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4 モモ

 少し尖った耳、褐色の肌。白に近い長い髪は汚れていたが、それでも幻想的な雰囲気をまとう少女だった。見た目は、まだ五歳にも満たないくらいの幼さ。


 彼女の手首にそっと指を当ててみたが、脈は……わからない。

 あまりに弱っているせいだろうか。


 仕方なく、胸元に耳を寄せる——絵面と字面は危険極まりないが、これは医療行為である。

 あくまで確認のためであることを明言しておく。


「心臓は動いてるな」


 呼吸も浅く、体は傷と汚れで覆われている。お

 湯をかけて洗うには体力が足りなさそうなので、まずは応急処置だ。


 少女の着ていたボロ布を外し、急いでタオルと桶を購入。

 縁側で身体についた汚れを丁寧に拭き取っていく。


 確認したところ、女の子で間違いなさそうだった。


「にゃーん」


 ある程度綺麗になったのを確認した姉さんが、静かに近づき、そっと前足をかざす。

 優しい光が少女を包み込み、傷口がみるみるうちに癒えていく。姉さんの回復魔法だ。


「姉さん、これ以上は治せないんですか?」

「にゃーん」


 古傷までは癒せないらしい。

 彼女の肌には、見るだけで痛みが伝わってくるような痕がいくつも刻まれていた。

 中でも、頬から首筋にかけて深く走る一本の傷跡が目を引いた。

 刃物でつけられたものであるのは一目瞭然だった。


 年齢相応の、愛らしい顔立ちなのに。


「……これが異世界か」


 まだ汚れが残っているとはいえ、シャワーは体力が戻ってからの方がいいだろう。

 布団を買い足す余裕もないので、申し訳ないが今は俺の布団を使ってもらおう。


「にゃーん」

「そうですね、服も必要ですね!」


 神様のショッピング画面を開いて、子供用の衣類を探す。

 女児向けの内容は目がチカチカしてくるものが多い。


 ラインナップに混乱しながらも、迷った結果は白いパンツとスウェットの上下の購入。

 お手頃価格で助かったが、財布はもう空っぽに近い。


 彼女は痩せ細っていたし、消化に優しいものがいいだろう。そうだな、お粥にしよう。


 このファミレス神の世界には便利機能として、料理レシピや動画が閲覧できる。

 手持ちの食材と相談。パンとじゃがいもが活用できそうなので、それらを合わせたミルク粥に決定。


 足りない牛乳を買うため、畑の収穫物を売却することにする。

 蒸したじゃがいもや余った野菜を専用の箱に入れると、リアルタイムで価格が表示された。


「おお、ふかし芋が一個二百円……高いのか? いや、悪くない価格だろう」


 ピーマンときゅうりも品質に応じて価格が変動し、最終的に合計二千円を手に入れた。これなら食材は十分まかなえる。


 少女の枕元では、姉さんが丸くなって眠りについた彼女の頭を尻尾で優しく撫でている。

 俺が風邪をひいた時にも、こうしてくれたっけな。


 大福が近寄ってきて、少女のお腹にあごを乗せるが少女が苦しそうにうなされている。


「にゃーん」

「わふ」


 姉さんの冷たい一声で、大福はすごすごと俺の元へ戻ってきた。

 料理するから近づかないように言うと、拗ねたのか壁際でふて寝し始める。


「大福、この子が寒がったらいけないから、そばにいてあげてくれ。もう顎は乗せるなよー」

「わん!」


 煩くしないように、声をひそめて指を口元に立てると、大福は素直に頷き、少女の横に潜り込んで寝息を立て始めた。大福なら布団以上に暖かいだろう。

 

 さて、料理に取り掛かろう。


 じゃがいもを蒸し、スプーンで粗く潰す。パンをちぎって牛乳で煮て、柔らかくなったところにじゃがいもを加える。塩と胡椒で味を整えたら——完成。


「こんなもんかな……チーズがあればもっと豪華になったけど」


 美味しそうな匂いが部屋に広がる。

 でもこれは、あの子のための料理だ。俺は味見だけで我慢。


 今日の俺は、ふかし芋一個だけだな。


「ん……」

「にゃーん」


 少女が微かにうめき声をあげる。起きたのか。

 できたての粥をちゃぶ台に置き、そっと彼女の横にしゃがむ。


 ——バチリ、と少女の瞳が見開かれた。

 澄んだ黄金色の瞳が、真っ直ぐに俺を見据える。


 美しい瞳の色だ。


 数秒の静止の後、少女は突然跳ね起きて、畳に額を擦りつけて土下座した。


「申し訳ありません!」


「え! 大丈夫?」


 驚きつつも、言葉が通じたことにホッとする。


「にゃーん」

「そうだね、落ち着かせないと。怖くないからね、俺は悠って言います。君の名前、聞いてもいい?」

「にゃーん」


 姉さんも「杏だよ」と自己紹介している。

 大福は……まだ寝てるのか。


 少女は恐る恐る顔を上げた。土下座の勢いが強すぎたせいで、おでこにくっきり畳の跡がついている……笑っちゃダメだぞ俺。


「……エルフです」


「それは、種族名だよね?」


「にゃーん」

「名前は……ありません」

「え、姉さんの言葉、通じてるの?」

「にゃーん」

「モモ、ですか……? はい、わかりました」


 モモ。姉さんが名付けた名前。

 彼女にとっては“命令”のように受け取ってしまったかもしれないが、今はそれでもいい。まずは、元気になってもらうのが先決だ。


「モモ、これを食べて。急がなくていいからね」

「え……私が、食べていいんですか?」

「にゃーん」

「……はい」


 警戒と戸惑いが入り混じった目。それでも、スプーンを手に取り、恐る恐る口に運ぶとモモが泣き始めてしまった。俺も思わずもらい泣きする。


「うぅぅ……たくさん、お食べ」

「にゃーん」


 子どもの前で泣くのはカッコ悪い、わかってる。でも、感情が勝ってしまった。

 モモは涙を浮かべながら、ひとくち、またひとくちと食べ続ける。


「そんなに急いじゃ、胃が驚くぞ。ゆっくり噛んで」


 俺の声も届かないのか、彼女は泣きながら勢いよく食べ続ける。

 コップに水を入れて横に置くと、それを見て一気に飲み干した。


「おかわりもあるから、無理しないで」

「……はい」


 再び、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。そ

 の姿に、また俺も泣きそうになって、姉さんに呆れた顔をされる。


「わんっ!」


 ようやく起きた大福が、泣いているモモに駆け寄り、ベロベロと顔を舐めはじめた。


「やめなさい! 大福!」


 慌てて引き剥がすと、今度は俺が泣いていたことに気がつき、顔を舐め始める。

 まったく、空気を読まないやつだ。可愛いけど。


 その様子を見ていたモモが、ふっと笑った。


 その笑顔が、眩しくて、温かかった。

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