ep3 ダンジョン配信者『のの猫』
「ちょっと、ちょっと! この子なかなかやるじゃない!」
カシュッとプルタブを開ける音が聞こえて視線をやれば、缶ビールに口をつける松本さんの姿。
「何飲んでるんですか。このあと焼肉行くんでしょ? 車じゃないと行けないですよ?」
「大丈夫、これノンアルだから。大体仕事場にお酒なんて持ってこないって!」
「ノンアルも普通はダメだと思いますが……」
「にしても凄いわね。Cランクってこんなに戦えるんだ」
画面に目を移すと、そこではゴーレムと戦闘を繰り広げるのの猫の姿。
鋭い視線で隙を伺い、チャンスを見つけると一気に畳み掛ける。
特に回避行動は一級品で、「猫はどんな高所から落下しても怪我をしない」と、かつて無い胸を叩いて豪語していたほどだ。
『そろそろ決めるかにゃー』
のの猫はぺろりと舌で唇を舐め、姿勢を低くして突撃。
ゴーレムから繰り出される攻撃を文字通り紙一重で回避して、額にあるコアを破壊した。
「はぇ〜ゴーレムってCランクなら複数人で叩く相手じゃなかったっけ?」
「そうですね。まぁ、のの猫はタイマンならBランク相手にも善戦しますよ」
「そうなの?」
「ただ、集団戦は苦手なのか、さっきの戦いも画面端に映ったスケルトンに気を割きすぎですね」
「周りに注意を払うのは当然なんじゃ……」
「あの距離なら危険はないので無視一択ですね。どうしても気になるなら先に排除しておくのが正着かと」
「へ、へぇ……でもコメント欄は絶賛の嵐みたいだよ!」
そう言って松本さんは配信画面を指さした。
そこにはズラリと並ぶ視聴者たちのコメント。
:さすが猫ちゃん!
:さす猫
:きゃわわ
:くそつよ
:ゴーレムを単騎とか、もしかして配信者最強?
:伊達にCランクじゃない
:強くて可愛い
:ゴーレムに黙祷
『どもども、まぁ、ゴーレムは動き遅いし相性が良いかもね。私は魔速型だし』
:魔速って?
:身体強化魔法で速さを上げて戦う人のこと
:速さだけで倒せるほどゴーレムは柔らかくないんだよなぁ
:さすねこ
:パンツ何色ですか?
『まぁ、速度つけて殴れば大抵何とかなるよ。変態コメした人に実践しに行きたいんだけど、いいかな?』
:ええんやで
:仕方なし
:変態に慈悲は無い
―――――
影猫@Aランク探索者 ¥50,000
『猫ちゃん‼️ ゴーレム討伐おめでとう!(*´ε`*)チュッチュ さすが♡猫ちゃん♡だネ! でも、途中でスケルトンに意識を持って行かれてたのはダメだヨ?(汗)カメラさんが居るとはいえ猫ちゃんはソロなんだから先に倒す(っ・д・)=⊃)゜3゜)'∴:.か、無視するか決めないとネ‼️その隙をゴーレムに襲われたら大変だからネ!:(´◦ω◦`):』
―――――
:猫ちゃんかわよ
:!?
:赤スパやんけ
:おぉー金持ち
:あっ(絶望)
『え、赤スパ!? ありが――あっ、影猫さん。い、いつもありがとうございます。えと、気をつけます』
:クソキモくて草
:何目線?ww
:長文赤スパで指示厨とかww
:Cランク探索者に上から目線で説教ww
:草
:あいたたたっw
「あっ、ねぇねぇ! さっき相馬くんが言ってたことと全く同じこと赤スパで指摘してる人いるよ! ……めっちゃ叩かれてるしのの猫ちゃんドン引きしてるけど」
「……え? 何か言いました? 俺今長文赤スパ書くのに忙しくて」
「だからその長文赤スパが……ってお前かい!!」
おもむろに俺のスマホを覗き込んできた松本さんが素っ頓狂な声を上げて頭を叩いてきた。
なんだよ、痛いじゃないか。
「それやめなって! のの猫ちゃん引いてたよ?」
「……別にいいですよ。それで猫ちゃんの生存確率が少しでも上がるなら」
などと言いつつスマホを操作、ポチ。
『み、みんな、そんなこと言うのはやめなよ』
:かわいいやさしい嫁に来い
:大天使やね
:しゃーないな
─────
影猫@Aランク探索者 ¥50,000
『ちなみに俺はAランク探索者だから(苦笑)俺の言うことは全部正しいから( *¯ ꒳¯*)』
─────
:草
:はいはい
:非表示にしたいけどスパチャなので出来ないという悲しさ
:コメント無視で50,000円製造機と思おう
:↑日銀かな?
『……す、スパチャありがとうございます! そ、そうなんですね〜凄いですね〜』
:これには天使も苦笑い
:無視でええんやで
:ヤバすぎこいつww
『っ、し、仕切り直して次行くよ〜』
そう言ってダンジョンの奥へと進んでいくのの猫。
そんな彼女に俺は……。
「頑張れ……っ!」
「相馬くんの心臓はアダマンタイトか何かで出来てるの!?」
「だって俺は事実しか言っていませんし、馬鹿にされても『こいつら間抜け晒してるなぁ〜』って家に帰って枕を濡らすだけですよ」
「それ泣いてるじゃん! 枕めっちゃ濡れてるじゃん! もうやめよ? ほら、今日は見るのやめて焼肉行こ? 高いとこ」
「ま、松本さん……っ」
感極まって思わず彼女に抱きついてしまう。
松本さんは特に慌てた様子もなくため息を吐くと、優しく背中をさすってくれる。
「仕方ないから今日は私が奢ってあげる」
「うぅ……なんであんた結婚してんだよぉ」
「残念だったねぇ〜」
ほんとに。
割と本気で彼女と結婚したいと思う高二の春である。