ep60 乱入者
死闘の末、俺はバドラクルスを倒すことができた。
目の前の彼は全身汗だくで、指一本すら動かせないと言った様子で寝転がっている。
正直、俺も今すぐそうしたい。
両足も折れたままだし、痛くて泣きそう。
(けどその前に、こいつらを拘束して……あ、あとフラウを逃がさないと)
幸いフードのおかげで何とか隠れられているが、それもいつまでもつか。なんて思っていたら、七規がフラウを隠すようにどこかへと連れて行くのが視界の隅で見えた。
少し心配だけど、すぐに幸坂さんも後を追って行く。
あの二人なら、問題ないだろう。
仮に正体がバレて面倒ごとになっても、大半の人間を押しのけて逃げるだけの実力はある。『俺が頼んだこと』と言って責任を取れば、二人が糾弾されることもないだろう。
「さて、それじゃあ大人しく捕まってくれるな?」
「はいよ。ついでに知りたいことがあったらペラペラしゃべっちゃうぜぇ~? まぁ、俺が知ってる程度のことなんて、大した情報でもないだろうけど」
なんて話していると……ふと、外野から声が届いた。
『早く止めを刺せよ!』――と。
そして殺意は伝播し、肥大化する。
『殺せよ!』
『早く殺して!』
『そいつにどれだけ迷惑かけられたと思ってるんだ!』
『危険分子は殺せ!』
『敵なんだからさっさと殺せよ!』
「いや、ちが……待っ――」
否定を試みるが、群衆の敵意は収まらない。
それどころか、視界の隅では昏倒していたクァンやヤトラに手を出そうとする輩まで現れ、俺は咄嗟に魔速型で移動して、二人を回収。その後、近くに転がっていたフィカティリアも守れるように、バドラクルスの側に並べた。
「何してんだ! 早く殺せよ!」
「そうだそうだ! そいつらは俺らを殺そうとしたんだぞ!?」
「なのに庇うとか……まさかお前もそいつらとグルか!?」
「いや、さすがにそれは……」
「評判悪かったし、マッチポンプの正義ごっこだったんじゃね?」
「くそじゃん」
「死ねよ、マジで!」
「やっぱ信用できるのレイジだけだって!」
「レイジ頼むからそいつらを片付けてくれよ!」
これに礼司は声を大にして否定するが、群衆の罵詈雑言の前には無意味。
「……報われないねぇ」
とは足元で寝転がるバドラクルスの言葉だ。
「多少『ドミネーション』の影響はあるかもしれねぇが……それでも思考の誘導は一瞬。今悪態をついているのは、本心だぜ? どうする」
「ちょっと黙っててもらえる? 今考えてるから」
「はいはい。っと、そういえばテスタロッサの奴が言ってたな。相馬は周りから嫌われてるって。それでも戦うところが最高とも言ってたが……ほんとだったのね。なんでお前、こんな奴らを守ってんの?」
「理由なんてない。守りたいから守ってるだけだ」
実際ヤジを飛ばしてるのは一部だし、そんな彼らを止めようと動く者たちも多い。
しかしバドラクルスからすれば納得できなかったのだろう。
「……異常だな」
ぼやくバドラクルスを無視していると、足元の決戦騎士たちが意識を取り戻し始める。幸い、直ぐに暴れるようなことはなく、俺を見て警戒の色を瞳に移すのみに留めてくれているが……くそ、これ以上状況をややこしくしないで欲しい。
俺は彼女たちを注視しつつ、事態の収拾のためにも狸原さんに連絡を取ろうとして――ふと上空から何かが降ってきた。
どすんっ、と音を立てて着地したのは……一匹の天使。
「……エンジェル・ポーン? なんでこんなところに」
まさかバドラクルスたちの作戦か? と思ったが、彼の表情は困惑に染まっている。決戦騎士たちも同様で、眉間に皺を寄せるのみ。
つまり、これは完全なるイレギュラーということだ。
「まぁいい。なら討伐するだけだ」
モンスターなら殺すことに躊躇いはない。
『亜獣の国』のゴブリンやオークたちには思うところはあったけど、それより以前から俺は何十体、何百体、何千体とモンスターを討伐してきたんだ。多少思うところがあっても、剣を振うことに躊躇いはない。
特に、エンジェル・ポーンは俺からすれば雑魚同然。
氷の剣を生成し、斬りかかろうとした――刹那。
『GA,GYAGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――ッッ!!』
雄叫びが夜の渋谷を貫き、エンジェル・ポーンの姿が変化する。
ぼこぼこと鎧が蠢き、その肉体が肥大化。
真っ白の甲冑と天使の羽、頭上の天輪までもが歪に変形する。
その姿に、誰も声を出せない。
変化は続き、肉体から分離してメイスを握ったかと思うと、溶けて消え、剣を手にしたかと思えば、またも肉体に溶けて消え、溶けて消え、溶けて消えを繰り返し、下半身の鎧が、スカートの様に広がる。
まるで女王のような姿に変化――。
ここまでくれば、目の前で何が起こっているのかに見当が付いた。
「……種族進化、だと?」
それはバドラクルスの声だった。
目の前で、エンジェル・ポーンが種族進化を繰り返している。
途中の観たことある姿は、おそらくエンジェル・ナイト。
そして今の姿はクイーンとでも形容しようか。
その異常な光景を前に、俺たちはあっけにとられ――その肉体がさらに肥大化。
体長三メートルを超え、背中に六つの羽を生やした甲冑のモンスターは、言うなれば『エンジェル・キング』。
肌を刺す威圧感は、ナイトメア・ゴブリンロードを優に超えている。
種族進化は単に上位種族に進化するだけではない。
進化直後は、通常個体に比べて大きく強化されている。
以前、のの猫とダンジョン配信中にコボルトが進化したが、それだって通常種の数倍は強かった。おそらくエンジェル・キングは素でゴブリンロードを上回るモンスターなのだろう。
そこに連続する種族進化の強化が重なり、ナイトメア・ゴブリンロードを上回る力を手にした。
「化け物かよ……って、嘘だろ!?」
吐き捨てる俺の視線の先。
エンジェル・キングは更に進化する。
度重なる進化のその先へ――天の使いは、天の頂へと至る。
白い鎧に、青のライン。
背中から八つの翼を生やし、腕が四本に増えた天使。
頭上の天輪は荒々しい棘が生え、兜から流れるような美しい金髪が背中まで伸びている。
どこか神々しさすら感じるそれは――まさしく『ロード』。
「エンジェル・ロード」
ただ目の前にいるだけなのに、肌がひりつくような怪物じみた迫力。
エンジェル・ロードは静かに四本の腕を広げる。
刹那――周囲におびただしい数の魔法陣が出現した。
「……っ! させるかッ!」
俺は周囲の一般人を守るように『アイスエイジ』で分厚い壁を作る。それと同時に、魔法陣から炎の槍が出現して次々に壁へと衝突した。重く激しい音が響き渡るが、氷の壁に異常はない。
数こそ多いが、一撃当たりの威力はバドラクルスの殴打ほどではない。
(まぁ、それでもAランク時代の俺の『インフェルノ』には匹敵してそうな威力だけど)
攻撃を防がれたエンジェル・ロードだが、特に反応はない。
ただ壁の向こうで逃げ惑う人々を観察してから、ゆっくりと俺へ視線を移し――その両手に、光の剣が生成される。
(ま~た見たことない魔法だよ……)
胸中でぼやくと同時、エンジェル・ロードは剣を投擲してきた。
しかし速さはそこまでではない。
背後の探索者たちもある程度距離があるし、回避しても問題はない。
俺は身体をひねって回避し――。
「違う! それは囮だ!」
バドラクルスの声が聞こえると同時、光剣に隠れるように接近していたエンジェル・ロードの拳が右肩に直撃した。ぐちゃっ、と肉がつぶれ、骨が砕ける音が耳に残り、衝撃で弾き飛ばされる。
地面を転がりながら確認すると、かろうじてつながっているが右の肩から先の感覚がない。
……油断した。相手はモンスターで、フェイントを挟んでくるなんて思いもしなかった。バドラクルスとの戦闘を終えて、彼以上の手合いが現れるなんて頭の片隅にも存在しなかった。
(……っ!)
俺は即座に立ち上がって魔速型で加速すると『No.1アルファ』をエンジェル・ロードの顔面へと叩き込む。
油断はない。
迎撃が飛んで来ようと回避できるように細心の注意を払いつつ、攻撃を放つ。
だが、そんな考えはすべて無駄。
ロードは抵抗することも、迎撃することもなく、ただ静かにアルファの拳を受け入れ――ガンッ! と兜とアルファが激突した。刹那、衝撃でロードの足元の地面が粉砕され、大地を大きく揺らす。
しかし、ロードは無傷だった。
俺の攻撃を完封したのち、ハエでも叩き落すかの如く、弾き落とされる。
(……なんだ、なんなんだこいつは!?)
バドラクルスよりは確実に上。
テスタロッサに匹敵するか、ともすればそれ以上にすら感じられる……怪物。
(……次元が違う)
本能的に悟った。
この化け物は文字通り次元が違う。
勝負の土俵にすら俺は立てていないのではないかと感じる。
不意に、かつてテスタロッサが告げた言葉が脳裏をよぎった。
『アタシより強い奴なんざ、世界中探しても片手で数えられる程度だろうが、その全員で掛かっても魔王には勝てねぇよ。それぐらいヤベーんだよ、魔王ってのは。ありゃ神話の領域だな』
神話――そう、神だ。
俺は今、神を目の当たりにしている。
「……ま! おい、相馬!」
「……っ」
バドラクルスの言葉で現実に引き戻される。
「おい、どうすんだ!? 正直手伝ってやりてぇが、疲れ切ってて身体が動かねぇ! ……まぁ、万全の状態でも、勝てる相手には見えねぇが」
「……」
どうする? そんなの俺が聞きたいくらいだ。
この強敵を相手にどうすればいい?
決戦騎士にも、バドラクルスにも見せなかった本気を出して勝てるかどうか。
相手はモンスターだ。
力を振るうことに躊躇いはない。
だが――そうなると今度は周りが邪魔だ。
礼司たちはモンスターの乱入を受けて距離を取っている。
だが、いくら離れているとはいえ、俺が本気を出せば半径数キロは焼け野原になるだろう。期せずして、最初に決戦騎士たちが告げた状況になっていた。
――周りが邪魔で本気が出せない。
あぁ、それはあまりにも傲岸不遜で、最低な考えだけど、事ここに至っては紛れもない事実だ。
だが、どれだけ不利な状況でも逃げる択はない。負けることもできない。勝つ、何としてでも勝たなければならない。みんなを守る為なら、この命だろうと惜しくはない。異常だと言われようと、異質だと思われようと、それが――相馬創としての想いなのだから。
下唇を噛み締めながら、俺は右手を氷で補強。
氷の義手に氷の剣を握り、息を整えてから挑もうとして――刹那、声が聞こえた。
『力が欲しいですか?』
それは優しい声だった。
どこまでもまっすぐで、誠実な優しい少女の声。
『手を貸してあげましょうか?』
続けて声が聞こえ、それと同時に世界が灰色に染まっていることに気付いた。
色だけじゃない。
逃げ惑う人々や離れている探索者。
バドラクルスやエンジェル・ロードまで……その全てがまるで時間が止まってしまったかのように、ピクリとも動かなくなっていた。
「……なんだ、これ」
完全に静止した世界の中で、しかし俺は問題なく動くことができた。
困惑しながらも、一番近くにいたバドラクルスに声をかける。
返事はない。
まるで石みたいに固くなっていた。
「これ……魔法か?」
『半分正解。より正確には魔道具の力ですね』
「貴女は……」
静止した世界に、真っ白な空間の切れ目が出現。
そこから一人の少女が現れた。
ふわりと揺れる白髪に、純白のドレス。
爽やかで自信に満ちた笑みを浮かべ、慈愛の視線を向けてくる。
細身ですらっとした体格の彼女は、胸元に手を当てながら口を開いた。
『ふふ、初めまして。私は貴方がいう所の異世界から来た、しがない魔道具使いです』
「魔道具、使い?」
『はい。ただ……申し訳ありません。細かいことを説明できる時間はないのです。この静止した世界も、そう長く持つものではありませんので。私の用件はただ一つ。この状況でも立ち上がり、戦おうとする貴方を見て、ついつい力を貸したくなりました』
「……力を?」
『えぇ、その通りです。誰かのために命をかけて戦う……なんて、英雄的で素晴らしい想いでしょうか! そんな人物に力を貸さなくて、いったいどうすると言うのでしょう!』
魔道具使いの少女はぐっと拳を握りながら語り――次にその手を広げながら、前に突き出した。
『さぁ、私の手を取ってください。貴方のような方をこんな場所で死なせるわけにはいきません。力を貸しましょう。貴方が望む、みんなを守り切れる圧倒的な力を――』
その言葉が嘘でないことは本能で分かった。
誠実に、まっすぐ見つめてくる少女へと俺は歩を進め――ようとして。
胸中から殺意が溢れ出す。
目の前の少女を殺さなければならない。
他の何を差し置いてでもこいつだけは、この女の生存は許してはならない、と。
『No.3サファイア』の魔石式機構が脈動する。
「うっ、ぐぅううっ」
『? どうしたのですか?』
この感覚はあれだ。
渋谷ダンジョンに初めて足を踏み入れた時に感じた、抗いようのない殺意。
俺は胸元を抑えるように手を当て、必死にこらえようとする。
しかし、殺意の奔流は強さを増し――次の瞬間、魔石式機構から『何か』が飛び出した。
『GRRRRRRRRRR……』
小学校低学年ぐらいの小さな体躯。
ボロボロの服と、ボロボロのマント。
一振りの短剣を握りしめたそいつは、一匹のゴブリンだった。




