ep33 再び東京へ!
西木先輩と別れた俺は、すぐに自宅に戻って東京へ向かう準備を行う。その後、帰ってきた両親に本日の出来事を伝え、夜になると――予定通り狸原さんの手配した車がやってきた。
夜中の内に三船町を出発した俺たちは車内で眠り……翌朝、無事に東京へと到着する。ふかふかな車内構造により、特段疲れたということもない。
「す、すごい! すごいぞこの街は! シーフォース王国の首都ですら、こんなに大きな建物は存在しないぞ!」
変装しながらホテルにチェックインし、部屋に到着するや否や、目を輝かせながら尻尾をぶんぶんと振るフラウ。そんな彼女に対し、苦笑交じりに声を掛けたのは、東京遠征に付き合ってくれた保護者――松本さんだった。
「こら、暴れない。ベッドに飛び込まない。少し休憩したらギルド本部に行くから早く準備してね」
「わ、分かった」
松本さんが選ばれたのは単純に彼女が『探索者ギルド』の職員だから。要は上からの命令という奴だった。正直、断ろうと思えば断れる類の仕事だったらしいのだが、内容を把握して二つ返事で了承したのだとか。
「それにしても、相馬くんがこんな隠し事をしてたなんてねぇ~。悲しいわぁ~」
「うぐっ、そ、それに関しては申し訳なく思っています……」
「ほんとに~?」
「本当ですよ。ただ、どうしても松本さんには迷惑を掛けたくなくて……」
フラウのことを松本さんに伝えていなかった旨は、既に狸原さんに説明している。それだけでこちらの思考を読み取ったのか、彼は「彼女を処罰するようなことは無いのでご安心ください」と言っていた。
俺としてはその読みの鋭さに戦々恐々。
とても安心できるものではない。
「相馬くんは、余計なこと気にしなくていいの。それに、迷惑かけられるより相馬くんに頼ってもらえないことの方が、私としては悲しいのよ」
「……分かりました」
「まぁ、私は割と馬鹿な部類だし、頼りにならないかもしれないけどね。その点、水瀬さんのところのお爺さんや、それこそ友部さんに相談すればより良い結果を導き出せるのでしょうけど……。そう言えば友部さん寂しがってたわよ? 最近勉強会が無いって」
「すみません、色々あったので……。た、ただ勉強は続けているのでご安心を」
「それは今度会った時に直接伝えてあげて」
「はいっ」
そんな風に話していると、視界の隅でフラウが何かを飲んでいるのに気が付いた。
「フラウ、何飲んでるんだ? ――っていうか、そんなの買ってたっけ?」
「んむぁ? ぁあ、これはそこの『れーぞーこ』に入ってたんだぁ」
そう言って彼女が持ち上げたのは俺には馴染みのない缶飲料。ラベリングされている内容は『これはお酒です』の注釈。
「ちょ、それお酒だから! 早く置いて! 飲んだのは……三分の一ぐらい?」
お酒を取り上げ、ちょっとだけほわほわした雰囲気のフラウを松本さんに預けてから冷蔵庫の中を確認。そこにはお酒の他にも並んだ飲料水の数々が収められていた。
(あぁ……冷蔵庫販売してるタイプのホテルだったのね)
割高なのは気になるけど、俺からすれば問題はない。
俺は適当に天然水のペットボトルを手に取ると、フラウに投げて渡した。
「とにかくそれ飲んで落ち着け。この後ギルドに行くっていうのに、酔っぱらって貰っちゃ困るからな」
「な、なにおう? わ、わたしはよってぇない!」
「それは無理があるって……」
むしろこんな少量でよく酔っぱらえたものだ。
もしかして獣人は酒に弱いとかあるのかもしれない。
……今思うとフラウって一応未成年、だよな?
ま、まぁ異世界人だし問題ないか。
「こ、こらフラウさん! 匂いをかがないで!」
「ん~? マツモトいい匂いするから好きだぁ~。シモツキもいい匂いした。でも一番好きなのは創の匂いだなぁ~」
そんなことを言いながらフラウは俺に近付き、力づくにベッドに押し倒される。
「へ?」
困惑するこちらを無視し、彼女は俺の首筋に鼻先を近付けスンスン。尻尾はぶんぶん。
「あはっ♡ 汗くっさぁ♡ 今夜も一緒に寝ような、創♡」
「ちょっ!? い、いいいい、一緒に寝るってどういう事!? 相馬くん!? 七規ちゃんという物がありながら……お姉さん、ちょっとお話があるんだけど!?」
「ち、違うんですよ松本さん! フラウも早く弁明を……って、寝てる!?」
気付けば俺の上ですやすや寝息を立てるフラウ。
ふかふかふわふわなフラウの掛け布団は何とも心地いい物だと思うと同時に、二度とフラウに酒は飲ませないと確固たる決意を胸に抱くのだった。
§
眠気眼を擦るフラウを連れて探索者ギルド本部に向かうと、俺たちを出迎えたのは狸原さんの秘書の宮本さんだった。話によると未婚女性。これまで年上の女性は大体結婚済みか彼氏持ちだったので初めて知った時は驚いたものだ。
とか何とか思いつつ、案内されたのは一機のエレベーター。
これで地下まで向かうのだとか。
その道中、不意に宮本さんが口を開いた。
「っと、それで相馬さん。そちらの彼女が?」
「えぇ、異世界人のフラウです」
俺の言葉に応じて、フラウがその身を隠すために羽織っていた薄手の黒いパーカーを脱ぐ。するとピコンッと露わになる狐耳が非常に可愛らしかった。そのラブリーさに松本さんも目を奪われている。
一方で――。
「……よろしくお願いします。宮本と申します」
「フラウだ、よろしく」
一瞬、宮本さんから警戒の色が覗いたのを、俺は見逃さなかった。フラウは気付かない。松本さんも気付いた様子はない。だが、間違いはない。
(いつもダンジョンでもモンスター相手に戦ってるからかな。そういうのには敏感な方なんだよね~)
それとなく視線を巡らせると、隠しカメラを発見。
なるほど、実際に会う前に姿かたちを確認しておくつもりか。
――いや、そもそも実際に会うつもりがあるのか。
(まぁ、どちらにせよ問題は無いけど)
最悪に最悪を想定し、俺は臨戦態勢を整える。
もちろん、それと悟られるようなそぶりは見せないが。
やがてエレベーターが地下に到着し、開かれるとまっすぐのびる一本の廊下がお目見えした。廊下の両側には扉がいくつか点在し――宮本さんはそのうちの一つを開いて中へと案内する。
するとそこは、四方をガラスで囲まれた一室だった。
軽く触れてみた所、強化ガラス。
(気休めだな)
と思うのと同時に、同じ言葉がガラスの向こう側から飛んで来た。
「気休めですよ。ただ、それぐらいはないと、流石に安心してお話しすることが難しいもので」
そう口にしたのは、俺たちをここに呼んだ張本人、狸原さんだった。
続いて、彼の後方より二つのシルエットが近付いてきて――部屋の電気に照らされて浮かび上がったその顔に、俺は僅かに目を見開いた。
一人は見覚えがあり、もう一人は知らない。
ただ、見覚えのある方が問題だった。
何しろ彼は――。
「よもや、相馬さんとこのような形で相見えるとは。これが数奇な運命とならないことを、心から願いますよ。私にとっても、そして貴方にとっても」
そう語ったのは、左目を失った隻眼の男。年のころは四十代半ばで、ヨレヨレのスーツに身を包んだ彼は、しかし猛禽類の如き鋭い視線を向けながら、腰に差した一本の刀の柄に手を乗せている。
(もし、全てを理解して彼を連れて来たのなら、本当に狸原さんは優秀な人だ)
だからこそ、敵にはしたくない。
「もちろん、こちらにそんな気はありませんよ。貴方のことは一探索者として尊敬していますし、何なら話し合いが終わり次第サインが欲しいくらいです。富岡さん」
本音を織り交ぜつつ告げた俺の言葉に、対面の男――Aランク探索者の富岡久信は、一切警戒を解くことなく、にこやかな笑みを返すのだった。




