ep34 対話
笑みを浮かべる富岡さんに注視していると、彼の隣に立っていた少女が口を開いた。
「まさか、本当にモンスターを連れているとはねぇ。……いや、そこのおっさんの言葉が正しいなら、異世界人だったっけ?」
年の頃は俺と変わらない。
高校生ぐらいだろう。
茶髪をおさげ髪を片から前に垂らした彼女は、丸眼鏡の奥から鋭い視線を向けていた。
俺はちらりと彼女を見やり、直ぐに問題ないと判断。
(明らかに剣術を齧ってる立ち方だけど、あの程度なら問題ない。実力的には白木たちよりも下。仮に襲われたとしても、殺すことなく鎮圧できる)
と、思考を巡らせていると、ふとフラウに服の裾を掴まれた。
見ると、口を横一文字に引き絞り、緊張の面持ちを見せている。
当然だろう。
おじい様や松本さん、七規に霜月さんと、これまで彼女の正体を伝えた面々は、最初こそ驚いたものの、直ぐに彼女の存在を受け入れていた。にこやかに迎え、新しいご近所さん、ぐらいの感覚で接していた。
――ここまでまっすぐな敵意を向けられるのは、初めてのことだ。
(まぁ、違和感があるとすれば、あの女の子だけその敵意が俺に向けられてることだけど)
「富岡さん、そちらの彼女は?」
「おっと失礼を。こちらは私の娘にして一番弟子の富岡沙耶と言います。まだ未熟者ですが、既にBランク相当の実力は有しておりますよ」
「……そうですか」
その言葉に疑問を抱く。はっきり言ってBランク相当の実力者という風には感じないからだ。だがしかし、富岡さんが娘だからという理由で目を曇らせる程度の人間とも思えないので、もしかしたら彼には理解できて俺には理解できない何かがあるのかもしれないが。
「さて、それではこちらの紹介は終わりましたので、そちらの彼女――フラウ・フィールドでしたか? について教えて頂きたく存じます」
ちらりとフラウに視線を向けると、彼女は小さく首肯を返してからおずおずと口を開いた。
「は、初めまして。私はフラウ・フィールド。と言っても、これに関しては適した名前か判断はつかない。既に創から聞いていると思うが、私は魔法の過剰使用により一部の記憶を喪失している」
「……ふむ。やはり偽物とは思えない……宮本、そちらから見てどうだ?」
「本物だと思います。特殊メイクの類ではありません」
「当然だ。何なら尻尾に触れてみるか?」
もふもふとした尻尾を宮本さんに近づけるフラウ。
彼女は一瞬『触ってみたい……』と言いたげな表情を見せるが、コホンと咳払い一つ入れてから首を横振った。
「いえ、大丈夫です」
そんなやり取りを横目に、俺は狸原さんに問いかける。
「ここ一週間ほど、彼女とは生活を共にしていましたが、間違いなく異世界の人間で――そして記憶を失っています」
「私としても相馬さんの話は信じたいし、信頼しているつもりです。が、しかし、貴方はまだ子供だ。本当に記憶を失っているのか、今からいくつか質問を投げかけるので、お答えください」
そうして始まる狸原さんからフラウへの質問――否、それは尋問だった。
異世界について知りえる情報、フラウの様な獣人の存在、向こうの世界の地理、国の名称、特徴、知っている人間の名前や、果てには向こうの世界で一番好きだった食べ物など。必要そうなことから無駄なことまで淡々と問いかける。
これに対しフラウも時に応え、時に記憶にないと否定。
一通りの問答は十分ほどで終了し、狸原さんは小さく息を吐く。
「なるほど。記憶の一部を失っているというのは本当かもしれませんね。いくつかカマを掛けさせていただきましたが、どれも引っかかることなく、一貫して知らない、知っていると答えていらっしゃいました」
その言葉に俺は閉口。
正直、今の質問の流れからどれがカマかけだったのか、俺は判断できなかった。宮本さんや松本さん、富岡さん――は、表情が読めないが、彼の娘の沙耶さんはぽかんとした表情を浮かべている。
経験の差、頭の回転の速さの差。
あらゆる差があるのだろうけど、少なくとも彼の言葉や行動、意図を正確に読み解こうと思えば、おじい様ぐらいじゃないとできないのではなかろうか。
(ほんと、怖いなこの人は……)
しかし気後れしている暇もない。
「それでは、信じて頂けましたか?」
「……いえ、それとこれとは別の話です」
「何で――!」
「理由は単純に、フラウさんの頭の回転が良いだけという可能性があります。彼女を完全に信用するためには、それこそ先日相馬さんにお話ししたような行動を起こさねば不可能です」
松本さんや富岡さん親子の前なので言葉こそ濁したが、彼が言いたいのは『薬物を使った拷問』のことだろう。
否、薬だけではないかもしれない。彼なら物理的にも、極限までフラウを拷問して見せるはずだ。
特に、現代医学をもってすれば、死なない程度の苦痛を与え続けることは造作もないだろう。
そうして、頭の中身を曝け出させてようやく、彼はフラウを信用する。
「俺はそんなことは絶対にさせませんよ。もし、フラウに手を出したら――」
軽くすごんで見せた瞬間、富岡さんが僅かに反応を見せるが刀を抜くには至らない。対し、彼の娘である沙耶さんは丸眼鏡の奥の瞳を大きく見開くと、抜刀。警戒心丸出しの様子で俺を睨み付ける。
ふぅ、ふぅと肩で息をする彼女に対し、何の力も持たない狸原さんは――しかし一切気にした様子も見せずに苦笑を浮かべて見せた。
「それは早とちりですよ、相馬さん」
「……え?」
「私は、彼女のことを信用できないと言いました。しかし、それは相馬さんを信用しない理由にはなりません。先程の尋問を考慮すれば、相馬さんからの報告が真実なのは明白。そして――日本最強の貴方が彼女を信じ、常に傍で見張るというのであれば、私は貴方の言葉を信じましょう」
「……えっと、つまり?」
「フラウ・フィールドさん。彼女の身の安全は探索者ギルドが保証しましょう。もちろん、相馬さんが彼女を信じ続けている限り、の話ではありますが」
その言葉を受け、俺とフラウは一度目配せ。
互いに頷くと、敵意を収める。
「分かりました。では、さっそく話し合いの場を設けて頂けますか? 先日お話しした通り、事態は一刻を争いますので」
「畏まりました。宮本、上の会議室を一つ抑えてこい。それと、一部Aランク探索者に対し緊急の連絡を」
命令を受けた宮本さんは、俺たちに一礼した後部屋を後にする。
残されたのは若干疲れた様子のフラウと、彼女を支える松本さん。ガラスを隔てた先で平然とする狸原さんと、うっすらと笑みを浮かべる富岡さん。そして――腰が抜けたのか尻餅を着いた状態で俺を睨み付ける沙耶さんだった。
そうこうしていると、モーター音が聞こえて来て、俺たちを隔てていた強化ガラスが床へと下がっていく。
「よろしいのですか?」
「これから話し合いをするのに必要ありませんので。第一、そもそも私は彼女のことをそこまで警戒しておりませんでした」
「……え?」
狸原さんの言葉に、俺とフラウ、松本さんと沙耶さんが疑問符を浮かべる。
というか沙耶さんよ、何故キミもこちら側なんだ。全く話について来れていないじゃないか。
そんな俺の思考を他所に、狸原さんは淡々と続ける。
「彼女が室内に入ってきた段階で、富岡さんからそこまで実力が高くない――いえ、より正確にはBランク相当程度の実力しかないと聞かされ、記憶喪失も本当だろうなぁと思っておりました」
「なんで……」
「なんで、とおっしゃられましても……。これまで攻めてきた異世界人は、Sランク探索者である相馬さんに大怪我を負わせたり、或いは拮抗以上の実力を有していた。にも拘らず、この場面でBランク程度の実力者を送る理由がありません。偶発的に巻き込まれた異世界の一般人である可能性が一番高いと、私は判断しました。それに……」
狸原さんは一切表情を変えることなく続けた。
「仮にこの場で襲われ、殺されたとしたら、その場で彼女が敵だと判明します。私の命程度で、内側に入り込もうとした外敵を炙り出せたのなら、これ以上に幸運なことはありません」
「……」
その言葉に、俺は閉口。
本当にこの人は……。
「怖い人ですね」
「ははっ、誉め言葉として受け取っておきますよ。それでは、我々も上へ参りましょう」
にこやかな笑みを浮かべて出口へ向かう狸原さん。
事ここに至るまで、常に身体の後ろで手を組み続けていた彼の姿を思い出し、本当に一切警戒せず、殺されても構わないと思っていたのだと理解し、俺は全身脱力させるのだった。




