ep1 帰還後の情報共有
夜叉の森から帰って来た日の夜。
俺は自室にて、ある人物に電話を掛けていた。
数度のコールの後、電話に出たのは探索者ギルド幹部の狸原さん。
「もしもし、狸原さん。今お時間よろしいですか?」
『えぇ、こちらは構いませんが……相馬さんの方はよろしいのですか? 夜叉の森の一件は耳にしていますが、まだ忙しいのでは……?』
「いえ、こちらも問題ありません。特に今回戦ったのは俺じゃないですし。それよりも認定式抜け出したこと含めて今後の方が心配ですよ」
『なるほど……。しかし、今回は動画で相馬さんの活躍が映っていたので、幾分か世間からのバッシングは抑えられるかと思います。ただ探索者ギルドはどこのメディアのスポンサーもやっていないので、印象操作等が難しく……その辺りは申し訳ありません』
確かに探索者ギルドのCMとか全然見ないや。
「構いません。言ったところで聞かない人は聞かないですし。それより本題に入りたいのですが……。一つ狸原さんに伝えておきたいことがありまして――」
『伝えておきたいこと?』
疑問の色が覗く声色の彼に、俺は生唾を飲み込んでから告げた。
「はい。実は、今回も異世界の人間と接触しました」
『……それは『異世界からの侵略者』という事で間違いありませんか?』
「はい。人数は二人、両方とも女です。見た目は両者ともに二十代前半ぐらいでしたが、話してる内容を考慮すればとても見た目通りの年齢とは思えないというのが俺の所感です」
『なるほど……それでその二人は?』
「残念ながら逃げられました。何とか捕まえようとしたのですが難しく……」
『そうですか……仕方ありませんね。何はともあれ、相馬さんがご無事で何よりです』
その後、暫し考え込むような雰囲気が電話越しに伝わり――十秒ほどの沈黙の後、狸原さんは再度口を開いた。
『詳しい状況などは後で聞くとして——とりあえず一つだけお聞かせ願っても構わないでしょうか?』
「何でしょう?」
『……勝てますか?』
その問いは、俺に聞いているようでそうではない。
狸原さんが知りたいのは、俺を含めた探索者で彼女らに対抗できるかということ。
「……正直、分かりませんね」
『相馬さんでも勝てないと?』
「今回出会った二人……俺は割と本気で捕まえようとしましたが、叶いませんでした。そして、仮に殺そうとしても難しかったと考えています。決して攻撃が通じないという事はありませんでしたが、相手も全力を出している様子ではありませんでした。真正面から殺し合った時、どちらが生き残っているかは分かりかねます」
あの二人——ルナリアとテスタロッサが異世界人の中でもとびぬけた強者であることは間違いない。ルナリアは四天王、テスタロッサは剣聖を趣味で獲得してしまう超人だ。
最高戦力の一角には違いない……が、ならばその最高戦力並みの兵士が何人いるか。それは分からない。
彼女ら二人を相手にするなら俺一人でも何とか成り立つだろう。
そして他のSランクも同様だと仮定する。
Sランク一人につき二人。
現在世界にSランクは四人なので、合計八人。
(あのレベルの戦士が八人……? 絶対もっといるだろ……)
少なくともルナリアと同等と思われる『四天王』が残り三人。
テスタロッサと同程度の実力者がどれほど居るか知らないが、居ないという事はあり得ないだろう。
これまで俺が出会った異世界人は大きく分けて三種類。
一つ目が、ナイトメア・ゴブリンロードをはじめとした亜獣の国のモンスター。おそらくはダンジョンが生み出したモンスターではなく、異世界に住んでいたモンスターで、人に近い意識と意思がある。
二つ目が、ギュスターヴのような人間(?)だ。話を聞くに彼は魔王に攻め滅ぼされた国の人間であり、家族や友人等を人質に取られ地球を侵略しに来ていた。
三つ目が、ルナリアやテスタロッサと言った魔王陣営。魔王に心酔している――という訳ではなさそうだが、それでも侵略に肯定的であり、虐殺を何とも思っていなさそうな雰囲気を感じる。
この内、三つ目の魔王陣営の敵が要注意。ルナリアやテスタロッサ並みの強者がうようよしている可能性が高い。そんな彼女らに対抗できるのがSランク探索者だけだとして……ならば他はどうかと言えば、こちらも難しい。
特に一つ目の『異世界のモンスター』。
亜獣の国以上の怪物はもう居ないと信じたいが、楽観視など出来ない。
あれと同程度——否、半分以下の戦力であろうと、対応は不可能。
俺が勝てたのだってナイトメア化するという奇跡の産物であり、今もう一度勝てるかと言えば不可能。
他のSランク探索者もナイトメア・ゴブリンロードと一対一なら勝てるかもしれないが、群れで来られるとまず勝てない。Aランク探索者など話にもならないだろう。
よって、俺が導き出した結論は一つ。
「どちらにせよ『このままでは負ける』という想定の下で対策は進めた方が良いかと」
『分かりました。後日文書で何があったのか報告していただきたいのですが、構いませんか?』
「大丈夫ですよ。……ところで、一つお聞きしておきたいことがあるのですが」
『はい、何でしょう?』
「その、今回は逃げられてしまいましたが……やはり異世界の人間と接触した場合はどうにかして確保した方がよろしいのでしょうか?」
二度あることは三度ある。
ギュスターヴに続き、ルナリア、テスタロッサと俺は立て続けに異世界人と遭遇している。
世界広し、数百とあるダンジョンの中でどうして日本の——それも比較的近い距離感にある三船ダンジョンと夜叉の森ダンジョンに現れたのかは定かではないが、今後も出会う可能性は大いにあるだろう。
そんな時、俺はどう対処すればいいのか。
『そうですね。捕らえられるのなら、それに越したことはありません。もちろん相馬さんの安全が第一なので、もしもの場合は仕方ありませんが……』
狸原さんは「しかし」と続けた。
『それでも捕まえて頂けたならば――相手は一般人の虐殺をも厭わない侵略者。言葉は少々野蛮になってしまいますが、いかなる手段をもってしてでも情報を吐かせて見せましょう』
底冷えするような声色に、背筋が震えた。
「そ、それはその……拷問的な?」
『拷問? ははっ、そんなことはしませんよ』
「で、ですよねぇ~」
『この現代科学の発展した時代に、そんな無駄な事。相手に情報を吐かせるのに最適な薬なんかは星の数ほどあります。もちろん使用者の命を脅かすことのない安全な薬も』
「な、ナルホドー」
『まぁ、その全てがホモ・サピエンスに向けて作られた薬品ですので、異世界の人間に対してどのような副作用があるのかは未知数ですが』
「そ、ソデスカー」
『ですので、出来れば複数人捕まえて頂けると非常に助かりますね』
「わ、ワカリマシター。それじゃ、失礼しまーす」
『はい。あぁ、それと……認定式に関してはまた後日連絡いたしますので、それまではゆっくりしていただいて構いません。それでは』
がちゃりと電話が切れる。
俺はスマホをそっとテーブルに置いて深呼吸。
おかしいな。
モンスターに囲まれた時より冷汗が出たぞ?
目に見える明確な脅威より、比較的身近に潜む脅威の方が数百倍怖いとしみじみ感じた。
どれぐらい怖いかというと、今日はちょっと眠れないぐらい。
今夜は霜月さんも来ないし、実家の方に帰ろうかなとか考えて……両親はまだ東京に居る事を思い出す。
メッセージアプリを確認すると『明日には帰る』とスカイツリーをバックにしたツーショットが送られてきた。
(観光楽しみ過ぎだろ……)
まぁいいか。
二人には色々と心労を掛けているだろうし、のんびりと休めるときに休んで欲しい。
「はぁ……録画してたアニメでも見よ」
霜月さんと見る予定だったけど、ごめんなさい。
異世界無双ハーレムものでしか癒せない心の傷があるんだよ。
(つーか狸原さん怖すぎるんだが!?)
俺は半泣きになりながらアニメ鑑賞会を始めるのだった。