ep20 不審者たち
「今回七規に足りなかったのは注意力と並列作業だ。索敵を怠った結果スケルトンに弓で狙われたこと。そして夜叉百足が近付いているのにも気付かず、自衛と指示の両立が出来ていなかったことだ」
「うぅ……ごめん、せんぱい」
「大丈夫だ。誰しも最初からできるものじゃない。その為に俺がいるんだから存分に迷惑をかけてくれ」
それこそが新人研修だ。
「それで七規『ドミネーション』に関してだが、指示は常に出し続けなきゃいけないのか?」
「ん~、ある程度任せられるけど……私の予想通りに動かなくなったら、計算がズレそうで怖いってのが大きいかも」
「なるほどな」
言いたいことはなんとなくわかった。
つまり『戦え』と命令を出すことはできるが、それが七規の想像通りの戦闘かどうかはやってみないと分からないということだろう。
例えば、コボルトに正面の敵を倒せと命令し、自分は別方向の敵を倒していたとする。
この時、何かの拍子で正面以外の敵につられ、そちらの対応を始めてしまった場合、本来当たらせていた正面からモンスターが流入し、戦線は崩壊してしまう。
極端な例であるが、七規はそれを恐れているのだろう。
「となれば、使い方……タイミングなんかも測らないとな」
「……そう、だね」
「あとは周囲警戒のコツと、抜け出したモンスターに対する戦闘方法も……って、どうしたんだ?」
顔を伏せ、拳をぎゅっと握りながら震える七規。
「……もっと……もっと、上手くできるつもりだった」
「……」
「もう、せんぱい一人にあんな思い……こんな苦しい思い、させたくない、って……っ」
そう言って、そっと俺の左腕に手を伸ばす七規。
「七規……」
「ダンジョンに行けない間も練習してた。戦闘もシミュレーションして、モンスターの勉強もして、ダンジョン配信者の動画なんかもいっぱい見て、勉強してた……なのに、なのにこんな……こんな簡単なことも、私は出来なかった……っ!」
感情を吐露する七規。
顔を伏せているので表情は分からない。
しかし時折聞こえる嗚咽が、彼女の想いを物語る。
本当に、悔しいのだろう。
ここ最近の心配性を思えば、悩んでいたのは明白だ。
——気にするな。
なんて、そんな言葉は口が裂けても言えない。
俺は小さく息をのむと、七規を見据え——問いかけた。
「それじゃあ、どうするんだ?」
「……っ」
顔を上げ、目を見開く七規。
僅かに歪んだ無表情。
しかしその目元は赤く、目尻に涙が溜まっていた。
吸い込まれそうな綺麗な瞳。
本当に整った顔だな、なんて場違いなことを思う俺に対し、七規は瑞々しい唇を震わせながら答える。
「もっと、頑張る」
「……」
「せんぱいの隣に立って、夫婦で探索者です! って名乗れるぐらい強くなれるように」
「色々段階をすっ飛ばしすぎだけど……まぁ、いいか。頑張れ、俺も全力で手伝うから」
「……うん!」
いつもの無表情。
されど、決意の籠った瞳で頷く七規。
「あっつ」
幸坂さんのそんな呟きが、聞こえた。
「確かに夜叉の森は暑いですよねぇ~」
不満そうな表情が返って来た。
何故だ。
§
七規の反省会を終え、十五階層まで足を進めたところで俺は呟く。
「付けられてますね」
「相馬くんも、気付いてた?」
「えぇ、偶然道が同じだけかと思ってましたが……これは流石に」
相手に悟られぬよう意識しつつ、言葉を交わす。
これに対し、七規は小首をかしげていた。
「えっと、何に付けられてるの? モンスター?」
「いや、他の探索者だ。数は……二十人ちょっとかな」
「私も、そう思う」
「そ、そんなに!?」
理由は分からないが、五十メートルほど距離を開けてずっと付いて来ている。
思い浮かぶのは、ダンジョン内での犯罪行為。
過疎っていた三船ダンジョンではあり得ない事だが、都市部のダンジョンでは内部で犯罪が行われることがたまにあるのだとか。
日本では精々窃盗ぐらいだが、外国では殺人も少なくないらしい。
証拠も出にくいしね。
まぁ、その代わりバレたら通常の罪状よりより重い刑罰が科されるが。
まさか、夜叉の森で出くわすとは。
いや、にしては人が多すぎるか?
それに、遠巻きに観察するだけで、一向に近付いてこない。
「……どうしましょうか」
「襲って、来ないなら、放置でも、いいと思う。というか、それしか、ない」
「ですよねぇ」
関わってこないなら無視が安定。
もし襲われても……流石に俺より強い人はいないだろう。
そんな訳で、俺たちは探索を再開するのだった。
§
「なぁ、もう帰ろうぜ?」
「いやいや、あの相馬創の戦闘を見ずに帰れるかよ!」
「てか両脇の二人可愛い~」
「盾の人、かなりやるな。ありゃBランクか?」
「もう一人の子はどっかで見たことあるような……」
それは夜叉の森ダンジョンの探索者たちの言葉。
創たちを付けていたのは、彼らだった。
隙を見て危害を加える――なんてつもりは毛頭なく、ただ単純にダンジョン完全攻略を達成した現日本最強探索者、相馬創の戦闘を見たいという好奇心による行動であった。
中にはギルドで握手を求めた大男の姿も。
しかし彼の表情は優れない。
彼としては既に実力を理解しているし、このストーキング行為に対して否定的であった。それでも付いて来ているのは、弟分が見たいと聞かなかったからだ。
「ったくよぉ」
呆れたように呟く。
が、気にならないかと言われればそれもまた嘘になる。
大男は探索者になって一年のDランクだ。
夜叉の森のトップであるBランク探索者たちの実力は知っているが、それよりさらに上のSランク探索者……興味ないわけがなかった。
(だからってこんなストーカーみたいなこと……あー、くそ! どっちつかずでダセェ!)
大男は溜息を零し、周囲を警戒。
そして——気付いた。
何かが近付いていることに。
むしろ何故気付かなかったのか。
きっと、相馬創に気を取られ過ぎていたのだ。
ここはいつ死んでもおかしくない、ダンジョンだということを忘れて——。
「……っ、お前らすぐに——!」
逃げろ! と声を張り上げようにも間に合わず——周囲の草木を切断しながらものすごい速度でそいつは現れた。
「ぎ、ギガント・マンティス……!」
それは巨大なカマキリ。
通常Bランク指定のモンスターであるが、目の前の個体は通常種に比べて一回りは大きく、その体長は五メートル近い。
十五階層のような低階層に出るモンスターではない。
しかし、出ないという訳でもない。
強力なモンスターであることは間違いないが、それでもこの場の全員で掛かれば容易に討伐できる。大男はDランクであるが、中にはCランクの探索者もちらほらいる。
勝てる。
問題はない。
——全員が、万全の準備を整えられていれば。
「……ぁ」
隙しかなかった。
唯一構えているのは大男だけ。
「まずいっ!」
カマキリの鎌が、近くの女探索者に迫る。
回避は間に合わない。
防御も間に合わない。
その場の全員が鮮血を目にすると覚悟した——瞬間。
ピンッ――と糸を弾いたような音がして、同時に冷気が周囲を包み込む。
「……へ?」
何が起こったのかと周囲を見回し、彼らは氷漬けになったギガント・マンティスを目撃する。
全員が困惑する中、一人の少年が現れた。
「あの、大丈夫ですか?」
そこに居たのは三船の守護者、相馬創だった。




