異世界人たちの対談
ダンジョンを超えた更に向こうにある国。
シーフォース王国。
その王都の一等地に位置する高級ホテルの一室にて、騎士の制服に身を包んだ男が苛たたし気にテーブルを指で叩いていた。
「遅い」
「サドラ副団長、うるさいッス」
「……すまないクァン」
「分かってくれればそれでいいッスよ。苛立つ気持ちも分かるッスし」
大きくため息を零しながら背もたれに体重を預けるエルフの女――クァンの言葉を受けて、サドラは苛立ちを引っ込める。
(そうだ。苛立っているのは自分だけではない。ここに集められた全員が同様の気持ちを抱いている)
現在室内にはサドラ、クァンの他に二人の姿があった。
一人はケモノ耳をぴくぴくと揺らしながらテーブルに突っ伏す半獣の少女、フィカティリア。もう一人は部屋の隅っこでスカートを揺らしながら落ち着かない様子で立ち尽くす桃色の髪の人物、ヤトラである。
サドラを筆頭に、全員が同じ騎士の制服に身を包んでいる。
それもそのはず、彼らはシーフォース王国が誇る最強の騎士団なのだから。
こうして彼らが集められたのは一通の手紙に呼び出されたから。だというのに、当の本人が時間になっても現れないから、全員が苛立っていた。
これが親しい間柄の友人からの手紙なら、ここに来る途中で何かあったのかと心配するかもしれないが――。
(相手があの『剣聖』となれば話は別だ)
サドラは小さく息を吐くと、ケモノ耳の少女――フィカティリアに視線を向ける。
「フィカティリア。あの手紙は剣聖テスタロッサ・フィリアの物で間違いなかったのだな?」
確かめるように問うと、彼女は面倒くさそうに顔を上げ、着崩した制服を整えることもなく首肯を返す。
「それは間違いないのだ。手紙からドラゴンの臭いがしたのだ。くっせぇくっせぇ竜人の臭いが」
おえっ、とフィカティリアは鼻をつまみながら答える。
獣人とは異なり、ケモノ耳が生えているだけの半獣である彼女は、嗅覚が優れている。そんな彼女が本物だというのなら手紙がなりすましだったという可能性もないと見て問題ない。
「それにしても遅いな。もう二時間は過ぎているぞ」
「もうそろそろ帰りたいッスねぇ~」
「それもいいかもしれないな」
サドラとクァンの言葉にフィカティリアも無言ながらも同意見の様子。これを受けて慌てた様子で声を上げたのは、これまで沈黙を貫いていたヤトラだった。
「ちょ、ちょっとちょっと! それはマズいよ! 相手はあの魔王の部下のテスタロッサだよ? そりゃボクも帰りたい気持ちもあるけど、でも、そんなことしたら王国が……!」
「分かっている。今のはただの冗談だ。確かに、我ら全員で挑めばテスタロッサを討伐できる……かもしれないが、その余波で王都は壊滅する。それに、魔王と敵対するなどという愚かな選択肢は存在しない。……団長が、命を懸けて守り抜いた大切な国だ」
「サドラ副団長……」
全員の脳裏に浮かぶのは、魔王との戦闘で命を落とした騎士団長の姿。かつて『戦神』と恐れられ、人類最強の名をほしいままにした彼は、しかし魔王を相手に一時間と持つことなく敗北した。
(俺たちを置いて行ったという事は、団長自身負けると分かっていたのだろう)
騎士団長は魔王に一対一で勝負を挑み、敗北した。
その後、魔王は単身で挑んだその気概を買って『完全に服従するのであればシーフォース王国を滅ぼすことはしない』と提案してきたのだ。
王国最高戦力を失ったサドラたちに、選択の余地はなかった。
そんな昔のことを懐かしんでいると、フィカティリアが顔を上げる。
「来た」
それと同時に姿を現したのは、褐色の肌に銀髪、軍服を身に纏った竜人の女だった。
「よぉ、久しぶりだなァ?」
「テスタロッサ! それに……っ、吸血姫ルナリアだと!?」
「愚かな人間め、頭が高いのじゃ。首ちょん切るぞ?」
真っ白な衣装に薄青の髪の女の言葉に、俺たちは閉口。
世界でも頭一つ二つ抜きんでた、化け物中の化け物が二人……。
(団長が存命であったのならまだしも……我々だけでこの二人を相手にするのは不可能)
それほどまでに吸血姫と剣聖の名は世界に轟いている。
サドラは殺気立つ仲間を手で制し、二人を椅子に案内した。
すると、その後方にもう一人、首に鉄枷をはめられた上半身裸の青年が立っているのに気が付いた。
「そっちは――」
と、視線を向けた瞬間、サドラは息を飲む。
朝焼けた肌に小麦色の髪。
露出した上半身には夥しい傷跡が刻まれ、その視線とたたずまいからは歴戦の戦士特有の、抜き身の殺気が溢れ出していた。
(強いな)
感嘆するサドラを見つめ、答えたのはテスタロッサだった。
「こいつの名前はバドラクルス・エルデカイデン。聞いたことぐらいはあるんじゃねェか? 剣舞国家ヴィクターの『決闘場』。その絶対王者である『決闘王』の噂ぐらいはよォ」
「この青年が決闘王だと!?」
王族が全て殺され、既に滅んだ剣舞国家ヴィクター。
そこで今尚活動している決闘場が『ヴァニカンドロス』。
世界で最も死に近いそこでは、『決闘士』と呼ばれる戦士たちが命を賭した殺し合いを行い、観客はその試合を見るために大金を払う。
決闘場自体は様々な国に存在するが、ヴァニカンドロスは世界で最もイカれた場所であり、地元じゃ負けなしだった者が一日と持たずに死んだなんて話もごろごろ転がっている。
そんなヴァニカンドロスで三年以上生き残り、そして今日に至るまで無敗を誇る最強の戦士『決闘王』がいるのは、俗世に疎いサドラでも耳にしたことがあった。
(それがまさか、これほどまでに若いとは)
「道理でただならぬ雰囲気を感じる訳だ」
サドラの言葉に『決闘王』バドラクルスが口を開く。
「おっさんも強そうじゃねぇか~。今度一発殺し合おうぜ~?」
「いや、遠慮しておこう。無駄な殺生は好まん」
「そうかい。まぁ俺も同意見だな~。好き好んで人を殺したい奴なんてのはクソだ」
へらへら笑う彼からは、一切敵意が感じられない。
まるで酔っ払いのような気さくさである。
毒気が抜かれたサドラはコホンと咳払いしてから、テスタロッサへと視線を向けた。
「それで剣聖と吸血姫よ。彼を連れ、そして我々を呼び出して何の用だ? よもや彼が口にした通り、殺し合いをさせる為か?」
「はんっ、アタシ個人としちゃあそれも面白そうだが……今回は違う」
「汝らには魔王軍として命令を伝えに来たのじゃ」
ルナリアの言葉に、室内に緊張の糸が張り詰められる。
(……まさか)
サドラは、かつて一人『魔王軍からの命令』を受けた男を知っていた。
ダンジョンとモンスターに関する研究者だった彼は、最愛の娘を人質に取られ、兵士として選別された『亜獣の国』のモンスターたちを率いて、魔王の次なる侵略地――ダンジョンの向こう側へと進軍した。
そして、帰ってこなかった。
(今度は、俺たちか……っ!)
サドラの嫌な予感が、ルナリアの笑みによって肯定される。
「汝ら、シーフォース王国『決戦騎士団』と『決闘王』バドラクルス・エルデカイデンに命じる。『天の信徒』と協力し、ダンジョンの向こうにある地――日本の首都、東京を攻め滅ぼすのじゃ。躊躇する必要はない、武器を持つ者持たぬ者、分け隔てなく皆殺しにするのじゃ」
「……っ、兵士が相手ならまだしも、我々騎士に無辜の民の殺害を命じるかッ!」
「さもなくば、シーフォース王国は地図から消え失せるのじゃ」
「……ッ、このゲスがッ!」
「安ずるのじゃ。成功失敗に関わらず、汝らが動けばしばらくは、シーフォース王国に手を出さないと魔王は言っておる」
「……くそがッ!」
苛立ちを発散するようにテーブルを殴りつけるサドラ。瞬間、分厚い木のテーブルが真っ二つに割れて、埃が宙を舞う。
すると埃を鬱陶しそうに手で払いながらバドラクルスが口を開いた。
「あー、それ俺にとって何の得もないんだけど……辞退していい? シーフォース王国とかどうでもいいし」
「貴様――ッ!」
「まぁ、そう言うと思ったのじゃ。安心するのじゃ。汝の場合、汝が心底大切に守ってきた幼馴染みの決闘士を皆殺しにするだけなのじゃ」
「……おいおい、俺から奪っていいのは恋心と童貞だけだぜ? なのにアイツらの命を奪おうなんざ到底許容できねぇなぁ。お前を殺して、アイツら回収しに向かった方が良い気がしてきたぜ。幸い、ここには手伝ってくれそうな騎士が四人もいるみたいだし」
サドラを横目に見つめながらバドラクルスは語る。
しかし、ルナリアとテスタロッサは特に気にした様子もない。
「汝らが五人相手となると、流石に骨が折れるのじゃ。しかし、妾をどうこうしようと意味はない。粛清を実行するのは魔王本人なのじゃから」
これにはバドラクルスも閉口する。
ルナリアが相手でもいい。
テスタロッサが相手でもいい。
勝てるかは分からないが、可能性がないこともない。
だが、魔王だけは無理だ。
あれは間違いなく、世界最強の生命体なのだから。
否、同じ生命体と呼ぶことすらおこがましい存在だ。
「拒否権はないようだな」
「……みたいだな」
そう言って殺気を収めるサドラに、バドラクルスも構えを解く。
彼の言う通り、拒否権はないと理解したから。
そんな彼らの動きをルナリアは睥睨してから、踵を返して歩きだす。
「それでは作戦を伝えるから場所を移すのじゃ。心配せずとも、妾は勝てぬ戦はせぬ。かつて、あの愚かなギュスターヴが失敗した原因も判明している」
「ほう?」
「あの地には、一対一でテスタロッサと渡り合う者がいるのじゃ。それも、妾たちに手心を加えた状態でな」
「……なるほどな。それで、そいつの名前は?」
サドラに問いかけに、ルナリアは立ち止まって顔だけ振り返ると、笑みを深くしながら答えた。
「相馬創。……それが今回の作戦で、汝ら『決戦騎士団』に討伐してもらいたい化け物の名前なのじゃ」
サドラは口の中で『ソウマハジメ』と呟き、腰に携えた剣に手を乗せる。
そこにはドラゴンを剣で貫いたような文様が刻まれていた。
『決戦騎士団』の印だ。
「了解した。化け物退治は俺たちの専売特許。……吸血姫が化け物と称するそいつを『決戦騎士団』の名に懸けて討伐しよう」
「いい意気込みなのじゃ」
そうして、彼らは動き出す。




