7 エルフ②
「わん!」
なんだよ、俺のために嫁を連れてきましたとでも言ってるんだろうか?
いや、モモと同じエルフだし、母親とか? 連れ戻しに来たとかかな……あんな姿にさせるような親に渡すつもりはないけど。
「そう警戒しないでくれ。私は大福の友人だよ。そこの娘が大福の言っていたモモかな? それと、美しい黒猫の杏さんだね」
姉さんがご機嫌に尻尾を振っている。
なに褒められて喜んでるんですか!
「君が悠だね。穏やかで優しい人物と、大福から聞いている」
俺だけ馬鹿にされるんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ。
それにしても、この世界の人はモモといい、動物と話せるのがデフォなのかな?
「茶でも出してくれたら嬉しいのだけどね」
「にゃーん」
敵意は感じないからいいけどさ。
姉さんが言うなら従いますけど、来客用のコップとかないぞ。
それに茶も金がかかるし……もう水でいいか。
「水くらいしかないけど、よかったらどうぞ」
「ありがとう」
エルフさんは何も言わず、自然に靴を脱いで室内に入ってくる。
畳にも馴染んでいる感じだし、この世界でも一般的なものなのかな。
ちゃぶ台を挟んで彼女の対面に座ると、モモが俺の背中に隠れるように座った。
「畳はやっぱり落ち着くね」
「大福に聞いて一方的に俺たちのことを知ってるようですが、貴女のお名前を聞いても?」
「ああ、私はさくらと言う。そうだね、名付け親の夫が異世界人だったんだよ」
人妻だったのか。綺麗な人だったので、ワンチャンあるのかと考えてしまった自分としては少し残念ではある。
しかも夫が異世界人かよ。お会いしてみたいね。
「その夫も800年ほど前に亡くなったけどね」
なんだ、BBAだったのか。
旦那さんが亡くなってるのは残念だ。
「君、失礼なことを考えたね」
「いえいえ、そんなお年には見えないくらいお綺麗だなと思っただけです」
「にゃーん」
「ああ、ここには大福の異常を検知して来た次第だったのですが、神の介入もあって助かったみたいで良かったです。話を聞いた限りでは、私が間に合ったとしても助けられる状況ではなかったので、悠には感謝しているよ」
「俺はできることをしただけですけど……あんまり深く考えてなかったですが、病気かなんかだったんですか?」
俺の返答に、さくらさんはクスクスと笑っている。そんなに面白いこと言ったかな?
徐々に砕けた態度になってきてる。馴れ馴れしいとか悪い印象は受けないけど。
「いや、すまない。自分の能力を失うことになるというのに深く考えてなかったとは……君はもう少し物事を深く考えた方がいいかもね」
「にゃーん」
「その通りって、考えて行動したつもりですけどね」
「結果的に君のおかげで、世界までも救われたよ」
「そんな大袈裟なことなんですか?」
「大袈裟なことだよ。大福が処理しているのは、世界の負の感情。呪いみたいなものかな。それを処理しきれずに蝕まれてしまっていたようなんだ」
さくらさんの説明は続く。
どうやら大福は、この世界が崩れないように汚れを除去するフィルターのような役割をしていたらしい。
今回はその汚れが溜まりすぎて、処理の許容を超えてしまい、倒れてしまったと。
サイゼ様は何をしてるんだよ。
「人が生活する上で必要な三つのものは何かわかるかな?」
「そのくらいは、衣食住ですよね」
「その通りだよ。今のこの世界は“食”に大きな問題を抱えていてね。食料問題で多くの人が亡くなっている。それが原因で負の感情が溜まりに溜まって爆発してる状況なんだよ」
ファミレス神の話の中で、大福が倒れたのは管理ミスって話があったはず。
本来はバランスが崩れすぎないように調整するのが仕事ってことなのかな。
それにしても食糧難……だからモモもあんなに痩せていたのか。
「私の夫然り、この世界に来る異世界人はある使命を帯びて召喚される。2年前にバラン帝国に【解析の勇者】が召喚されたが、さすがに2年では改善が進んでいない状況なんだ。本来であればもう少し早いタイミングか、世界のバランスを保つため定期的に召喚されるはずだったんだけどね」
それを、あのファ神がサボっていたってことか?
「補佐官殿に聞いた話では、新任の神は大学卒業後の新卒で、大神の娘らしくてな。縁故採用のため、少し不安はあったと聞いている」
補佐官……クールビューティーさんのことか。
「なんすかその、中小企業みたいな話。それに時間軸も合わないような気がするんですけど」
「夫の言葉を借りれば、神たちにとってはこの世界はゲームみたいなものさ。ゲームと現実では時間が等倍っていうのは少ないらしいじゃないか」
確かにシミュレーションゲームとか、1年が現実では10分とか1時間とか、設定次第でいろいろだもんな。
時間を止めたり、遅くしたりも自由自在だ。
「こんな短期間に異世界人が召喚されるのも異常なことだよ。勇者と呼ばれる人間は、二人同時には存在しないからね」
「勇者って憧れますけど、自分の柄ではないし、能力をすべて失っている俺は一般人みたいなもんですからね」
「神はそれも考えてのことかもしれない」
あの神様は……絶対深く考えてないと思う。
「さくらさんは神様のことも知ってるみたいですけど、どんな立ち位置の方なんですか?」
「早い男は嫌われるよ。追々、話していこうじゃないか。それよりも、少しお腹が減っているのだが」
キッチンに寄せていた食べ物を見て、ニヤリと笑う。
「これから飯だったので一緒に食べますか。でも引き続き、いろいろ教えてくれるんですよね?」
「食べた分くらいは話そうじゃないか」