ep16 異国の職人
Sランク探索者。
それは世界に三人しか居ない最強の称号だ。
アメリカのジョン・カーター。
ロシアのルキーチ・カラシニコフ。
エジプトのアサド・モハメド。
いち冒険者として、俺自身憧れ続けているトップ中のトップ。
「そんな人たちと俺が……」
正直に言って、実感が沸かない。
そりゃAランクとして日本国内ではトップ層だったが、それでも知名度は低いし精々田舎の人気者。精神的にはそこらの高校生と変わらないと自覚している。
なのにいきなり大スターの仲間入り。
実感が沸かない以外の感想がない。
それに心配事もある。
ネットが大荒れすること——ではなく、俺の実力的な問題だ。
(……はっきり言って、俺がダンジョンを攻略できたのは完全にまぐれ。運が良かったから以外の何ものでもない。それと——『魔質増強剤』)
そう、俺は違法薬物を使っている。
あの時ナイトメア・ゴブリンを雑魚同然に扱えていたのは、その違法薬物の効果が大きい。
(あの戦闘以降、明らかに強くなってる気はするけど……それでも他のSランクに並んでいるかは、さすがに分からない。比べたことも無いから)
それより最悪なのはSランク認定後に魔質増強剤の使用がバレた時だろう。
おじい様なら上手いこと隠してくれるだろうけど、それでも……世間に隠し事をしてSランクになっていいのか。
思い浮かぶのは悪い想像ばかり。
「あー、ダメだ。ネガティブな事しか思い浮かばん」
夜に考え事すると悪い方向にしか行かないのは何故なのだろう。
そんな哲学にも似た疑問に思考をシフトさせつつ、俺はあくびを噛み殺してベッドに潜り込む。
悪い方向にしか進まないなら思考は放棄。
難しいことは明日の俺に任せる、いつもの作戦だ。
そうして訪れた翌朝。
結局断る選択肢はないと判断した俺は、夏休みの適当な日程を返信しておいた。魔質増強剤のことはもう知らん。バレたらその時考えよう。
返信するに際しては両親や松本さん、おじい様など、信頼できる大人たちに相談してから行った。特におじい様には色々と良くしていただいている今日この頃である。
ついて行こうか? と提案してくれたほどだった。
流石に申し訳がないので断ったが、その心遣いはありがたい。
当日は両親のどちらか、或いは一人で東京へと向かうことになるだろう。
不安はあるけど、旅行も久々だし楽しみである。
§
それから数日が経過した。
高校では予定通り期末試験が開催。
現在中学三年生部分を友部さんから教わっている俺が解けるはずもなく、一日目の今日は解答用紙を半分以上空欄のままで提出した。言うまでもなく赤点及び補修確定である。
試験期間は四日に渡り、期間中は午前中だけで帰宅となる。
「あー、マジで解けなかったな」
解けないのは分かり切っていたが、それでも改めて認識すると流石に来るものがある。分かり切ってはいるのだけど、自分がダメだと再認識させられるから。
一応今日の復習でもしておくかな、などと考えながら一人帰宅していると——我が家の前に人影を発見した。
すわマスコミか! と一瞬警戒。
だがそれは杞憂に終わる。
理由は相手の容姿。
風になびくプラチナブロンド。
サングラスを掛けた彼女は明らかに日本人ではなかった。
まぁ、今時マスコミで働く外国人もいるかもしれないが、少なくとも彼女はカメラを持っていない。その代わり、重そうなリュックを背に担ぎ、これまた大きなキャリーケースをゴロゴロと引き摺っていた。
こんなマスコミはまず居ないだろう。
加えて彼女のすぐ傍に、同じプラチナブロンドの髪を揺らす幼い少女の姿もあった。
十中八九親子。
子連れで取材先に来るマスコミ……うん、あり得ないな。
そんな訳で俺は片手を上げてお声がけ。
「すみませ~ん、うちに何か用ですか?」
俺の声に女性は肩を揺らして反応し、視線を向けてくる。
おぉ、とんでもない美人だ。
年のころは二十代後半から三十代と言ったところ。
癖っ毛のあるプラチナブロンドの髪に、透き通るような碧眼。丈が短くへその見えている白いTシャツにハーフパンツと、中々に刺激的な姿だ。首にはチョーカーのようなものが巻かれており……って、あれって言語理解の魔道具だよな?
ダンジョンの異変探知機同様に、割と世間に普及している魔道具のひとつだ。そんなものを装着しているという事は、やはり外国人で間違いなさそう。
そんな彼女はしばらく俺を見つめると——ドドドっと駆け寄って来た。
「え? な、なになに!?」
「相馬創ですか!?」
「は、はい。そんな貴女は……ん?」
近付いて、どこか見覚えがあることに気付く。
直接会ったことは無い。
こんな美人、一目見たら忘れないだろう。
ならばテレビで見たのかと言えば、そうでもない。
頭を悩ませていると、女性は自らの豊満な胸に手を当て、答えるように口を開いた。
「初めまして! 私の名前はクラウディア・シュヴァルツコップと言います! 貴女の左腕を作りに来ました!」
「クラウディア・シュヴァルツコップ……シュヴァルツコップ!? あっ!」
言われてようやく思い出す。
そうだ、俺が彼女を見たのは数年前。
とある雑誌記事でのこと。
かつての俺の愛銃『No.3サファイア』の生みの親、『魔石加工職人クリストフ・シュヴァルツコップ』に関する記事の中で、彼の孫娘がクリストフ氏の後を継いで魔石加工職人をしているという内容だった。
そこに載っていた写真こそ、目の前の女性。
クラウディア・シュヴァルツコップ。
「先日、この島国でダンジョン完全攻略した少年が居ると聞きました! 最初は凄いな、程度にしか思ってなかったのですが、キミが右腕の様に使っていた武器が祖父謹製一品であったと、当国では話題になりまして! そして、腕を失ったとも聞き——なら私が、クリストフの孫娘であり一番弟子である私が、今度はキミの左腕を作りたいと! そう、打診しに来ました!」
ま、マジっすか。
「……と、とりあえず立ち話もなんですので、うちに入ります?」
「お邪魔します!」
そう言って俺はクラウディアさんと彼女の娘さんを家へとご招待。
期せずして、美女と美少女を連れ込んでしまった。
二人をリビングに通し、アイスコーヒーとオレンジジュースをご提供。
「おっと、ありがとうございます! それとご紹介がまだでしたね! こちら、私の娘で一番弟子のシャルロッテ・シュヴァルツコップです!」
「……よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
シャルロッテさん。
年は十歳前後と言ったところか。
美しさより可愛らしさが勝るお年頃だ。
それでも子供、というより少女と表した方が適切か。日本人の子供に比べて背が高い。
「えっと、それで左腕を作ってくださるということでしたが……」
「はい! きっと相馬の方でも義手を探されていたと思いますが、それでも一般に流通している義手では探索者の動きに耐えられません! なので、ダンジョン内でも——いえ、祖父のサファイアがダンジョン内で活躍したというのなら、ダンジョン内でこそ活躍する義手を作りたいと考えています!」
言語理解の魔道具の弊害か、敬語なのに呼び捨てというチグハグさに一瞬混乱。
しかしすぐに気を持ち直すと、顎に手を当て考え込む。
「ダンジョン内で活躍する義手……ですか」
俺は現在、七規のおじい様やお医者さんの伝手を使い義手を準備している。
魔力を動力としたオーダーメイド品だ。
あと一か月ほどで完成すると聞いている。
ある程度自分の意志通りに指を動かせる高級品だそうだが——クラウディアさんの言う通り、ダンジョンで使うことはできない。
耐久性がないからだ。
この辺りはどうしようもない。
故にダンジョンでは必要に応じて氷の義手を作ろうと考えていた。
問題があるとすれば、膨大な魔力を消費すること。動かすとなれば尚更で、常時展開するのは燃費が悪すぎる。ただ、それでも耐久値はあるし、通常の義手よりもっと自分の意志に近く動かすことが出来た。
その為、近接戦の最後の手段として、氷の義手を考えていたのだが……まさかまさかのご提案である。
「……いかがでしょう?」
ダンジョン探索者に、ダンジョンで活躍する義手を売り込むクラウディアさん。
そのどこか挑発的な笑みに、俺も口端を持ち上げて答えるのだった。
「是非お願いします。もちろん金に糸目は付けません」
「無料で構いませんよ。祖父に近付く夢のひとつなので」
「それだけはできません。いい品物にはそれだけの報酬を——かつて俺が『No.3サファイア』を八千万円で購入したように、しかるべき金額を支払わせてください」
「……分かりました。もとより手を抜くつもりなど毛頭ございませんでしたが、世界最高と謳われた祖父——クリストフ・シュヴァルツコップをも超える魔石式機構を相馬にお見せしますよ!」
「それはそれは、期待しております」
俺の返事を受け、アイスコーヒーをごくりと飲み干したクラウディアさん。
彼女は椅子から立ち上がると俺の正面に移動。
俺を見下ろしながら告げた。
「それじゃ脱いでください!」
「……へ?」