ep30 【元】日本最強探索者の独白
都内某所のマンション。
その最上階にて、俺こと雲龍礼司は酒を呷る。アルコールが回り、頭がくらくらする。
いったいどれほどこうしているだろうか。
時間感覚が失われる程度には、酔いつぶれていた。
ふと右手に持ったスマホの画面へと視線を向けると、そこにはズラリと書かれた誹謗中傷のコメント。
『最低』
『死ね』
『何が日本最強?ww』
『やっと終わってくれた~(*^^*)』
『マジで一瞬で逝ってて草』
『人生終了乙!!ww』
「……はぁ」
大きくため息を吐き、酒を呷る。
ぼんやりとした頭で窓まで歩くと、眼下には今日も平穏な都心の光景が広がっている。
別に、俺が居なくても世界は変わらない。
そんな当たり前のことが気付かないほど、俺は俺自身に酔っていた。
「……はぁ」
ため息を吐き、酒を呷る。
ソファーに身を預け、さらに飲む。
「おい、飲み過ぎだぞレイジ」
「……んぁ? あれ、米山先輩じゃないっすか。来てたんすか?」
「先輩は止めろ。今はお前が上だ」
「俺に取っちゃ先輩はずっと先輩っすよ」
声の方へと視線を向けると、そこに居たのは筋肉隆々の偉丈夫。世間では『米山ニキ』と呼ばれるAランク探索者、米山一成であった。
「ったく。それにしても酷い顔に酷い声だな。三日前に来た時、身嗜みぐらい整えろと言ったのを覚えていないのか?」
「そうでしたっけ。というか、三日も経ったんっすね」
最近彼と顔を合わせた記憶はあるけど、もう三日も経っていたのか。
すると、彼の視線が俺のスマホへと向けられる。
「また見ていたのか。止めろと言っただろう」
「いえ、これは……まぁ、反省というか、酔い覚ましなんっすよ」
「その割には泥酔しているように見えるが? いったい何の酔い覚ましになる」
「自分に酔ってる馬鹿に効果的な、酔い覚ましっすよ」
「……はぁ。まぁいい。どうせ何も食ってないんだろ? 作ってやるから食え」
「いいっすよ、ウーバーか何か頼むんで」
「いいからお前は顔洗ってひげ剃ってこい」
そう言って、俺は洗面所へと放り込まれる。
魔法で身体強化しなければ、先輩の筋肉に逆らうことはできない。
俺は言われた通り顔を洗い、髭を剃ろうと鏡を見て……調子に乗った男の成れの果てを見た。
「何やってんだよ……雲龍礼司」
自分に嘆く。
事の始まりは、一人のAランク探索者が大怪我したというニュースだった。
怪我をしたのは相馬創。
彼の名前を、俺は知っていた。
日本最年少でAランクになった怪物だ。
そんな彼が大怪我をした。
しかも、まだ高校生だという。
(……いや、ダメだろ)
というのが、第一印象だった。
高校生が大怪我するような環境などあってはならないという、ごく普通のことを思った。
だが、思うだけで何か動こうとまでは考えていなかった。
世間が、Aランク探索者の選定基準に関して話題にし始めるまでは。
ダンジョン配信者たちが挙ってその話題に触れ、テレビでも扱われる。
そんな彼ら彼女らは、言外に俺の意見を待っていた。
その時だ、くだらない承認欲求が姿を見せたのは。
元々探索者ギルドに対して否定的なイメージを持っていたことに加えて、今回の一件。俺の一言を全員が待っているという全能感は、間違いなく自分自身に酔っていることの証拠であっただろう。
だが、俺は気付かずに動き――そして、宣言した。
予想外だったのは、相馬創に対する誹謗中傷。
しかし俺は気にしていなかった。
気にしなきゃいけないのに、自分が賞賛されている状況に酔いしれた。
そして――俺の宣言から一時間も経たないうちに、相馬創が三船ダンジョンを完全攻略したというニュースが流れた。
「ほれ、おかゆ」
顔を洗ってソファーに戻ると、米山先輩が眼前に料理を運んでくる。
「俺、病人って訳じゃないんっすけど」
「充分病人だ。鏡見て気付かなかったか?」
「……ですかね。……いただきます」
手を合わせてから食べ始める。
久しぶりに食事らしい食事を摂った。
「相馬に謝罪するの、もうそろそろじゃないか?」
「そうっすかね」
「あぁ、どうせお前は見ていないだろうが、実は二日前に相馬がダンジョン配信を行っていてな。ほら、以前お前が助けた――のの猫という配信者と一緒に夜叉の森で戦っていたんだよ。コメントも盛り上がり、最大同時接続者数も二十万人越え。世間の評判も上々だ」
その報告を受け、俺は内心で安堵の息を漏らす。
相馬創が三船ダンジョンを攻略した後、俺は渋谷ダンジョンの攻略を続けた。
俺たちは日本を代表する探索者で、必然遠征する際には多くの企業や人間が利権を求めて絡んでくる。これを無視することは出来なかったからだ。
帰還後『謝罪する』旨のツイートをしたが、世間の風潮は俺の批判と相馬の批判で二分されていた。
その時だ。相馬創に対する度を超えた中傷を確認したのは。
瞬間、俺は自分自身に対する酔いから覚めた。
そして――謝罪せず沈黙することを選んだ。
黙れば俺へのヘイトが高まる。
一方で、相馬の株は上がる。
時期的にはSランク認定式の後がいいだろうか。
パーティーメンバーの雫は勝手に動いていたが、ともかくそのタイミングが一番相馬創の汚名をそそぐことが出来ると判断した。
しかし、認定式は夜叉の森ダンジョンの『異変』で終了となり、タイミングを逃した。
だから俺は次の機会を待ち――その間、自分への戒めとして俺への評判をエゴサして……。
(情けねぇ……)
「それで、どうするんだ?」
「……確かに、いい頃合いかもしれないっすね」
「ならシャキッとしろ!」
「……っ」
「あれはお前だけの責任じゃねぇ。俺も、他のメンバーも一緒に謝る。時雨は……あれはよく分からんから放っておくが……。とにかく、謝罪する側のお前がそんな『いかにも同情してくれ』と言わんばかりの様子じゃあ向こうに失礼だ」
「……っすね。ありがとうございます、米山先輩」
「だから先輩は止めろって。もう、大学の時とは色々違うんだからよ」
「……でも、自分に取っちゃ先輩はずっと先輩なんで」
「はぁ……、分かったよ。んじゃ、とにかく相馬に連絡を――」
と米山先輩が言ったところでスマホが震える。
それは俺の物だけじゃなく、先輩の物も。
探索者の――それもAランク探索者のスマホが同時になったことに嫌な予感を抱きつつも、内容の方を確認すると――。
『【緊急】ダンジョンに関することで伝えたいことがある為、至急探索者ギルドへ来てください。』
「なんだこれ……」
「わからん。……が、こんなことは初めてだし余程の事なのだろう。……準備して向かうとするか」
「ですね」
俺は頬をはたいて寝ぐせを整えると、米山先輩と一緒に家を出るのであった。




