表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/78

5 これから

「妹がいたら、こんな感じなんですかね」

「にゃーん」

「娘の間違いじゃないかって? 娘っていうには年齢的に違うでしょ」


 寝て、起きて、ご飯を食べて、泣いて、また寝てしまった。

 そんな一日を何度も繰り返してきた。

 あどけない寝顔を見ていると、自然と頬がゆるむ。


 どこか現実味がないくらい、可愛い。

 シャワー……そろそろ浴びさせてあげたいな。身体の汚れも、きっと心の疲れも、少しは落ちるかもしれない。


 子供用の布団も必要になるだろう。

 モモがどこから来たのかは、まだ何もわからない。

 けど、体の傷が語っていた。


 少なくとも、この場所のほうが彼女にとっては『まし』だと。

 こんな幼い子が、いったいどんな目に遭ってきたんだろう。


「にゃーん」

「そうですね。このままここにいるなら、服も食事も、全部ちゃんと用意してやらないと」


 姉さんに「優しい子だ」と言われて、思わず照れくさくなる。

 でも、優しいなんて立派なもんじゃない。

 目の前の子が苦しんでたら、手を差し伸べる。それだけのことなのに。


 明日も早い。今日はしっかり寝て、また畑を耕さないとな。



 畳の上で寝たせいか、体が少し痛い。寝返りを打つたびにギシ、と音が鳴った。

 横を見ると、モモが大福にしがみついて、幸せそうな顔で寝ている。

 子供と犬、この破壊力は反則だな。


「モモ、起きられるか?」


 軽く肩を揺すると、ぱちりと目を開けた。寝起き、かなりいいタイプだ。

 でもまた、起きるなり土下座しそうになるのを、抱き上げて止める。


 やっぱり、この子は反射的に「許しを乞う」動作をしてしまうんだな、胸が痛む。


「シャワーの時間だ」

「しゃわですか?」


 この可愛い生物はなんですか? モモです。


「にゃーん」

「水浴びですか?」

「そうそう、そんなもんだ」


 スウェットと下着を洗濯機に入れ、俺はパンツ一丁でシャワー室へ向かう。

 モモの身長ではシャワーに届かない。だから、操作は俺が全部引き受けた。


 家そのものもアップグレードできるらしいし、そのうちちゃんとした風呂を設置してやりたいな。

 モモはキョロキョロと、好奇心いっぱいにシャワーやシャンプーを見ている。


 無邪気だな……これが『普通の子供』の姿だ。


「それじゃ、まず体から洗うぞ」

「……はい」

「怖がらなくていい。熱すぎたり痛かったら、すぐ言ってくれ」


 でもこの子は、痛くてもきっと黙ってる。

 だから余計に気を配る必要がある。


 ぬるめのお湯をかけていく。

 スポンジでそっと擦ると、どんどん黒ずんでいく。


 ……どれだけの間、まともに洗えてなかったんだ。

 これがこの世界のスタンダードなのかね。


 何度か洗ってみるけど、全部を落とし切るのは難しい。

 ある程度で切り上げて、髪へ。


 長い髪……絡まって、手が止まる。

 女子は毎日これやってんのか、すごいな。


 シャンプー二回、リンス一回。

 流し終えると、ほんのり石鹸の香りが広がる。


「モモ、終わったぞ。まだ目、閉じててな」


 タオルで水分を丁寧に拭き取り、用意していた淡い色のワンピースを着せる。

 ドライヤーを取り出して、髪を乾かしはじめると——


「……私、死んでしまったのでしょうか?」


 静かな声で、震えもなく、ただ不思議そうに言った。

 言葉の意味をすぐに理解できず、数秒固まってしまった。


「にゃーん」

「天界じゃ、ないんですか。こんなに気持ちいいのが、現実なんて……」


 どれだけ辛い日々を送っていたら、こんなことを思うんだろう。


「ここは現実だよ、モモ。それはそうと、言葉遣いがしっかりしてるね。今は何歳なんだい?」

「正確にはわかりません。年齢は……もうすぐ成人だって言われてました」

「せ、成人!」


 驚きで声が裏返った。見た目が幼すぎる。

 風呂、一緒に入っちゃったけど……大丈夫かな。


「わん」

「にゃーん」

「成人って、この世界では13なんだ……モモは10歳と。なるほど」


 痩せすぎてるせいで、余計に小さく見える。

 身長も低いし、食べ物すら満足に与えられてなかったのかもしれない。


 大福の言葉を姉さんが翻訳してくれた。

 神獣って人の年齢とか見るだけでわかるのか。


「髪、さらさらです」


 白銀の髪が光を受けて、宝石のようにきらめく。


「気に入ってくれてよかった。それじゃ、俺はもう一度シャワー浴びてくるから、ちょっと待っててな」

「わん!」


 そのタイミングで、大福がブラシをくわえて突撃してきた。


「ダメだぞ、大福」

「わん!」

「私がやります」


 真剣な目。やらせてください、じゃなくて『やらなきゃ』って目だった。

 落ち着かないんだろう。なにかしていないと、不安になるのかもしれない。


「じゃあ、お願いするよ」

「はい」

「わん!」


 シャワーを浴びながら、考える。

 女の子って、想像以上に必要な物が多い。

 金銭面も考えないとなー。


 それに、いつか「帰りたい」って言い出すかもしれない。

 ちゃんと、送り出せる準備もしておかないと。


 ただあんな仕打ちをする連中のとこに帰りたいとは言わないだろうけど。


「ここ……ですか?」

「わん!」


 涎を垂らしながら、腹を見せて喜んでる大福。

 なんでモモのブラッシングはあんなに気持ちよさそうなんだ。

 俺の時は数分で逃げるのに……納得いかん。


 目で合図すると、モモはうなずいてそのまま続ける。

 俺は髪を乾かし、朝食の準備に取り掛かった。


「ここが、好きなんですね」

「わん」

「にゃーん」

「……え? モモ、大福とも話せてたの?」

「にゃーん」


 はえー、すごいな。

 俺も喋ってみたいな。


「大福、ごはんの時間だ。今日も悪いけど、狩りでお願いな」

「わん!」


 器用に扉を開けて飛び出していく大福。

 また誰か拾ってこないといいけど。


 姉さんのご飯を用意し、モモには昨日の残りのお粥を温めて器に盛る。

 俺はいつもの安食パン二枚。これが現実。


「それじゃあ、いただきましょうかね」

「あの……一緒に、食べていいんですか?」

「もちろんだよ。こっちは大人用、モモのは子供用。ちゃんと分けてあるから、いただきます」

「いた? だきます」


 ぎこちなく真似するその姿が、可愛らしい。

 俺の動きを見て、それから自分のを口に運ぶ。


 反応を見てから動くのは、きっと身につけた処世術。

 だけど、ちゃんと人を見てる子だ。


 食べ終わると、俺のマネをしてモモは自分の器を手に取って立ち上がる。

 まだ食べたいんじゃない。片付けようとしてくれてる。


「ありがとう、モモ」

「はい」


 俺が洗っている間、モモはシンクを覗き込んで、じっと観察していた。

 物の流れや仕組みを見て、学ぼうとしているのがわかる。


「モモ、少し話そうか」

「……はい」


 緊張が伝わってくる。この先の話になるって、ちゃんと察してる。

 姉さんと俺がちゃぶ台の前に座ると、モモも静かに向かいに座った。


「モモ、これからのことなんだけど——」

「——はい、ご主人様! ここで働かせてください!」


ご覧いただきありがとうございます。

気に入っていただけましたら


ブックマークに追加や広告下にある「☆☆☆☆☆」から評価などいただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ