ep37 議論
「それでは、まずは彼女についてお話ししたいと思います」
全員が席に着くのを確認して、俺は立ち上がる。
これに応じて隣に腰掛けていたフラウも立ち上がり、フードを取った。
ぴょこんと露わになったケモ耳に全員の視線が集まる。
これにはさすがのフラウも緊張するのか、モフモフの尻尾が俺の足に纏わりついてきて……えぇい! くすぐったい! 可愛い! モフモフ!
俺は内心嬉しく思いつつも表情を取り繕い、努めて冷静に語り出すのだった。
「彼女の名前はフラウ・フィールド。ダンジョンの向こうに存在する異世界の住人になります」
§
それから俺はこれまで起こったことを説明する。
三船ダンジョンで初めて異世界人と遭遇したこと。魔王の存在や、地球が狙われているということ。ダンジョンが侵略のためのトンネルだということ。
そして、つい先日夜叉の森ダンジョンにて新たに魔王軍の四天王を名乗るルナリアと、その護衛である剣聖テスタロッサと邂逅し、戦闘を繰り広げたこと。
その後、偶然からフラウと出会い、記憶をなくした彼女を秘密裏に匿っていたこと。
途中何度か狸原さんに助け舟を出してもらいながらも、俺は何とか説明を終えた。
これに対し、みんなの反応は様々。
事前に事情を知っていた狸原さん、宮本さん、松本さんの三人を除き、落ち着いた様子を見せていたのはレイジ、米山さん、富岡さんの三人だった。
彼らは信じられないと言った表情を浮かべつつも、フラウという何よりの証拠を前にしたことで、一応の納得は見せていた。一回の説明で全てを理解しているあたり、俺とは頭の出来が違うのだろう。
或いは人生の経験値が違うのか。
(大人って感じだ……)
一方で、富岡さんの娘である沙耶さんは、途中で付いていけなくなったのか、背もたれに体重を預けながら舟を漕いでいた。俺も当事者でなければ同じ反応をしていたので、親近感の湧く光景である。
(子供って感じだ……)
そして最後の一人。
問題の明石さんはというと――。
「自分、ふわふわでええなぁ。ちょっと顔埋めてもええか?」
「え、いや、それは――」
「おっほぉ~、このしっぽ最高やな~! こりゃ相馬くんが味方したがるのも分かるわ~!」
テンション高めにフラウをもふもふしていた。
話も途中から聞いている様子はなかった。
興味がなかったのか、それとも飽きっぽいだけか。
個人的には後者だと予想している。
「は、創……助けてくれ」
「明石さん。フラウも嫌がってるのでその辺にしてください」
「カズサちゃんな」
「……」
「カズサちゃん、な?」
「お願いしますよ。カ、カズサちゃん……」
「やだ」
「なんでだよ!?」
恥ずかしい思いしながら呼んだのに!
嘆く俺に対し、明石さんはカラカラ笑いながらフラウから距離を取った。
「ナイスツッコミ! しゃーないから、ここらで堪忍したるわ」
そう言って、スマホでゲームを始める明石さん。
どうやらフラウをモフること自体に飽きていたらしい。
(マジで面倒臭い人だな……)
内心で溜息を吐きつつ、俺はコホンと咳払い。
「何はともあれ、現状については共有できたかと思います。そして……今回の話し合いは、ここからが本題となります」
「嫌な予感しかしないな……」
と苦笑交じりに顔を顰めるレイジに、俺は淡々と告げた。
「先日、フラウがこの世界に来る前――異世界に居た時のことを話してくれました。彼女はこちらの世界を訪れる直前で、偶然からルナリアとテスタロッサの会話を耳にしました。その内容は次にどこへ攻撃を仕掛けるかということです」
レイジ、米山さん、富岡さんの視線が鋭くなる。
「彼女が聞いた次の攻撃を仕掛けて来るダンジョン。それは――ここ、東京にある渋谷ダンジョンになります」
それから俺は、フラウから伝え聞いた内容をみんなにもお伝えする。
フラウが発した音は以下の通り。
『つぎ、ねらうの、も、このだんじょん、か』
『まさか、きょうてき、さける、のじゃ。つぎ、せめるは、さいあくのかみの、ひざもと。たしか、そうそう、しぶやだんじょん、といった、のじゃ』
これを日本語に置き換えて、おそらく不足しているであろう言葉を補うと――。
『次狙うのもこのダンジョンか?』
『まさか、強敵は避けるのじゃ。次に攻めるは最悪の神の膝元。確か、そうそう渋谷ダンジョンと言ったのじゃ』
その発言をお伝えすると――しかし驚きの声は上がらなかった。
おおよそ想像できていたのだろう。
最初に口を開いたのは丸太のような腕を組む米山さんだった。
「他国を侵略するのに首都を攻め落とすのは、理にかなっているな」
これに富岡さんが首肯を返す。
「そうですね。当初、人の少ない田舎町を攻めたというのも理解できますし、これが失敗したからこそ、さらに詳しく情報を集め、ダンジョンの一つが首都のど真ん中に直結していると判明。侵攻先を変更した、という所でしょうか?」
顎に手を当てる富岡さんに、レイジが頷きながら口を開く。
「それと『強敵を避ける』って言葉通り、相馬さんを避けたいのもあるみたいっすね。少なくとも彼は二度、単独で追い返している。情報を集めたのなら、日本最強が彼であることはすぐに判明するでしょうし、だからこそ彼が居ない渋谷ダンジョンを狙う……と」
レイジに褒められることにむず痒さを覚えるが、それと同時に違和感も覚える。俺が異世界人を二度退けたのは事実だ。ルナリアの言った『強敵』というのも俺で間違いないだろう。
(……けど、あいつらが――特にテスタロッサが俺を恐れる気がしない)
それは直感だ。
相手はたった一度、僅か数分間会話した程度の関係にすぎない。
けれど、本気で殺し合ったからこそ抱く違和感が確かにあった。
だが、これはあくまでも直感。
議論に差し込むには要素として薄い。
なんて思っていると、レイジが話を振ってきた。
「相馬さんはどう思いますか? 直接異世界人と対峙した、キミの意見を聞きたい」
その言葉に逡巡しつつ、俺は言葉を選んで口を開く。
「そうですね。基本的には皆さんのいうことと同意見です。ただ……若干一名、血の気が多い人物もいたので、俺を避けるのが絶対の理由と決めつけるのは避けた方が良いかと。それと……富岡さんの推測に関しても、違和感を覚えます」
「というと?」
先ほど彼は、三船ダンジョンを使った侵略が失敗したから、渋谷ダンジョンへと侵攻先を変更したと言った。だが異世界人と――正確にはギュスターヴと話したからこそ、それは間違いであると俺は思った。
「三船ダンジョンで初めて出会ったギュスターヴという男は『人の少ないこのダンジョンを足掛かりに侵略を行う』と言っていました。裏を返すと『人の多いダンジョン』も把握していたはずです。それに彼は、日本語を操れる程度にはこの世界に詳しく、渋谷ダンジョンがこの国の首都と直結していることを知らなかったとは思えません」
「つまり、避ける理由があった……ということでしょうか?」
「かもしれません」
「では、なぜ今になって渋谷ダンジョンを?」
「……そればかりは何とも」
彼らの思考を読むことは不可能だ。
俺とは人生の経験値が違いすぎるし、何より異なる文化圏の存在なのだから。
ただ一つ。
可能性を上げるとすれば――。
「フラウさん、『最悪の神』という言葉に聞き覚えはありますか?」
そう問いかけたのは狸原さんだった。
おそらく俺と同じ考えに至ったのだろう。
渋谷ダンジョンを選ばなかった理由、その可能性こそ――『最悪の神』。
首都を狙う理由にはならないが、狙わなかった理由にはなるかもしれない。
そう思っての問いかけだったが、フラウは彼の質問に首を横に振った。
「すまない。それに関する知識を私は持ち合わせていない。失われた記憶にあったのか、それとも元々知らない知識なのか。それすらも判別できない」
「……なるほど。分かりました」
狸原さんはしばらく考え込んだのち、手を叩いて注目を集めるとコホンと咳払い。
「正直、フラウさんの言葉が真実かどうかは分かりません。しかし、真実として動くべきだというのが私の結論になります。これに関して、異論のある方はいらっしゃいますか?」
誰も異論の声は上げない。
「ありがとうございます。では、次に戦闘に関してですが――」
以降はルナリアやテスタロッサに関する詳細な情報と、仮に出現した際の戦闘に関して高ランク探索者として話し合う。
と言ってもルナリアは彼女曰く不死身だし、テスタロッサも俺以外で相手を出来るのはレイジか、剣戟という意味では冨岡さんぐらいなものだが。
そうこうしている内に時間はすぎ――。
「では、ここからの対応は私とギルド本部、そして政府関係者と進めてまいります。皆様には、もしものことが起こった際に手を貸していただきたいのですが、構いませんか?」
当然、これを断る者はいない。
唯一反応を示さなかった明石さんも、ぼんやり窓の外を見つめているだけで拒否はしていなかった。
「皆様の協力に感謝を。それでは、本日の話し合いは一度解散とさせて下さい。今後、また用事があれば連絡いたしますので、確認していただけると幸いです」
狸原さんが締めるのと同時に、明石さんが席を立つ。欠伸を噛み殺す彼女は、そのまま俺の下に近付いてスマホを突き出した。
「相馬、連絡先交換しよーや」
「……はい。もちろん構いませんよ、カズサちゃん」
「おっ、まだ呼び続けてくれるんか。ええこやなぁ~」
そういって俺の頭を撫でてきたかと思うと、身を寄せるように肩を組んできた。彼女が立ち上がり、俺が座っている関係上、明石さんの決して小さくない胸が顔にあたっていけない気分になってしまう。
「ん~? なんやなんや? 初心な反応して……あっ、もしかして自分……童貞なんか?」
こそっと耳打ちしてくる彼女に、童貞の自分はびくっと反応。
すると彼女はカラカラと笑いながら手を離す。
「ははっ、自分ええ感じやな~。今度大阪に来ることあったら連絡しい。お姉さんがええこと、手取り足取り教えたるさかい」
ええこと、ってどんなことなんですかねぇ。
童貞、気になりますっ!
(いや、待て……これまでの経験上、俺に優しくしてくれる年上美人って確か……)
ドキドキしながら俺は彼女の左手をチェック。
「ん? どしたん? うちの手になんかついてる?」
「……いえ、何も」
「そか? んじゃ、うちはそろそろ行くから。また機会があったら喋ろな~」
そう言って、明石さんは手を振って会議室を後にした。
部屋を出る直前、レイジと米山さんに舌打ちしながら。
薄々感じてたけど、仲悪いんだね。
なんて思っていると、レイジが声を掛けてきた。
「あれには気を付けた方がいいですよ。って、一番迷惑をかけた俺が言えることじゃありませんが」
「レイジ……。あ、礼司さん……」
「……別にレイジで構いませんよ」
「なら、俺のことも相馬でいいですよ。敬語も必要ありません」
告げると、彼は一瞬驚いた様子を見せつつも、申し訳なさそうな笑みを浮かべて右手を差し出した。
「分かった。ただ、呼び捨ては申し訳ないから相馬くんって呼ぶよ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
握手を交わすと、入れ替わるように米山さんが現れた。
「俺からも謝罪させてくれ。色々と迷惑をかけた」
「はい、謝罪を受け入れます。米山さんも、これからよろしくお願いしますね」
「あぁ、ありがとう。もし何か困ったことがあれば、遠慮なく俺たちに相談して欲しい。探索者の実力という意味ではキミの方が上だが、これでも年上だ。出来るだけ助けになるよう努めるよ」
「ありがとうございます」
その後二人はフラウにも「よろしく」と声を掛けてから会議室を後にした。
「……」
ふと、視線を感じて振り返ると、沙耶さんが俺を睨んでいた。
声を掛けようとすると、不快そうに顔を背けて会議室を後にしようとする。が、そんな彼女の肩を富岡さんが掴む。
「沙耶、相馬くんにサインを貰わなくていいのかい?」
「はっ!? な、なに、言って……っ!」
「今日会えるって楽しみにしていただろう? フラウさんのことは誤解だと分かったのだし、改めて頼めば……」
「う、うるさい! うるさいうるさい! ばーか! ばかぁ!」
子供みたいな暴言を並べて、沙耶さんは走り去ってしまう。
「すみません相馬さん。忙しない娘で……できれば余り嫌わないでやってください」
「それは、まぁ……大丈夫ですけど」
「よかった。……フラウさんも、色々と御不快な思いをかけてしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、私も大丈夫だ」
「ありがとうございます。それでは、私もこれで……」
ぺこりと頭を下げて、富岡さんも同所を後にする。
正直、何故に沙耶さんがこの場に居たのかは分からなかったが、一つ新発見したことと言えば、どうやら富岡さんは親ばかということらしい。
(さっきの言葉からして、沙耶さんは俺のファンっぽいけど、まさかその為だけに? ……さすがにそれはないと信じたいが、果たして)
考え事をしている内に残されたのは、俺とフラウ、松本さん、狸原さん、宮本さんの五人となった。
「それじゃあ俺たちも――」
と狸原さんたちに挨拶しようとして、その前に彼の方から歩み寄ってきた。
「相馬さん、少しいいですか?」
「はい、何でしょう?」
彼は指で窓際を指し示す。
どうやら他の面子には聞かせたくないらしい。
「今回の一件、お伝えいただきありがとうございました。また、私の不要な発言で貴方に入らぬ心労をお掛けしたこと、お詫びします」
不要な発言、とは異世界人を捕まえたら拷問する云々のことだろう。
そのせいで俺はフラウを誰にも伝えることなく匿っていた。
「いえ、狸原さんの立場からすれば当然でしょう」
「気を使っていただきありがとうございます。相馬さんにお伝えしたいのは、今後のフラウさんに関してです。まず、いずれ彼女は研究機関に来てもらいます。もちろん危害を加えることはありませんし、相馬さんも同行していただいて構いません」
「いずれ、というのは?」
「今は侵略に対抗する準備が優先されます。彼女に関してはその後、余裕が生まれたらという形になりますね」
優先順位としては妥当なところだ。
「ですが、今回狸原さんしか同席しておりませんでしたが、よかったのですか? 先ほどギルド本部や政府関係者と仰っていましたが、フラウを直接見せなくても信じて頂けるのでしょうか?」
「それに関しては問題ありません」
そう言って、彼は部屋の隅へと視線を向ける。
一見して何もないように見えるが……いや、僅かに光が反射した。
「……隠しカメラ?」
「はい。この部屋での出来事は、全てしかるべき人たちの下へと届けられております」
「それはまた……」
随分と用意周到なことで。
しかるべき人たち、というのは万が一にも殺されてはならない人たちのことなのだろう。狸原さんは自分が死んでも、それでフラウが敵と分かればそれでいいと言っていたが、もちろんそうじゃない人もいる。死による損失が大きすぎる人のことだ。
(個人的には狸原さんの頭脳も、到底失っていいものとは思えないけどな)
「何はともあれ、フラウさんに関して特に何かするということはないとだけお伝えしておきます」
「分かりました。……あぁ、そうだ。フラウのことなんですけど、実は彼女が今付けている言語理解の魔道具、知り合いの借り物でして……探索者ギルドが保有しているものがあれば、貸していただけませんか?」
「そんな事でしたら、構いませんよ。すぐに動かせるものがありますので、近日中に相馬さん宅へ発送させていただきますね」
「ありがとうございます。それじゃ、改めて俺たちはこれで……」
「はい。お気をつけて、お帰り下さい」
笑みを浮かべて俺たちを見送る狸原さんに、俺は振り返って――。
「侵略への対応、できるだけ急いでくださいね」
「……わかりました」
そうして俺たちは会議室を後にした。
§
そんな会議から二日が経過した日の夕方。
三船町のある神社の鳥居の前にて。
ぼんやり夕焼けの空を眺めていると、前方から目的の女子が近付いて来るのに気が付いた。
浴衣に身を包み、僅かに額に汗をかく彼女は、俺を見つけると嬉しそうに笑みを浮かべ、カラカラと下駄を鳴らしながら駆け寄る。
「はぁ……はぁ……っ。悪い、待たせたか?」
「いや、俺も今来たところだよ。委員長」
本日は夏祭り。
以前より約束していた委員長とのお出かけ当日である。




