味覚を知れれば、以後、味覚を変化させる添加物が抜けるまではその味覚が含まれる食べ物を避けることが出来るし。
「そうであるな…………、……うむ……、……うん、それはお楽しみというこで」
…………………………………………………………………オイ。
ま、変化する味覚の見当は付いている。それは甘味。
先の話の内容を鑑みれば、まず間違いはないだろう。
ただ、問題は甘味が如何なる味覚に変化するかだ。
複雑な表情になる味覚なのだから、苦味とか渋味とか辺りだろうか?
それよりもなによりも、
「はぁ~、わかりました。じゃあ、この味覚の変化はどのくらい持続するんですか?」
そう問題なのは持続時間だ。
いつまで食べるのを避けなければならいのかが分からないのは些か不安。
「うむ、確か……最長で半日だったと記憶している」
ファっ! 最長で半日~ぃっ!?
……ま、まー、いまはケーキでお腹いっぱいだし、半日くらい甘い食べ物を口にしなくても平気だから大丈夫か。
ふ~、そうだよ、半日経つまで甘い食べ物を口にしなければいいんだ。




