ep29 相馬一家
翌日。
東京観光を終えた俺は、両親ともども認定式の行われるギルド近くのホテルの前にやってきていた……のだが。
「これは……」
まず最初に聞こえてきたのは大勢の声。
次いで、見えたのはギルド前に集まる人々。
彼らは旗を掲げながら声高に叫ぶ。
『ギルドの不正を許すなー!』
『『『許すなー!』』』
『相馬創Sランク反対!』
『『『反対!』』』
『真実を公表しろー!』
『『『公表しろー!』』』
……なぁにこれ?
「創も人気者だなぁ」
「父さん? 今あなたの息子がとんでもなく叩かれてるんですが?」
「探索者ってこんな真剣に語られるような職業だったの? お母さん、もっと気楽な仕事としか思ってなかったんだけど……」
「確かにこれは異常だけど……母さんもなんか軽くない? ほら見てよあの旗。『相馬創』の名前にバツ印がかぶせられてるんだけど?」
のんきな二人に突っ込んでいると、彼らは俺を見つめて淡々と答える。
「……だって今の創。まったく気にしてないだろ?」
「悲しい~って時は露骨に表情に出るからねぇ。創が気にしないならお母さんたちが気にすることじゃないでしょう」
「いやまぁ。そりゃそうだけど」
事実、俺はまったく気にしていなかった。
悲しいとか、悔しいとか……まぁ、無い訳ではないけれど、今この場から逃げ出したいかと聞かれれば、別に。
さっさとSランク認定を終えて帰りたいって気持ちの方が大きい。
罵詈雑言に慣れたとか、心がすり減ってどうでもいいとか、そう言うのとは違う。
ただ単純に、彼らの言葉でどうこう思う以上に、リアルが充実していて自己肯定感が上昇しているのだ。
思い出すのは七規や松本さん、幸坂さんに、霜月さん、友部さん……そしてここ最近で出会った夜叉の森関係の人たちや、クラウディアさんとシャルロッテさん。
こんなに美人や美少女に囲まれてちやほやされているのに、目の前のどうでもいい人々の言葉で心が抉られることなどあり得ない。
一昔前なら『絶対許さないリスト』にぶち込んでいたが、今の俺は菩薩が如く心清らか。諸行無常が云々。大人になったものだなぁ。
(まぁ、いくら息子本人が気にしていないからと言って、まったく気にしたそぶりも見せない両親はどうかと思うが……いや、むしろ息子がそうなら遺伝的に二人も同じような思考回路でもおかしくはない、のか?)
「それでどうする? 正面から行くか?」
「流石にそこまで図太くないって……ちょっと狸原さんに連絡してみる」
ホテルの入り口はデモ集団こそ追い払われているだろうが、マスコミは殺到してそうだし。裏口辺りからきっと入れてもらえるだろう。
昨日教えてもらった連絡先にメール。
因みに狸原さんではなく宮本さんにメールを送った。
おっさんより美人秘書の方が良いからね。
待つこと一分ほど。
返信はすぐにあり、想像通り裏口からお願いしますとのこと。
「で、父さんと母さんはどうする? 参加も出来るけど、正直かなり暇だと思う」
それに、裏口はマスコミが少ないとはいえ、居ない訳ではないだろう。
余計な迷惑はかけたくないので、見送りはここまでで十分。
するとこちらの思惑を察してくれたのか、二人は近場のスタバでお茶しながら生配信を見ているとのこと。
そう、今回の認定式はなんと生配信されるのだ。
緊張するねぇ。
「んじゃ、行ってきます」
俺は二人に手を振って、裏口へと向かった。
§
「……どうも、相馬創さん。自分、雑誌『週間探索者』の記者で五十嵐と申します。お急ぎのところ大変恐縮なんですが、暴力団関係者と繋がりがあるという話についてお聞かせ願えますか?」
「……はい?」
裏口には案の定記者が居た。
数人は写真を撮るだけだったが、その内の一人が近付いてそのようなことを聞いてきたのだ。
「えっと、なんのことでしょうか?」
「とぼけるんですか? あれほど話題になっていたのに、まさか知らないということもないでしょうに」
知らないぜ。
だってネットもテレビも見ていないから。
唯一の例外はのの猫の配信。
それ以外は見てない。
霜月さんと夕食を共にする時だって、最近流行りのアニメを見ながら食べている。
最初は俺も彼女も興味なかったけど、これが面白い。
今は異世界無双ファンタジーにドはまりしている。
ハーレムって、いいな! とは霜月さんお言葉だ。
「すみません。そのまさかです」
「チッ……はぁ」
えぇ、ちょっと態度悪くない?
と思っていると、彼は一冊の雑誌を取り出し、とあるページを開く。
そこには……。
「水瀬、でしたっけ? 三船町では有名な元暴力団の家だそうじゃないですか」
「……」
彼が見せつけてきたのは、俺が水瀬の家に入っていくところの写真。
隠し撮りされているのは察していたけれど、こんなことになっているとは。
(水瀬の家が元『ヤ』の付く人たちってのは噂程度に聞いてたけど、本当だったのかね。正直その辺曖昧なんだよなぁ)
ただ俺は三船町生まれ三船町育ちだが、町に暴力団が居るみたいな話は聞いたことなかったし、みんな『元』って言ってるってことは俺が生まれる前に解散したのだろう。
少なくとも今は多少顔が広いだけのおじい様にしか見えない。
俺に魔質増強剤をプレゼントしてくれたりと、ちょっといけないことはしているけどね(共犯)。
兎にも角にも——。
「お言葉ですが——」
「相馬さん!」
「ッ、み、宮本さん」
「遅いから見に来ましたけど……すみません、時間が押しているので失礼します」
「ちょっと、逃げるんですかぁ?」
煽るような口調を無視して、宮本さんは俺の腕を引いてホテルの中へ。そのままエレベーターに乗り込むと、小さく息を吐いてからこちらを見つめて告げた。
「いいですか。ああいう輩は相手にしてはいけません」
「……」
「彼らは悪意で動いている訳でも、善意で動いている訳でもありません。ただ話題性で動いています。なので、無視して話題が風化すると、自然と消えます」
「……」
「……返事をしていただけませんか?」
懇願するような宮本さん。
申し訳ない。
別に彼女を困らせたいわけではないから。
俺には決して譲れない部分がある。
例え俺の命が失われようと、譲れない思いがある。
あの日、あの瞬間、悪夢の軍勢を前に最後まで折れなかった俺の本能。
——ただ、守る。
相手は選ばない。守らなきゃならないなら、俺は先ほどの記者だって、ネットで俺をこき下ろしているアンチだって、ホテル前のデモ隊だって命がけで守る。
それでも、優劣はある。
彼らより優先したいと——本能ではなく理性で望む人々がいる。
そんな彼らが傷つけられるのは、絶対に許せない。
許せない、けれど……俺は深呼吸。
「分かりました、宮本さん」
「……ありがとうございます」
俺のわがままで世界は動かない。
大切な人々を傷つけようとする彼らを俺は許せないが、そんな彼らに対して、俺が出来ることは何もない。何かしようとすれば——それこそ殺してしまうから。
だから、精々心の中で罵って、後日法的に裁けばいいのだ。
——いい、はずだったのに。
「どうも、夕日新聞の橋本です。相馬創さん。まずはSランク認定おめでとうございます。日本初のSランク探索者ということで、さぞ素晴らしい日々を送っておられると思いますが——ギルド職員のMさんを始め、複数の既婚女性との夜半の外食についてお聞かせ願えますか?」
……あ?




