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正義の在り方  作者:
18/18

The curtain falls ~Finale~

美空葵 遺作となった映画「衝動」が、モントリオール国際映画祭で最優秀賞を受賞


ネットニュースにそんな見出しが並んだのは、あれから半年後の事だ。主演女優の死、監督はサイバーテロの実行犯として逮捕後持病にて死亡、作品の公開自体に賛否はあったが、結局非公開となったのは日本だけで、海外では高く評価されるという皮肉な結果に終わった。

あの夜、Second codeは認証され、リバース・ジャスティスはネットから姿を消した。跡形も残さず。捜査本部は事件の全容も解明出来ないまま森本の単独的犯行だと公表して解散となり、三久保にも日常が戻って、平凡な毎日を過ごしている。グーリーは相変わらずだったが、少しだけ変わったのは悪意ある言葉を諫める投稿が多くなった事だ。だが、それも今だけだろう。三久保は優しく頬を撫でる春風を受け、ある場所に向かっていた。


古びた小さな映画館。都会の路地裏にひっそりと建ち、人々の記憶から薄れゆくこの映画館は、この春に取り壊しが決まっているらしい。その前で三久保を待っているのは、かつて森本チームとして映像ディレクターを務めていた三宅だ。

「三宅さん・・ですか?」

「初めまして。三宅則之です」

差し出された手を握り返し、三久保も頭を下げた。連絡を入れたのは三久保の方だった。知りたかったのだ、どうしても・・耀太の最後のメッセージに何が書かれていたのか。

「どうして・・この場所だったんですか?」

レトロな看板を見上げ、三久保が問うと、

「見せてあげたくて・・葵ちゃんの遺作をさ。館長さんに一日だけ貸してくれるようにお願いしたんだ」

パッと顔が綻んだが、そういえばお祝いの言葉も、生前の感謝も伝えてない事に気付き、三久保は慌てて深々と頭を下げる。

「生前はお世話になりました!あと、最優秀賞、おめでとうございます!」

三宅はハハッと笑って “ありがとう” と言ったが、

「本当は気付いていたから連絡を寄越したんだろう?」

続けて言った顔は真顔だった。

「はい。返して欲しくて・・耀太の最後のメッセージ」

「・・・それだけ?」

「?はい、それだけです」

三宅は鳩が豆鉄砲でも喰らった様な顔をしていて、三久保はふふっと笑う。

「警察にタレ込むつもりなら、気付いた時点でタレ込んでます。でも森本さんに言われたから・・奴らを許すのか許さないのかは俺が決めろって。・・奴らって映像編集チームの皆さんの事ですよね?」

「・・・何だよ、そこまでバレてんのか。・・なぁーんだよ!」

三宅は猫を被るのを止めたのか砕けた口調に変わり、三久保の背中を数回叩く。地味に痛くてイラリとしたが、彼が自分の誘いに応じたのはかなり勇気がいったのだろうと思うと、仕方ないなとも思った。

「今日の事、他の皆さんには?」

「言ってないよ。いざとなったら俺と監督の2人でやったって言い張るつもりだったし・・ってか、お前・・耀太から聞いてたより・・ジジ臭いな」

・・・初対面でここまで失礼な奴も初めてだ・・。が、裏表のない所だけは評価出来る。そして誰かさんとよく似ている・・。

「三宅さんは聞いてたよりもチャラいですね。あのAIを完成させたプログラマーなんだから、もっと頭脳派のカッコいい人かと思ってました。まぁ、バカと天才は紙一重って言いますしね」

ニッコリ笑って嫌味で返すと、三宅はガッハッハと笑って三久保の肩を抱くと、映画館の中へ誘った。


白いスクリーンに映る美空の姿。だが、それは三久保の知る美空葵ではない。この映画の主演女優の顔だ。

「無声映画ですか?」

「築100年のオンボロ映画館だぞ?贅沢言うな」

文句で返そうかと思ったが、三久保は開き掛けた口を閉じ、スクリーンの中で動く彼女を見つめた。

「昔、葵にカミングアウトした事があるんです・・自分はゲイで、男が恋愛対象なんだって」

「へぇ~」

三宅の返事はまるで興味がなさそうな声色だったが、三久保自身返事が欲しかった訳じゃない。ただ、誰かに聞いて欲しかっただけだ。

「葵の奴、“そっか。じゃ、いい人が出来たらちゃんと紹介してね” って・・何でもない事みたいに、あっけらかんとして言うんです」

「・・・葵ちゃんらしいな・・耀太にも言った?」

「はい」

「待て、俺が当ててやる!・・大介、いい人が出来たら、俺が見定めてやるから!変なのに捕まるんじゃないぞ!・・ってな所だろ?」

「何で分かるんですか!」

言い方も、言った内容も耀太にそっくりで、三久保は声を上げて笑う。無音の映画館に反響した声が、まるで自分の声じゃないみたいだった。言いずらい事を口にしたからかもしれない、言葉は次から次に溢れて止まらなくなっていった。

「誰よりも幸せになって欲しい2人だった・・大切で、心から信頼出来て・・どうしてあいつらがあんな目に合わなきゃいけなかったんですかね?ボロクソに言われて、真実なんてどこにもないのに誰もそんな事気にもしない!正義感ぶった物言いで、自分は正しい事を言ってるんだから何を言っても許されると思ってやがる!クソみたいな言葉で罵られて!蔑まれて!お前、誰だよって奴らなんかに傷付けられて!!」

心の慟哭をようやく吐き出した。喉の奥にいつも詰まっていたものが取れ、三久保はハァと息を吐く。

「美空葵だけじゃない・・そんなタレントを何人も見て来たよ・・」

示談金目当てに陥れられたアーティスト、でっち上げの記事で誹謗中傷に潰された俳優、息苦しい閉じられた世界の中で観賞用の金魚の様に人目に晒され、神経をすり減らし、プライベートすらも切り売りされた。ひとたび事が起きれば親の仇の様にアンチに回る人々には分からないだろう、何万という悪意の言葉を一人の人間が背負う辛さや怖さを。だが、彼らが本当にそこまでの事をしたのか、真実を知ろうとする者は少ない。おもしろおかしく書かれるだけの記事を盲目的に信じ、正義の仮面を被った口振りで非難し、罵倒し、汚い言葉を浴びせる。だが、彼らは逃げも隠れも出来ないのだ。メディアを通して顔も名前も知られ、何もなかったような顔でカメラの前で笑わなければならない。例えその手が震えていようと、引き攣った笑いになっていようと、彼らは人目に晒され続ける。間違った正義だと思い知らせてやりたかった。お前達がやっているのは、そういう事なんだと、自分が同じ立場に立った時、お前達はどうするんだと。人のプライバシーを侵害し、家族まで晒し者にして記事を書いて来た記者には、同じ事を返してやった。自分のせいで家族に危害が及ぶかもしれないと気付いた時の恐怖はどれほどのものだった?家族に自分のした事を知られてしまった時の気分は?・・・くだらない。こんな事に喜んで食いつく奴らも、金の為に人を陥れる奴らも、狂ってるんだよ、世の中は。

三宅はスクリーンを見つめたまま語り、三久保もまた葵の姿を映しながら聞いた。

「どうして俺達が関わってる事に気付いた?」

フイの質問だった。でも、クリエイターらしい質問だなとも思った。きっと少しのズレもない完璧な計画だっただろう。その綻びがどこだったのか、彼はそれを気にしているのだと思うと、三久保はクスクスと笑う。

「サイトの壁紙です。葵の笑顔・・作った・・作られた笑顔だったから。もし耀太が仕組んだなら、あの画像は使わないなと思ったし、森本さんでもやっぱり使わないだろうなと思ったんです。じゃあ、誰だろうって考えたら、俺は皆さんしか思いつかなかった。皆さんの事は耀太からよく聞いていたので」

「笑顔・・そっか・・あれは女優、美空葵の笑顔だったか・・」

迂闊だったと零し、三宅は俯いて小さく笑い、三久保も疑問だった事を聞いてみる事にした。

「どうして耀太のメッセージを書き換えてまで、二重コードにしたんですか?」

「インターネット全体に分散したプログラムを完全に消す事は不可能だ。拡散された投稿、動画が保存されていれば、どうしても痕跡は残る。だけど、暗号化して意味のないデータに上書きする事は出来る・・1度目のトリガーワードが認証されるとAIはネット内の回線を使って痕跡を検知し、データ上書きのモードに入る・・そして二度目のトリガーワードで、AIがネットの中に張り巡らせた自己消去のスクリプトが実行され、バックアップは上書きされるって算段だ。天才だろ?」

ほぉっと感心して聞いていた三久保だったが、最後の一言は余分だと興ざめした気分で頷いた。

「ラストシーンだ・・」

美空が履いていた靴を空に放り投げ、軽やかに微笑んでいる。その笑顔が、何だかやり切ったような、清々しいような笑顔で、三久保も一緒に微笑んだ。

幕は下りる。皆の記憶から美空葵は消えていき、こんな女優もいたわねと言われる様になるのだろう。だが、彼女は作品の中で生き続けるのだ。自分はそれを見て、懐かしき日々に想いを馳せよう。何度でも、何度でも。

観客2人の舞台は終わり、三宅は席を立つ。出口に向かう三宅を追い掛けると、クルリと振り向いた三宅は一枚の紙を差し出した。

「メッセージ画面は残せなかったけど、内容は書き写した」

「ありがとうございます」

二つ折りにされた紙を開くと、そこには、

“ ありがとう いつも大介の幸せだけを願ってる ”

そう書かれていて、三久保は同じ事を想い合っていたんじゃないかと涙を零して笑った。

「もう会う事もないでしょう。お元気で」

「お前もな」

ペコリと頭を下げ、三久保は映画館を後にする。もし彼を見掛ける事があったとしても、自分は声を掛けないし、彼も同じにするだろう。だが、永遠に秘密を共有するのだ。名もなき正義のもとで。



                  完


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