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3 邂逅

「にゃーん」

「まだ眠いよー姉さん」

「にゃーん」

「わんっ!」


 姉さんの猫パンチが炸裂したのと同時に、大福が俺から布団を引き剥がす。

 ううっ……寒い。六月だと確認したのに、東北出身の俺でも、こっちの冷え込みは骨身に染みる。


 やっぱり日本と家の構造が違うからなのかな、そもそも気温が低いのか。


「今日から学校もないし、せめて……あと五分だけでも」

「にゃーん」

「働かないといけないのはわかってるんですけど、まだ初日ですし、少しくらい余裕を持っても……」

「にゃーん」


 姉さんの前足が、パンチを打つモーションに入ったのを見て、即座に布団を蹴飛ばす。


「冗談です! 起きますってば!」


 洗面所はないので、キッチンの蛇口で顔を洗う。

 昨日買った最安値のタオルで水を拭って、歯を磨く。

 生活必需品や衣服を買い揃えた結果、残金は五千円。


 だが六枚入りの食パンはあるし、今日くらいゴロゴロしても——姉さん、そんな視線を向けないで。


 とはいえ、種まきが一日遅れれば収穫も一日遅れる。

 姉さんの猫パンチが炸裂しないうちに、行動開始だ。


 六枚入りで三百円の食パンを一枚かじる。

 隣では姉さんがパウチとカリカリを混ぜた贅沢ご飯を、優雅に食べている。


 俺よりいいもん食ってない? という不満は……まあ、ない。

 ここ数年、姉さんはカリカリすらふやかさないと食べられなかったし、パウチも半分以上残していた。

 それが今は、モリモリ食べている。


 嬉しい。心からそう思う。


「わんっ!」


 大福が勢いよく吠えて、器用に扉を開けて外へ飛び出していった。


 姉さんによると、大福は今まで自力で狩りをして食料を確保していたらしい。

「久しぶりにカリカリが食べたい」と言われて買ったが、神様の用意する犬猫用品に妥協はない。簡単に言えば、高級品オンリー。


 俺の食事や衣類には格安ラインもあるのに……。


 大福は大型犬。食事量も多く、現状では金銭面が正直キツい。

 甲斐性なしで申し訳ないが、もうしばらくは狩りでお願いしている。


「にゃーん」

「はいはい、頑張りますよ」


 Tシャツにツナギ、麦わら帽子、長靴。これぞ農作業って恰好。

 おしゃれな作業着もあったが、姉さんに"節約"と却下され、激安1000円ツナギを2着購入。ペラペラで、チャックもすぐ壊れそう。


 小屋の裏の納屋から鍬を引っ張り出して肩に担ぐ。

 なんか雰囲気出てない? まぁ、農作業なんて幼稚園の芋掘り以来だけどさ!


「にゃーん」

「あ、はい。キメ顔してすみません。作業します」


 校庭くらいの広さの敷地。その4分の1ほどが畑として利用可能らしい。

 残りは施設建設用地? 詳細はまだ不明。


 とはいえ、この畑は一般家庭の家庭菜園とは比較にならない規模だ。

 ばあちゃんが使ってた畑くらいはある。


 ばあちゃんとじいちゃんは元気な頃、余っている土地を借りて畑をしていた。

 俺は日曜に呼ばれるのが嫌で、いつも逃げ回っていたなぁ。


 今思えば、あれは"手伝い"じゃなくて"関わるきっかけ"だったんだろう……。


「にゃーん」

「うん……もっと話せばよかったなって」

「にゃーん」


 過去を悔やむより、今を生きろ。

 姉さんは、まだ草が生い茂る草原を見つめながら静かにそう言った。


 俺がじいちゃん家に引き取られたのは八歳だけど、姉さんはもっと前から一緒だった。

 俺よりも姉さんの方が寂しいのかもしれない。


 ——しんみりしてしまった。


「それじゃあ、やりますか!」

「にゃーん」


 鍬を振り、土を掘り起こす。地味に辛い。

 普段使わない筋肉が、悲鳴を上げている。


 姉さんは小屋の縁側で優雅に日向ぼっこ中。

 俺がサボったら、間違いなく尻に猫パンチが飛んでくる。


 ちなみに、姉さんは魔法が使えるみたい。

 なんか俺よりも強くなってて、姉さん、マジぱねぇ。


 いやー、土は思ったよりも柔らかくて助かった。

 畑予定の半分ほどを耕しきる。


 この【神の庭】は、例のファミレス神様がスローライフ系ラノベと牧場ゲームにハマった末、自作した空間らしい。


 作物は現実より早く育つ。

 じゃがいもなら三日。種まきの時期だけ守って、水をやっておけばOK。

 お金があるなら肥料を撒けばさらに美味しくなるらしい。


 仕様が完全にゲーム。


 今は六月。メインはじゃがいもとキャベツ。

 万能調味料のニンニクと、残りスペースにキュウリやピーマンなどを散らしていく。


「わんっ!」

「うぇ、大福!?」


 口元が真っ赤な大福が、遊んでるのかと勘違いしてダッシュで接近してくる。

 こわいこわいこわい。


「待て! 待て大福!」


 わかったような顔で、大福が俺の続きから前足で地面を掘り始める。

 その勢いたるやブルドーザー級。

 ものの数分で畑エリアの土を豪快に掘り返してしまった。


 助かった……ような……助かってないような……。


「大福……」

「わんっ!」

「あ、ありがとな。でも続きは俺がやるから……」

「わん!」


 ドヤ顔の大福を撫で、畑を手直し。

 歩く道を作り、畝を整える。


「にゃーん」

「どうです姉さん! え? 汚い? ああ……大福のことか」


 姉さんが冷ややかな目で、大福を指す。

 当の本人は「なに?」と可愛らしく首を傾げてる。


 とりあえず、ショッピングサイトを開いてシャンプーでも買うか。


「三千円だって! おい大福! 高いよ」

「わんっ!」


 犬用シャンプー、高い! 一番安いのがそれとか嘘でしょ!?


 大福は浴室に収まる大きさじゃないのでホースと蛇口アタッチメントを購入し、外でのシャンプーの準備をする。


 結果的にではあるけど、これが水やりにも使えて大活躍。

 災い転じてなんとやら。




 そして数日後——

 じゃがいもの収穫が時期がやってきた。幼稚園以来のワクワク感で引っこ抜くとありえない大きさの物体が出てきた。

 これが異世界仕様? 拳より一回りはデカいのが収穫できた。


 ウキウキで育ったじゃがいもを茹でて、塩を振って食べる。


「美味い!」

「にゃーん」


 デカいし大味かと思ったけど、非常に美味しい。

 姉さんが「よく頑張った」と言ってくれた。

 ご褒美にブラッシングOKらしい! やった! もふもふするぞー!


「わんっ、わんっ!」


 大福が随分騒がしく吠えている。何かあったのかな?

 姉さんが表情を引き締めて、先行してしまった。


 後を追いかけると緊迫した口調で「来なさい」と促された。


「にゃーん」


 大福の上に何かが乗ってる、人だ。


 ただ人とは違う特徴も存在している。

 ボロボロになったエルフの子供だ——。


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