6 エルフ
働く? いや、別に労働力を求めていたわけじゃないんだけどな。
それに、「働く」ってことは対価も発生する。けど、こっちはお金なんてほとんど持ってない。
帰るとこがなさそうな彼女の様子を見たときに、助けた大人としては責任もって、独り立ちできるようになるまでは面倒を見るつもりだったし──結果的には、同じことか?
「モモさえ良ければ、落ち着けるまで……そうだね、独り立ちできるまでは、ここにいてくれて構わないよ」
「それは、働かせてもらえるということでしょうか?」
「働くって言っても、報酬は多く出せないよ? 現状、お金はないから」
「食事と寝床があるだけで、十分です!」
衣食住っていうなら「服」はいいのか? なんて思ったけど、そこは後で確認すればいいか。
たぶん、俺たちとモモとじゃ、価値観も感覚もぜんぜん違う。
だったら、これから少しずつ擦り合わせていけばいい。
……可愛い妹的ダークエルフとのスローライフ。うん、悪くないな。
「にゃーん」
「ご安心ください。俺はそういう趣味はありませんから」
「しゅみ?」
「気にしなくていいよ。じゃあ改めて──衣食住は保証する。仕事内容は主に畑仕事だけど、大丈夫?」
「はい! なんでも頑張ります!」
ああ、なんでもって言うのは危なっかしいな。
夢にファミレスに似た名前の神様とかが出てこないといいけど。
「にゃーん」
今の、聞こえてました? 姉さん、俺の心読んでる?
とりあえず話がまとまったところで、モモに外の作業を教える。
俺が耕したあと、モモにはジャガイモの種芋を植えてもらう。
ホースの水圧にちょっと驚いてたけど、言われた通りに水を撒いてくれた。
納屋にあるじょうろの出番、なさそうだな。
ゲーム序盤でもこんな便利アイテムはなかなか出ないぞ。大福が汚れて帰ってきたおかげだな。
あと二日でキャベツとニンニクの収穫。
正直、生活費的に売らないと厳しい。
今回のジャガイモは試験的に少量しか育てなかったけど、次は本格的にやる予定だ。
加工して売ればもっと利益が出るかもな。ふかし芋とか、焼き芋とか。
ファミレス神はきっと食い意地張ってるし、料理系は有効そうだ。
ニンニクも売るより活用した方がいいかもしれない。だってニンニクって、入れたら入れただけうまくなるし。
「わん!」
「また血だらけで帰ってきたな」
「大福様は、狩りもお上手なんですね!」
モモが嬉しそうに大福を撫でて、ホースで口周りを洗ってやってる。
少女が真っ赤な犬の口元を洗う、すごい光景だ。
肉の確保は大福に任せられるとしても、さすがに捌くのは……俺も無理だし。
「モモ、動物さばいたりできる?」
「す、すみません……できません」
あっ、また土下座しそう! 慌てて止めて立ち上がらせる。
いや、できなくていいからね? ていうか子供に聞くことじゃなかったな。
肉が食べたいなぁ。
分厚いやつに、塩と胡椒、たっぷりのニンニクソース。焼きたてのステーキとか。
──数日が経過して、キャベツとニンニクの収穫が完了。
それに、大量に植えていたジャガイモも見事に収穫できた。
一度畑をリセットして、今後の作付け計画を立て直そう。
「ご主人様! たくさん収穫できました!」
「おお、さすがモモだ」
「いえ、私がすごいんじゃありません。こんなに早く作物が収穫できるなんて、ここの土地がすごいんです」
「まあ、それは……神様の恩恵ってやつだな」
「ふぁみれす神様、すごいです!」
「ああ、ほんとにな」
友人は「妹なんて生意気なだけ」って言ってたけど……俺はそうは思わない。
妹、めっちゃ可愛いじゃないか。
さて、ジャガイモを使った料理か……。
でも財布の中は空に近い。モモの生活用品と種代で、ほぼゼロ。
調味料を追加で買う余裕もない。となると、一部を売ってバターでも買うか。
ニンニクとジャガイモで、シンプルにガーリックポテトだ!
「モモ、今日の夕飯は期待してていいぞ!」
「はい!」
この数日はミルク粥ばかりだったけど、そろそろ固形物もいけるだろう。
濃いしっかり味のついたものを作ってやりたい。
フライパンにオリーブオイルを熱し、一口サイズにカットしたジャガイモを焼く。
塩と胡椒を多めにふって、微塵切りのニンニクを投入──香ばしい匂いが立ち上る。
仕上げにバターをたっぷり。
「にゃーん」
「ちょっと癖ある匂いだけど、これが旨いんですよ! はい、完成! ガーリックポテトだ!」
……あれ? 匂いを嗅いだモモの顔が曇ってる?
恐る恐る一口食べて、顔がわずかに歪んだ。
「……美味しいです」
「にゃーん」
あっ、姉さんからの鋭いツッコミ入った。
「好物の押しつけすんな」と怒られてしまった。
「モモ、ごめん」
「ほ、本当に美味しいです!」
「無理しなくていいよ。苦手なものは、正直に言ってもらえた方が助かる」
「……はい。少し、匂いと刺激が強くて……慣れてないかもしれません」
なるほど。モモはミルク粥みたいな薄味が好みなのか。
体が小さい分、舌も敏感なんだろう。ニンニクは苦手メモ入りっと。
じゃあ、こっちはどうだ。
ふかしたジャガイモにバターを乗せた、シンプルなじゃがバター。
警戒しつつ口に運んだモモの顔が、ふわっとほころぶ。
さっきとはまるで違う表情だ。
……そうだよな、相手のことを考えて料理しなきゃ。
「これが旨い!」って押しつけは、良くなかった。
俺は雇い主で、モモは気を使ってる。それなら俺が気を配らないと。
「にゃーん」
「うん、日々勉強ですな、姉さん」
キャベツもあったので、簡単な一品を追加する。
ごま油、醤油、塩で──やみつきキャベツ。
これは大好評だった。
モモ、まだ痩せてるからなぁ。肉、食わせたいなぁ。
でも神様ショップはそこそこ高いんだよな。
「わん! わん!」
お、大福がテンション高めに帰ってきた。遅いな、おい。
「おかえり。どこ行ってたんだよ、こんな時間まで」
扉を開けた先に──
エメラルド色の髪、金色の瞳。凛とした空気をまとった、美しい女性が立っていた。
「こんばんは」
「わん! わん!」
モモが俺の服の裾をぎゅっと掴む。手が小刻みに震えている。
姉さんもモモの頭上で、じっと様子を見つめていた。
その女性が髪をかき上げたとき、長く尖った耳が露わになる。
「……エルフ」
女性がにっこりと微笑んだ。