ep32 築かれる交友関係
狸原さんからの返事は「一度直接会って話がしたい」というものだった。おじい様にもお伝えした結果「避けることは止めた方がよいでしょうな」とのご助言をいただいたので、早速明日東京へと向かうこととなった。
「それじゃあ、準備もありますので俺たちはこれで」
「相馬さん、分かっているとは思いますが……お気をつけて」
おじい様の助言に首肯を返し、俺たちは一度家に帰ることにした。
行きとは違い、帰りはおじい様の部下の人が車で送ってくれることになった。暑いというのもあるが、何より問題なのはフラウの存在だ。
幸い、行きは誰にも見られなかったが、帰りもそうだとは限らないとのこと。
そうして実家に帰ってくると、明日の準備を始め――ふと気付く。
「着替え、向こうの家に忘れて来たな」
向こうの家とは俺が一人暮らししていた家である。
泥棒の侵入により滅茶苦茶になった家に関しては、これまたおじい様の部下の人が掃除しておいてくれるとのこと。帰れるようになるまでもう少し時間が掛かるそうだが、それはそれとして着替えや財布、学校の制服やカバンなど、色々とそのまま放置してきてしまった。
「すまんフラウ。ちょっと前の家に着替えとか取りに行ってくる。フラウも持って来て欲しい物とかあるか?」
「ふむ……それなら私が寝間着に使っていた服を頼む。あれが一番涼やかで寝やすかった」
「分かった。んじゃ、ちょっくら行ってくるよ」
フラウに手を振り、俺は家を出発した。
§
二日ぶりとなる我が家は、相も変わらず中が散乱していた。おじい様の部下の人たちが片付けてくれるそうだけど、まだ掃除は始まっていないらしい。
俺はさっさと必要な物をカバンに詰め込み、忘れ物がないか確認。立ち上がると実家に帰ろうとして――ピンポーンとインターホンが鳴った。
誰だろう、と若干警戒しながら覗き穴から外を確認し、見慣れた金髪幼女を発見してすぐさまドアを開けた。
「おはよ、相馬」
「シャルロッテさん。おはようございます。何か御用ですか?」
「うん。今時間大丈夫?」
余裕があるという訳ではないけれど、迎えの車が来るのは今夜だ。準備もそこまで時間が掛からないだろうし、少しぐらいなら大丈夫だろう。
「問題ありませんよ」
「そ。それなら、うちに来て」
「シャルロッテさんの家に?」
「うん、お母さんが呼んでる。相馬の義手がもうすぐ完成しそうだから、少しだけ試したいって」
義手と聞いて、心臓が跳ねる。
俺は現在彼女の母親であるクラウディアさんに戦闘用の義手を製作してもらっている。ここ最近では左手のない戦闘にも慣れてきたが、それでもやはりあれば色々と楽になる。
加えて、クラウディアさんはかつて俺が愛用していた銃、上下二連式魔石銃『No.3サファイア』の作成者でもあるクリストフ・シュヴァルツコップ氏の孫娘。そんな彼女が作る義手となれば、それはもうドキがムネムネして止まらない。
「わ、分かりました! すぐに行きます!」
そんな訳で、俺は荷物を抱えたままシャルロッテさんの後を追って、道を挟んだすぐ隣の家へと向かう。
「そういえば昨日の夕方にも呼びに行ったのに居なかったけど……ダンジョン配信ってそんなに時間かかったの?」
「あー、すみません。配信自体はすぐに終わったんですけど、その後色々ありまして……実は現在、実家の方に身を寄せてるんですよ。なので、俺に用がある時はスマホに連絡してくれたらと」
「ん、分かった」
今後の連絡手段について話し合っているとシャルロッテさんの家に到着。すっかり日本での生活にも慣れた様子の彼女は靴を脱いで上がり框を跨いだ。
「ただいまー。お母さん、相馬連れてきたー」
トテトテとリビングに歩いて行く彼女の後を追って部屋に入ると、そこは何とも奇妙な部屋になっていた。半分はダイニングテーブルや食器、テレビなど、いたって平凡なリビングの様相なのだが、もう半分には何に使うのかも理解できない専門道具のような物が散乱していた。
クラウディアさんは、そんな散らばる室内の中心にて、大きな木製のテーブルの上に乗せた黒い巨大な塊の前で何か作業を行っていた。
彼女はシャルロッテさんの声に気付き、手にしていた道具類を置くと、いたる所を黒く汚した笑顔で振り返る。
「Hallo! Hajime Souma!」
ネイティブな発音を耳にして、俺は彼女の言語理解の魔道具を借りていることを思い出した。魔道具は現在進行形で、我が家のもふもふの首に装着されている。
「シャルロッテさん、すみません。言葉が……」
言うとすぐに察した彼女が、自分の首に装着されていた魔道具を手渡してくれた。
なんだこの十歳。
気が利き過ぎてないか?
しかもクラウディアさんに渡すのではなく俺に渡すことで、三人で円滑に会話ができるところまで考えてくれている。
仕事できるタイプの女性に育つぞ、なんて益体の無いことを思いつつ、受け取って首に装着。
「あー、あー。言葉が通じますか?」
「問題ない。通じてる」
「はい! 通じてますよ! 相馬創!」
「それは良かった。……それにしても、すみません。言語理解の魔道具を借りっぱなしにしてしまって。もうすぐ自前の物が調達できるので、今しばらく貸していただけたらと……」
ネットで探してはいるが、需要が高いのでなかなか見つからない。
しかし、明日東京に行って狸原さんに会えば融通してくれる可能性は充分にある。
探索者ギルド本部なら、一つぐらい手に入れるのは難しくないだろうし。
「問題ありませんよ! それよりよくぞ来てくれました! 今日キミにはこちらを装着して、確かめて欲しいのです!」
ニコニコしながらクラウディアさんが手で示したのは、テーブルの上に置かれていた黒い塊だった。よくよく見るとそれは、腕のような形をしている。表面にはどこか見覚えのある魔石式機構が組み込まれていた。
「それはまさか――」
「はい! 戦闘用魔石式義腕『No.1アルファ』です! 名前は祖父の魔銃シリーズを真似しました!」
魔銃シリーズとは、彼女の祖父クリストフ・シュヴァルツコップが作成した七つの魔石式銃器のことだ。俺にとって一番なじみ深いのは、かつての相棒である『No.3サファイア』。他の魔銃にも宝石の名前が割り当てられている。
同じ宝石だと紛らわしいのでアルファにしたのだろうが、ナンバーを付けた呼び方は祖父に憧れている彼女らしいネーミングだと思った。
(No.1とアルファって意味合いとしては似ている気もするけれど)
クラウディアさんが納得しているのならそれでいいや。
かっこよければ何でもいいのだよ。
「これが……戦闘用の義手」
近付いてみると、想像よりかなり大きかった。元の腕より三倍は太いのではないだろうか? 義手というより、巨大な鎧に近い雰囲気を感じた。
心の厨二病な部分がびんびんに刺激されるぜ。
「装着してください!」
「いいんですか?」
「装着して確かめてから最終調整をします!」
「なるほど。では遠慮なく……重っ!?」
「重量は六十キロほどあります。無茶な動きや攻撃、盾や物理的な強度を高めるためにアダマンタイトを使用しているので。加工が難しい鉱石なので、その大きさに納めるのが限界でしたが」
アダマンタイトと言えば、ダンジョンで採掘されるレアな鉱石である。
最高級の武具に使用される金属であるが……なるほど。それならこの重さも納得だ。
「これ、一人で製作したんですか?」
「さすがにそれは難しかったので、知り合いの伝手を使ってアダマンタイトの加工は任せました! 私はあくまでも魔石加工職人なので、口出しもしましたが主に担当したのはアルファに組み込まれている魔石式機構です!」
「なるほど……!」
確かにこれを一人で作るのは難しいだろう。
納得していると、彼女は説明を口にし始めた。
「重量に関しては、装着後に魔力を流し込むことで魔石式機構が働き、軽減してくれるようにしました。それまでは相馬の身体強化頼りになりますが……大丈夫ですか?」
「はい、なんとか……っと」
言われた通り身体強化しながら取り付け、魔力を流し込むと……本当だ。
重さを感じなくなった。
「す、すげぇ!」
「動かしてみてください!」
俺は周りに気を付けながら動かしてみる。
大きさは気になるが、それでも軽いし反応速度も悪くない。
右手で軽く叩いてみたが、叩いた方の手が痛くなった。
これなら十分に戦えるだろう。
強いて問題点を挙げるとすれば、割と魔力が必要になるということか。仕方がないとはいえ、おじい様からもらった義手と比べると燃費が悪い。それでも、氷の義手を使うよりは断然にコスパがいいのだが。
なんて思っていると、クラウディアさんが何かを取り出した。
「それは?」
「これは『No.3サファイア』のカートリッジを参考に作成したものになります! 作成にはナイトメア・ゴブリンロードの魔石を一部使いましたが、そのおかげで一時的に魔力を溜めることに成功しました! 相馬が魔力を注入して、義手に装填すると、ここから魔力を引き出せるようになります! ようは外部バッテリーのような物ですね!」
「……」
サラッと言ってのけているが、とんでもない代物だ。
一応、魔力を溜める技術は存在する。
だが、それを戦闘に活用するレベルに落とし込むだなんて聞いたことがない。
試しに受け取って魔力を流し込んでみると、極大魔法一発程度の魔力を溜めることに成功。義手に装填すると、魔力を使わずに動かすことができた。
「やべぇ……」
「因みに、最大五発まで装填可能です」
「やべぇ……!」
「作成にあたり、貯金が全部吹っ飛びました!」
「やべぇ! 全部払います!」
問答無用で一生養います!
シャルロッテさんと二人、養います!
絶対幸せにします!
その後は『No.1アルファ』に関する説明を受けたり、クラウディアさんに言われた通りに動かしたりして、今後の微調整のデータを取る。今のままでも十分に使いやすいのだが、彼女曰く「もっとラグをなくせるはず」とのこと。凄い。
義手を外すと、クラウディアさんはすぐに作業を開始。
すでに俺のことは眼中にない様子だった。
「それじゃ、俺はそろそろ。これ、返すよ」
「ん、分かった。それじゃあね、相馬」
ツンツンした表情で、ばいばいと手を振るシャルロッテさんにほんわかしつつ、俺は彼女たちの家を後にした。
§
実家までの道を歩いていると、ふと前方に見覚えのあるポニテを発見。
彼女もこちらに気付いたのか、僅かに驚いた表情を見せていた。
「こんにちは。偶然ですね西木先輩」
「そ、そうですね」
僅かに緊張した面持ちで答えたのは西木先輩だった。
以前、補習で学校に行った際、ゲリラ豪雨に降られて共に雨宿りした先輩だ。
何か俺に見せたい物があると言っていたけど、その日は生憎と持ち合わせていなかった。
「学校の帰りですか?」
「はい。私、図書委員で……うちの学校、夏休み中も図書室開けてるから、その当番で……」
「それはそれは、お疲れ様です」
「いえいえ、仕事ですので」
労うとなぜか頭を下げられた。
人見知りというのもあるだろうが、元々気の弱い人なのだろう。
雨宿りした時もほとんど会話がなくて気まずかった思い出だ。
「そういえば以前おっしゃっていた見せたい物って、結局何だったんですか?」
「っ! じ、実は、あれからいつでも見せられるよう、持っていることにしてて……ちょっと待ってください」
と言って、西木先輩は鞄の中に手を突っ込む。
そして探している間に気まずくならないようにするためか、おずおずと口を開いた。
「そ、そういえば、相馬さんは何をされていたんですか? そんな荷物を抱えて」
「これですか? 実は明日から探索者の仕事が入りまして、これから忙しくなりそうなんですよね……。なので、今日西木先輩と会えたのはラッキーでした」
瞬間、西木先輩は「……え」と呟いて動きを止める。
「先輩?」
呼びかけると、彼女は数秒ほど硬直した後「す、すみません」と言って鞄から手を抜いた。しかしそこには何も握られていない。
「す、すみません。どうやら、家に忘れて来たみたいで……」
「そう、なんですか?」
「はい、なので、その……また、今度……時間に余裕がある時に、見て頂けたらと思います。それでは……!」
手短に告げると、彼女は俺が呼び止める間もなく走り去ってしまった。
(……ミスったな)
いくら馬鹿な俺でも今のが嘘だというのは分かる。
彼女はきっと、俺が忙しいと聞いて気を遣ってくれたのだろう。
すっかり後ろ姿の見えなくなった西木先輩を見送り、俺は自省しながらも実家に帰るのだった。
§
少女、西木千歳は相馬と別れた後、自宅まで走って帰った。
母に「ただいま」と告げると、荒い息のまま階段を上って自室へ。
部屋のドアを閉めると、鞄を下ろしてその場に座り込む。
「……忙しそうなのに、変なこと言えないよ」
ぼそりと呟いた彼女は、鞄の中から小さな石を取り出した。
何てことはない普通の魔石だ。
以前、父から出張のお土産として貰った物だ。
魔石は基本的にエネルギーとして使われるが、それはそれとして小ぶりな物であれば土産品として売られている。父の出張先の近くにダンジョンがあり、そこのギルドで販売されていたのだとか。
西木は魔石を掌で転がし――次の瞬間、ふわりと浮かび上がった。
風魔法による気流操作、ではない。
何故か魔石のみを自由自在に動かせるのだ。
それも、本気を出せば容易に人を殺傷しうる速度で……。
魔石は縦横無尽に部屋中を飛び回る。
魔力のようなものが流れている気はするので、魔法の一種なのだろうと西木は思っているが、しかし調べてもそんな魔法は存在していない。
『魔石を自在に動かす』なんてことは不可能なのだ。
だからこそ、西木は相馬に聞こうとしたのだ。
何か知らないかと。
私はおかしくないか、と。
しかし――。
「もし、相馬さんでも分からなかったら、変に考えさせちゃう……。忙しいのに、そんなことできないよ……」
そう呟いて、気の弱い少女は部屋の片隅で膝を抱えるのだった。




