ep43 作戦会議
「さてロビーの方で探索者を纏めていただいている富岡さんを除き、これで全員が揃いましたので、話し合いを始めさせていただきます」
狸原さんは現状判明していることについて話し出す。
まず『異変』の発生は今から一時間ほど前のこと。
七十階層に発生したそうだ。
通常『異変』はその階層に相応しくない魔力反応を探知して警報を鳴らす。
つまり深い階層のモンスターが浅い階層に出現した時などに、大きく警鐘を鳴らすのだ。
一方で、七十階層という深い階層なら『異変』と判断する魔力量も必然的に膨大なものになる。
これを受け、狸原さんは異世界人の侵攻である可能性があると判断したそうだ。
即座にダンジョン内の低ランク探索者に避難指示を出し、Cランク以上の探索者に集まるよう命令が出された。
そのタイミングで、俺に電話をかけたとのこと。
まだ十数名ダンジョン内を彷徨っているが、数名を除き連絡が取れているとのこと。
まぁ、全員が全員一時間で戻れる階層にいるとは限らないしな。
むしろ、五十階層や六十階層辺りだと片道数時間とかざら。
もちろん実力次第で短縮することもできるが……。
問題なのは連絡の取れない数名の方。
モンスターと戦闘中なら不思議な事ではないが……。
「心配ですね」
「はい。しかし無事を祈るほかありません。それより気にすべきなのは『異変』の進行速度です」
「……」
狸原さんの冷たい態度に引っ掛かりを覚えつつ、続く言葉に俺は彼の焦りを理解した。
「『異変』は現在、五十五階層まで登ってきております」
「早すぎる……!」
「ダンジョンの構造を調べていたのか、或いは未知の魔道具を使ったのか。方法は不明ですが、敵は渋谷ダンジョンの構造を把握しているのでしょう。そして、今から我々が向かった場合、接敵するのは三十八階層から三十五階層付近になると予想されます」
狸原さんの推測にレイジが顎に手を当てながら答える。
「そのあたりの階層って言えば……確か三十六階層に広い空間があったよな?」
「はい。敵がどのような手勢で、またどのような戦闘方法を仕掛けて来るのか分かりませんが……現状、そこで迎え撃とうと考えております」
そのタイミングで、狸原さんが俺を――より正確にはその隣に立って不安そうに尻尾を揺らすフラウを見つめているのに気が付いた。
「フラウさんは、どう思われますか?」
「わ、私か!?」
「はい、記憶が失われているとはお聞きしていますが、覚えていることもある。であれば、異世界の戦争における戦闘方法など、覚えておりませんでしょうか? 基本的に真正面から戦うことが多いとか、地形を利用するだとか」
「うーむ、あまりそういったことの記憶はないのだが……ただ、国によるとしか言えないな。剣術が強ければ正面から、魔法が強ければそれを生かせるように、他にも、それぞれ住んでいる種族等によっても得意不得意は変わる……はずだ」
「種族……そうですね。ありがとうございます。参考になりました」
種族という言葉を聞いて思い浮かぶのは、フラウの獣人、ルナリアの吸血姫、テスタロッサの竜人族。異世界にはおよそ地球に存在しない不思議種族が溢れている。
そして、それぞれに能力がある。
フラウは素の身体能力が高いし、汗には催淫効果がある。
ルナリアは身体を蝙蝠に変えることが出来るし、テスタロッサはなんちゃってドラゴンに変身できる。
「因みに狸原さん、国に応援は?」
「自衛隊の魔法部隊に応援を要請しました。しかしタイミング悪く離れた場所で訓練を行っていたらしく、到着にはまだ数時間かかるとのことです。……それでも数は限られていますし、実力もそこまで高いものではありませんが」
そりゃそうだ。
ダンジョンで戦える者は基本的に探索者になる。
自衛隊は対モンスターではなく、自衛のための対人の組織なのだ。
つまるところ……先ほどギルドロビーに集まっていたのが限りなく最大戦力に近いということ。
「現在集まっている探索者は何人ですか?」
「百五十名ほど、でしょうか」
中にはBランクもいるとはいえ、大半はCランク。
Cランクにも振れ幅があることを考えれば……字面ほど戦力は存在していないとみていいだろう。
「探せばDやEランクの中にもCやBランクに近い実力を持つ者は居るでしょう。しかし……今はその時間がありません」
焦りを帯びた彼の表情から察するに、渋谷ダンジョンが狙われていると聞いてすぐにそちらの方面で戦力増強を目指したことが窺える。
(こんなに早くなければ……)
或いは、俺がもっと早くフラウに話を聞いておけば、何かが変わったのかもしれない。そんな後悔が胸中を埋め尽くすが、今更どうしようもないのも事実。
後悔は何の意味もなく、今現在においては最も不要なものだ。
「しかし、現在この場所には日本における最高戦力が集っていると私は確信しております。皆様、どうかそのお力をお貸しください」
狸原さんの真摯な言葉は、しかし何故だろうか。
俺にはどこか空々しく聞こえるのだった。
§
それから数分ほどで方針は定まった。
まず約百五十人いる探索者を三つのグループに分割する。これはダンジョンの広さが関係している。夜叉の森ダンジョンのような、一階層当たりの面積が広い場所ならまだしも、洞窟タイプの渋谷ダンジョンで集団行動は不向きなのだ。
まぁ、分割すると言っても離れて行動する訳ではない。
あくまでも動きやすさ、情報伝達を早めるために分割しただけだ。
次に、主戦力となる俺とレイジが先頭を行き、富岡さんや、その他ベテランのBランク探索者が他の探索者をまとめる司令塔の役割を担う。
また俺を含めた司令塔にはインカムが渡され、常に狸原さんと連絡が取れる状況にした。
(普段は付けないから慣れないな……)
配信が出来ることからわかる通り、ダンジョン内は電波が届く。
だがそれでも探索中に外部と連絡を取り続ける者は少ない。
理由は単純で、そんな余裕がないのと外部からできることが限られているからだ。
究極的にダンジョン内で何が起こり、どんな状況に見舞われようと、その場にいる探索者で切り抜けるしかない。
だが今回はフラウがいる。
相手が異世界人であることを考慮すれば、彼女の知識が役立つ可能性は高い。
そんなフラウは狸原さんや宮本さんと一緒にギルドの一室にて待機となった。
戦力的には彼女の力も借りたいところだが、他の探索者に見つかれば面倒になるのは必至。
機器を通すと言語理解の魔道具が働かなくなるが、そのあたりは狸原さんが通訳に入ることになっている。
そんな諸々の準備が終わって部屋を出る時、俺は小声で狸原さんに問いかけた。
「他の探索者には、何と説明するんですか?」
言外に『これから戦争してもらうと直接言うのか?』と尋ねると、冷淡な声が返ってきた。
「説明する気はありません」
「……」
「驚かない、ということはある程度察していたようですね」
「まぁ、可能性は考慮していました」
俺の言葉に、狸原さんは顎に手を当てながら言葉を紡ぐ。
「今回、彼らには普通の『異変』として対応していただきます。モンスターの軍勢であれば誤魔化せますし、仮に異世界人が現れたとしても、実際に攻撃されれば戦ってくれる。むしろ、事前に異世界人からの侵攻――などと伝えては、敵前逃亡を選択する者もあらわれるでしょう」
それはそうだ。
人を殺せ、なんて言われて意気揚々と向かう者は少ない。
事前に伝えて戦力を削ぐより、逃げられない状況で無理やり戦わせた方がいいというのも一つの手だとは思う。
しかし。
「狸原さんは、酷い人ですね」
「優しさで世界が救えるのなら結構です。しかし現実は甘くない。もし敵がモンスターではなく『異世界人』で、戦闘の末に多くの探索者がその胸にトラウマを刻もうと、撃退できたのなら百点です。逃げ道は用意しません。……軽蔑しましたか?」
「しました。……けど、失望はしません」
「……そう言っていただけると、僅かばかり救われます」
一瞬、苦笑を浮かべた狸原さん。
けれどすぐに表情を切り替えると、いつもの緩やかな笑みを浮かべて告げた。
「それでは相馬さん。頑張ってください。仮にあなたが死ぬ結果になろうとも私はそれを無駄にしませんが、だからと言って死んで欲しいと思っている訳でもありませんので」
「分かってますよ」
言わなくていいことを、真正面から伝える狸原さん。
それが信頼の証明であることは間違いない。
(多分この人は、俺と似た考えなんだろうな)
そんなことを思いつつ、俺は部屋を後にするのだった。




