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ep5 のの猫からのお誘い

 若干困惑しつつも『いきなりどうしたのでしょうか?』と返事をすると『もしよろしければ直接電話でお話ししてもよろしいでしょうか?』とメッセージ。


 ……電話?

 誰と誰が?


 そんなの決まっている。

 俺とのの猫が、だ。


(……マジ?)


 気付くと無意識のうちに『もちろんです』と返信しており、数秒後スマホが震える。

 電話に出ると——。


『あ、こんばんはー。じゃなくて、こんねこーの方が師匠(・・)的には嬉しいのかにゃ~?』


 天使の声が耳朶を打った。

 あっ……(昇天)。


 胸が痛いぐらいにドキドキする。

 何故彼女はこうも俺の気持ちを手玉に取ってしまうのか。


 猫だからか?

 猫だから玉をころころするのが好きなのか?

 のの猫が玉をころころする姿……最高だ。


『あー、えっと……師匠? もしもーし。あっ……も、もしかして、師匠とか言うの、馴れ馴れしすぎましたか?』


「い、いえそんな! すみません! まさかのの猫さんと電話できる日が来るとは思わず、感動しておりました! 師匠でも相馬さんでも創くんでもダーリンでも彼ピでも好きな呼び方で呼んでください!」


『なんか後半おかしかったんだけど!? そ、それじゃあ師匠って呼ぶにゃ。……まぁでも、そこまで好かれると悪い気はしないにゃ~』


 「にゃはは」と笑うのの猫。可愛い。


「えっと、それで先ほどのメッセージは一体どういう意味なのでしょう?」


 本当はもっと話したい。

 雑談とか色んなことを話したい。


 けど、絶対に途中で何を話したらいいのか分からなくなるので早々に本題に入らせていただく。一番避けたいのは『無言』と『気まずい空気』だ。俺はモテる方だけど会話が得意な訳じゃないからね。


 のの猫はこほんと咳払いを一つ入れると、先程までとは打って変わり真剣な声色で話始めた。


『実は先日ロック・ビートルから助けていただいたお礼に何かできないかと考えていて……そこでダンジョン配信を行うことで、師匠の世間からの評価や風当たりを改善できないかと思い付いたので提案しに来ました……にゃ』


「無理に『にゃ』って付けなくてもいいですにゃ」


『む、むむむ、無理なんかしてないにゃ! 白木さんにキャラ取られないように必至とか、そう言うのもないにゃ~』


 そう言えばあのお馬鹿な探索者もにゃーにゃー言っていたっけか。


 あれから二日。

 怪我が完治したとの連絡を受けた程度で、直接話していない。

 今もにゃーにゃー言っていたりするのだろうか?


 なんて思っていると、のの猫は咳払い。


『こほんっ、とにかくそういう訳で、ダンジョン配信はいかがかにゃ? 正直、師匠はもっと表に自分の実力をアピールしたほうがいいと思うのにゃ』


「割とアピールはしているつもりなんですけどねぇ」


 結構な頻度でドヤ顔しながら『俺Aランク探索者ですよ?』みたいなことを昔から言っていた気がする。


 松本さんに至っては耳に胼胝ができると嘆いてた覚えもある。


『ちゃんとカメラの前だとか、SNSだとかで発信してますかにゃ?』


「それは……全くないですね」


 する余裕もなかったし。


 一応、夜叉の森に潜るようになってからは暇な時間も増えたけど、それでも別に動画配信自体に興味が湧かなかった。『影猫』名義のTwitterのアカウントもあるけれど、完全に閲覧専用。


 大昔に『今日も猫ちゃんは可愛いんだ♡』的なことをツイートした以外、何も呟いていない。


「そう言うの、した方がいいんですかねぇ~」


『……正直、師匠が現状でも構わないというのであれば、私は何も言いません。ですが——』


 のの猫は一度大きく息を吸い込むと、堪えていた物を吐き出すように告げた。


『個人的に! 世間の反応が本当にムカつくにゃ~! 師匠は凄い人だし、先日お会いして、世間で言われている様な人じゃないって言うのも理解した! なのにあんなっ、あんな風に扱われるなんて許せないにゃぁああっ!』


「猫ちゃん……」


『確かに気持ち悪いところもあるけど! でも探索者としてなら最高なのにゃ~!』


「……猫ちゃん?」


 それは褒めているのかい?

 多分褒めていないよね。


『この前だって……いや、それだけじゃなくて三船ダンジョンの一件だってそう! 苦労して頑張って……腕まで無くして師匠は戦ったのに……っ! だから私は師匠が認められて欲しいって思うんです! ほんとはめちゃくちゃ凄いんだぞーっ! って!』


 真剣な言葉に、俺は息を飲む。

 ここまで俺のことを考えてくれるってだけでも嬉しいのに、その相手がずっと憧れていたのの猫と来た。


(……)


 内心でふざける余裕もないほど、心に響く。

 だから、俺も彼女に真剣な声色で返した。


「……ありがとうございます。そうですね。そこまで言っていただけるのなら、ダンジョン配信の話をもう少し詳しく聞かせてもらっても構いませんか?」


『っ! 師匠!』


「まぁ、元より断るつもりはなかったんですけどね」


 俺だって、世間から叩かれるのを歓迎してる訳では無い。

 みんなからきゃーきゃー持て囃されるのは楽しいし、きっと嬉しいだろう。


 他の誰かから認められたいというのは人間として(・・・・・)ごく普通の感情なのだから。


(……?)


 何か引っかかった。

 何だろう? よく分からない。


 ……まぁいいか。

 兎にも角にも、のの猫と配信というガチ恋勢からすれば垂涎もののイベントをスルーする道理など無い。


 いつかやってみたいカップル配信。

 のの猫とイチャイチャしながらのダンジョン攻略。


 そんな妄想を広げつつ、俺は『ダンジョン配信』を行うことを決めるのだった。



  §



 それからしばらく。

 ダンジョン配信の打ち合わせをのの猫と交わしていると、時刻は夜の十二時を回っていた。


 最推しと深夜まで会話できる嬉し恥ずかしイベントの結果、配信は六日後。


 新しく俺のチャンネルを作って行うことになった。

 かなりタイトなスケジュールだけど、彼女曰く。


『今、師匠の評判はかなりいいにゃ。……アンチの声はまだ多いけど、それでも夜叉の森で私を助けてくれた『アイスエイジ』の動画が拡散されて、肯定的な意見が増えてるのも事実。この流れに乗らない手はないにゃ』


 とのこと。

 色々考えているんだなぁ。


 俺のアカウントや配信設定は一日もあれば準備できるらしく、機材等に関してはのの猫私用の物を貸してくれるとのこと。わざわざ夜叉の森にまで来て、手伝ってくれるとのことだった。


「つまりはコラボってことですか?」


『配信者的には初回から知名度ある人とのコラボはNGにゃんだけど……師匠は別にダンジョン配信者になりたい訳ではないですにゃよね?』


「ないですにゃね」


 変な語尾をいじってたら『もー!』と不満そうな声が聞こえて来た。可愛い。

 俺はにやけそうになる口元を抑えつつ、言葉を続ける。


「もちろん、楽しかったらやってみてもいいかなとは思っています。ただ、とにかく今は評判回復できたらと」


『……なら、やっぱり私とコラボするのが安定にゃ。単純に配信内でサポートできるのもそうにゃけど、私の視聴者さんは割と師匠を肯定的に見ている人も多いから、配信の雰囲気を肯定的なものにすることが出来るにゃ』


「にゃるほど!」


 全然分からないけど、きっと重要な事なのだろう。

 ダンジョン配信者って何も考えずに戦っているだけのイメージだったけど、存外難しいことを考えているらしい。


『ちゃんと分かってるにゃ?』


「……にゃーにゃー、分かってるにゃー!」


『本当は?』


「……相馬にゃんは馬鹿なのにゃ」


『……はぁ』


 くそでかため息やめて。

 でも電話越しに感じるのの猫のため息に興奮を禁じ得ないのも事実。


 電話の音声は機械で近い音を出しているだけというのは理解しているのに、それでも嬉しい彼女の吐息。のの猫ASMRって奴だ。イヤホン付けとけばよかった。


『とにかく、告知や準備が必要だから、そっちに向かうのは明々後日ぐらいになるにゃ。それまでに師匠はダンジョンの下見でもしといてくださいにゃ』


「わ、分かったにゃ」


 なんだこのにゃーにゃーした会話。

 付き合いたてのイタいカップルみたいで最高にテンション上がる。


 何はともあれ、そういう事ならさっそく明日にでも夜叉の森ダンジョンに向かうとしよう。


 七規と幸坂さんは……明日直ぐとなると流石に無理か。


 ロック・ビートルとの戦闘からまだ二日しか経っていないし、二人――特に幸坂さんには、もう少し休憩しといてもらいたい。


 怪我は完治してるが、精神的な疲労はすぐには取れる物ではないのだから。


(となると、明日は一人で探索か。……なんか久し振りだな)


 以前なら複数人で潜ることの方が珍しかったというのに……七規に幸坂さん、最近では白木、江渡さん、友利さんの三人と潜ることも増えていた。


 他にも、一緒に潜ることは無いけど夜叉の森には知り合いが多い。


 何というか純粋に――。


(……楽しい、よな)


 そんなことを思いつつ、俺は明日の準備をして眠りに就くのだった。


 夢にはのの猫が出てきた。

 最高かよ。

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― 新着の感想 ―
着々と弊害が出てるなぁ
別にゲスト出演で良くね?
不思議。 どこで「人間を止めた」のか。 身体が人間を止めてても意識が「人間」と思ってたら、人間を客観視しない。人と思い込んでるペットのように。 あの自死したアイツと無意識併合してない限りはー 無意識…
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