さんのいち
怒濤の依頼ラッシュだった『オータムフェス』期間が終わり、普段を取り戻した今日この頃。
思い返せば、ホント、『フェス』期間中は大変大忙しだった。
なにしろ、『フェス』が開催中の依頼のほぼすべてをこなしたのはアタシなのだから。
それは何故かというと、まずカレンちゃんをはじめとしたバイト組は『フェス』期間中とはいえ準備期間──『フェス』開催直前までの大詰めの一週間のみ──とは異なり平日は普段通りなので当たり前に学校で、次に店長の音恋さんはアドバイザーとして『フェス』の運営に携わっていて『フェス』期間中も当然ながら手が離せず、そして副店長の詩音さんは前述の通り店長が留守なので『お店』を離れる訳にはいかない為、結果的に唯一実働できるアタシが依頼をこなすことと相成ったのだった。
それにしても、『フェス』期間中の毎日フル稼働していた日々が夢幻だったと思えるほどに普段の平日は暇だ。
休日ならば当日にそれなりに依頼が舞い込むのだが、平日の場合は当日に依頼が舞い込む事ははっきり言って少ない。
なので、平日であり且つ前以ての依頼が入っていない今日は接客カウンターの中で日がな一日を過ごすことになるだろう。
せめて『ねこカフェ』の方を手伝わせてもらえれば手持ちぶさたにならないのだけど……、店長からは「きびちゃんは“街の何でも屋『にゃんてSHOP』”の専属店員なんだから、『ねこカフェ』の方は気にしなくて大丈夫」って言われてるし……。
──あ~、暇~。
「ふあぁ~……」
──!? いけない、いけない。
堪らず、退屈からくる欠伸が漏れてしまった。
今の欠伸、誰にも見られてない────
「気付けに一杯どうぞ」
────あうち、マスターさんに見られた!
しかも、珈琲の差し入れをいただいてしまった。
「あ、ありがとうございます」
──はぁ~……。いくらお客さんが来ないからって、気を抜きすぎだよアタシ……。
アタシは気恥ずかしさをマスターさんから隠すように差し入れられた珈琲に口をつける。
温かくほろ苦い珈琲が口内に入って芳ばしさを溢れさせ──あら……?
──この珈琲────
「……後味がフルーティーですね」
「はい、音恋さんにお頼みして珈琲豆を新たに仕入れていただいたんです」
「そうなんですか」
「ホント、マスターさんに頼まれた珈琲豆を見付けるのに苦労したわ。素人には豆の違いの見分けがつかないもの」
「あ、店長、お疲れさまです」
「きびちゃんも、お疲れさま。いや~、やっぱ平日の午前はお客様があまり来ないから閑かよね~」
猫たちの接客準備を終えて『にゃんこルーム』から出てきた店長。
営業時間終了後に猫たちを寝床の部屋に移動させるときはみんなでやるのだが、営業時間開始前の猫たちの接客準備は朝からの依頼や用事が入ってないかぎりは店長が1人で行っているのだ。
「そうです────」
──コロカララン!
店長の詞に打ったアタシの相づちは、突然、乱暴に開かれた『お店』のドアが鳴らしたドアベルの音で遮られた。
──もう、粗暴なお客さんだな~……。
心中で悪態を吐きつつも、アタシはリラックスモードから接客モードにシフトする。
「いらっしゃいませ。『にゃんてSHOP』に……──」
「おい、アンタに教えられた場所に行ったが、『幻惑の迷宮』が仕掛けられていて『黄金の海原』に辿り着けなかったぞっ!?」
お客さんはアタシの出迎えの言葉を聞くことなく、『店内』にズカズカと入ってきて開口一番にクレームをつけてきた!
ただ、お客さんのクレームの矛先はアタシではなく、アタシを通り越してカウンターの奥。もう少し正確に述べれば、お客さんの立っている位置からだと覗き見える『ねこカフェ』のカウンターの先にいる人物。
そう、それは誰かというと言わずもがな、店長の音恋さん。
「おやおや、これはこれは、いらっしゃいませ、お客様♪ 確か──『当店』には二度と来られないじゃなかったんじゃないんですか?」
お客さんのクレームに対して慇懃無礼な接客で応対する店長。
営業スマイルの中にも幾分かのイラつきが混じっているのが見てとれる。
こんな店長は初めてだ。
よほど、このクレーマーなお客さんが腹に据えかねているのだろう。
「──うくッ!! う、ううるさい! アンタが『黄金の海原』に繋がる『道』に幻惑の迷宮が仕掛けられているって教えなかったのが悪いんだろうがっ?!」
──うわー……、逆ギレした上に理不尽で身勝手な言い分。
そういえば、前に似たようなお客さんの話を耳にしたっけ……。確か────
「お客様、お客様が先日に『当店』にいらしてご依頼なさった内容は“『黄金の海原』の場所の調査”であって“『黄金の海原』までの道のりに何があるかの調査”ではありません。なので、お客様の先の言い分はお門違い甚だしい言い掛かりです」
──そう! カレンちゃんが副店長に話していた『黄金の海原』の場所を調べる依頼をした『気の毒な客』だ!!
なるほど、このお客さんがあのお客さんか。
「──ッ!? ……ぐうぅ~……!! ……………………──な、なら、“『黄金の海原』に辿り着く方法の調査”を依頼する! これで、いいんだろっ?!」
「残念ながら、そのご依頼はお請け出来かねます」
「は? どういうことだ!? 『ここ』は『何でも屋』だろ?」
「はい、『当店』は『街の何でも屋』です。──ですが、達成不可能なご依頼はさすがにお請け出来ません。達成が出来ないのに依頼を請け負うのはお客様に大変失礼ですし、信頼にもかかわりますから。あ、当然、いかがわしかったり怪しい依頼は門前払いですけどね」
「……そうかい。はッ、御託はわかった。つまりはアンタらには無理だってことだな?」
「いいえ。殺人事件を所望の名探偵には及びはしませんが『当店』の店員はそんじょそこらの探偵に引けは取らない調査能力を有していると自負しています。ですが、……────」
「はん、強がりを言ったところで出来ないんだろ? 素直に「出来ません」って言えばいいだろに」
「は~……」
成る程、ホントに気の毒なお客さんだ。
何故なら、お客さんは店長の話にはまだ続きがあったのに途中で中断させてしまった。
そんなお客さんに店長が呆れるのも頷ける。
「んだよ、その呆れたかのような溜息は? まさかとは思うが、僕をバカにしてるのか!?」
「はい、大変失礼ながら私はお客様に呆れてます。
いいですか? お客様の場合、今回の依頼で求められている“『黄金の海原』に辿り着く方法”とは“実践に必要な物までの用意”まで含まれていますよね?」
「当然!」
「ですから、私はお客様のご依頼は“お請け出来かねます”と言ったのです」
「そいつは、どういう意味だ?!」
「ぶっちゃけた話、私は『黄金の海原』以外の春・夏・冬の『悠久なる四季』には辿り着いたことがあるのです」
「ウソつけッ!」
──なんですとーっ!?
いつの間に店長は悠久なる四季の夏のスポットに??
……あー、でも、副店長が夏のスポットは「見学の申請をすれば行ける」とか春のスポットに行ったときに話してくれてたっけ。
そうなると……────……もしかして、あの時の依頼か────
「……はぁ~……。お客様には到底信じられないでしょうが、嘘ではありません」
「なら、“辿り着く方法”を知ってるんだな?」
「はい、調べるまでもなく『悠久なる四季』のスポットに実際に辿り着いたのですから知っています」
「んなら、教えろ! 情報料なら出す。だから、教えろ!!」
凄い剣幕で店長に精神的に詰め寄るお客さん。
そんなお客さんに店長は「やれやれ」といった感じに肩を竦める。
「情報料は結構です」
「なっ!? それは教えないってことかッ?!」
「いいえ、ちゃんとお教えしますよ。確かに本来なら情報料を頂きたいところですが、何分事情が特殊ですから」
──???
事情が特殊???
「一応の確認ですが、お客様のお父様の名前は日立 轟さんで間違いないですね?」
「──なッ!? なんで……アンタが親父の名前を知って……──?」
『日立 轟』さん? はて、何処かで聞いたことがあるような気がする名前だ。でも、何処で聞いたのだろうか? それとも気がするだけ?
「失礼ながら、こちら勝手にお客様の事を調べさせていただきましたから」
「──……そうか。…………わかった、それで?」
「今現在、『黄金の海原』の土地の所有者がお客様のお父様の日立 轟さんである事はお客様自身もご存知ですよね?」
「それは勿論」
「そして、現在から約七年ほど前から所在不明なのも?」
「だから、捜してる」
──ほうほう。
「──親父の奴、二年前に母さんが危篤の時に連絡をしたのに──いつもなら直ぐに返信してきたのに──返信もなく、さらには母さんの葬儀の時にすらも帰って来なかった。しかも、母さんが亡くなって以後は親父が持ってるケータイやPCには繋がらなくなる始末────」
──フムフム。
「あー、お客様、お客様が身の上話をなさるのは勝手ですが、続きはよろしいので?」
「──!? 悪りぃ……感情的になっちまってた、続けてくれ」
「わかりました。では、続けます。今現在も尚所在不明のお客様のお父様ですが、私の伝手のとある方々に頼んで所在が不明になるまでの足取りを追ってもらい、ある事が判明しました。
お客様のお父様である日立 轟さんの足取りが途絶えたのは“清美市”。駅の防犯カメラに駅から出ていく姿は映っていましたが、その逆に駅に入っていく姿はありませんでした。因みに“清美市”への出入りは鉄道だけですので、お客様のお父様がこの街に居ることは確実です」
「やっぱり、親父はこの街に……──」
「そして、ここからが重要なのですが、お客様のお父様は十中八九所有なされている『黄金の海原』に籠もられている」
「そうか、予想通りだったか。なら、早く教えてくれ! 辿り着く方法を!!」
「どー、どー、落ち着いてください、お客様。今からお教えしますから。いいですか、よく聞いてください。『悠久なる四季』のスポットに立ち入るには“『鍵』”か“『Pass』”が必要です」
「“『鍵』”? “『Pass』”?」
「“『鍵』”とは文字通り『悠久なる四季』のスポットに立ち入る為の鍵です。もう一方の“『Pass』”は特定期間中のみスポットに立ち入ることが出来る“期間限定の鍵”と言ったところでしょうか。ちなみに『黄金の海原』に“『Pass』”で入る場合は立秋から立冬の前日までが期限です」
「つまりはその『鍵』か『Pass』が有ればいいんだな?」
「はい。ですが、『鍵』はまず間違いなく土地の所有者であるお客様のお父様がお持ちでしょうから、お客様が『黄金の海原』に立ち入るには『Pass』が必要になるわけです。一応、『Pass』が有りそうな所の見当はついています。ですが……──」
「なら、その場所に行ってその『Pass』を────」
「──ですから、お客様、最後まで話を聞いてください!」
──ずめしっ!!
「────げぶらっふっ!?!!!?」
──うわ~、めっちゃ痛そう……。
『ねこカフェ』のカウンター上に置かれていたトレイが、2度も話を中断されてイラッときた店長の手によって高速回転を伴い、『お店』の入口に立つお客さんにクリーンヒット!
というか、店長が高威力の物理的ツッコミを入れるのを初めて見た。いつも口喧嘩してるペンギンにでさえ物理的ツッコミは冗談めかしたフリか低威力──本鳥曰く、「『クリティカルさえしなければ、どうという事はない』」──なのに……。
「お客様、これから私が述べる事は最も重要な事項なのですので、耳をかっぽじってよ~くお聞きください。先に述べた『Pass』を例えお客様が入手なされても、今すぐに『黄金の海原』には立ち入り出来ません」
「──なん──だと!?」
「我々が肌で感じている季節はいまだ秋ですが、既に立冬は過ぎています。なので、『Pass』が有っても期間外なので立ち入れないのです。ま、ここは大人しく約一年待つ事をオススメします」
「──そんな──、親父が目と鼻の先にいることはわかってるのに……───」
突き付けられた事実に肩を落とすお客さん。
「そういう理由なので、お客様のご依頼はお請け出来ないと言ったのですよ」
なるほど、ナルホド。
店長がお客さんの依頼を断ったのはそういう訳か。ついでにお客さんの境遇もある程度わかった気がする。
「…………そうか…………。……しかし、参ったなー……。一年も待たなきゃならないなんて──、残りの金もあと僅かだし……。これから、どうすっかなー……?」
ホント、最初とは別の意味で気の毒なお客さんだ。
「……ハァー……、邪魔したな」
入店してきたときの勢いは何処へやら、気落ちしたお客さんは緩慢な動きで踵を返す。




