第4話 鍵をかけた記憶
私は朝が嫌いだった。また、新しい一日が始まってしまうから。だけど、昨日シオンと初めて異世界の朝を迎えて、そこまで悪いものじゃないかもなって思えてた。……のに、今日は最悪の目覚めだ。何故かって?
「おはよーございます!!寝ているところも素敵ですが、早く起きてください師匠!!」
「んん…まだ早いわあほ…あと4時間寝る」
アンバーは大声を出しシオンを布団から引き出そうと頑張っている。そんなアンバーに対抗するように、シオンは布団にくるまっていた。
…こいつのせいで、私の平和な朝は台無しだ。こいつはどう鍵を開けたのか、朝早く勢いよく扉を開け入ってきた。今は朝の6時にも関わらず、かれこれ30分はこの状況だ。シオンは相変わらずの朝の弱さ。はぁ、この騒ぎはいつ収まることやら…
そんなことを思っていたが、私の考えに反しすぐ収まった。
「師匠〜!!」
「…もう、うるせえ!」
シオンは昨日と同様、突然勢いよく起き上がる。そして騒ぎの原因のアンバーの背中を力強く押し、部屋から追い出した。…ふう、やっと静かになったな。そうそう、そして私も追い出して…って、え?
「お前ら、俺がまた起きるまで2人で買い物でもしとけ!昨日から喧嘩ばっかしてたし仲深めるいい機会だろ。じゃ!」
そういうとシオンは少し乱暴にバタンと扉を閉め、鍵をした。
…なんで私まで??
「はぁ…最悪。お前と2人とか」
「こっちのセリフだよ!!私なんもしてないのに」
「ていうかお前朝勝手に入ってきてたし昨日も何故か私らの部屋知ってたよな?そういうスキルとか?」
「いや、部屋知ってたのはあの日別れてからずっと見守ってたから。鍵開けたのはピッキング」
見守ってたとか、ただの尾行だろそれ…!!
「きっっも!普通に犯罪じゃん!!まあでも、それならここ開けれるだろ?」
「いや、師匠から禁止されたからもうしない」
こいつのシオン愛はどうにかならないものか…まあ、シオンは良い奴だし分からなくもないが。
「役に立たないな…」
「あ??お前こそ天使なんだからなんか出来ないのかよ?」
「……」
「ほら、お互い様だぞ」
「…はあ、仕方ない。とりあえず町に行こう。ここでは人目が多い」
もう少し言いたいことはあったが、宿の人達がこちらを怪訝そうな顔で見ているので一旦やめにしよう。
こんな変態と二人で町を歩くことになるとは。
「そういえば、師匠はいつも何時くらいに起きるんだ?」
「さあ?まだ出会って3日目だし。知らない」
そういえば知らないな。昨日はこいつのせいで強制的に起きることになったし。起きたら戻って来いっていつだ…?
「は?出会って3日目なのにあの距離感かよ…!!」
アンバーは見たこともないような怒り顔をしていた。
怒りで震える手をぎゅっと握っていて、今にでも殴りかかってきそうな圧だ。こわい。
「まあまあ、一旦落ち着こう。」
「…ま、そうだな。お前を僕が呪いをマスターしたらにしよう。」
そんな恐ろしいことを言うアンバーの顔は、冗談を言っているようには見えなかった。…さて、こいつも私も納得する暇つぶしを考えなきゃな
「…あ、そういえば呪術師用の道具は買ったのか?」
「ああ、全部揃えた。」
揃えるの早すぎるだろ…!!昨日解散したの遅かったし今日は朝早かったのにどのタイミングで買ったんだよ
もうこの際私は興味がなくていい。とにかくこいつの暴走を抑えられる物は…
「……なぁアンバー。シオンってさ…顔いいよね?」
「うん、国宝だ」
国宝て…可愛いのはわかるが、言い過ぎだろ
「でも質素な服きてるじゃん?…勿体なくない?オシャレで可愛い服着てるシオン…見たくない?」
「…まあそうだな、あの質素な服すら着こなせる師匠は大変素晴らしいと思うが見たくないかと言われると…凄くみたい。」
アンバーは目を逸らし、そわそわしながら言った。
きもすぎるが一旦無視しよう。キリがないからな。
「それじゃあ行こう!」
「仕切ってんじゃねー!」
お前がやばすぎるから仕方なく仕切ってんだよ!!
「さて、この辺でいい服屋ある?」
「1箇所しかしらないなあ…」
アンバーは目を軽く閉じ、顎に手を当てた。
正直期待していなかったが彼なりに思い出そうと頑張ってくれてるし、1箇所知っていれば十分だ。
「それじゃあそこに行こう!」
「はいはい。こっちだよ」
到着した店は、思っていたよりオシャレなところだった。ガラス張りになっており、中の洋服が外からも見える
「わ、可愛い洋服がいっぱいだな!」
「だろ?」
アンバーは誇らしげな顔をした。
「じゃあ入るか。ここも人いないのか?」
「あぁ、いないから出てていいぞ」
気配殺すの地味に疲れるし、この町は私の苦労が少なくて助かる。
ガチャ
入った瞬間にふわりと花の甘い匂いがした。可愛らしいパステルカラーの壁にかかっている洋服はキラキラと輝いて見える。
…シオンに似合いそうな服が沢山ある、いい店だ。調子に乗るから絶対に言わないけど
「ちなみに、アンバーはどんなのがいいとかあるのか?」
「うーん…控えめにフリルがついてるワンピースとか…?」
「お、珍しく同意見だ」
「お前と同意見でも嬉しくねえ」
それも同意見だ
それから2人は、夢中で服を探した。
「これは?」
「ダサい」
「こっちは?」
「微妙」
「お前…センスなさすぎるだろ」
「はあー??ありますーー」
まったくしょうがないな。私が決めてやろう
「これなんてどうだ?」
「………なんか違う」
アンバーはゴニョゴニョと抽象的な文句を付けてきた
「おまえ文句言いたいだけだろ!!」
その後、アンバーは先程よりももっと真剣な目付きで服を探し始めた。
しばらくの沈黙の後、またアンバーが服を持ってきた
「…なあ、これは?」
また懲りずにダサい服を持ってきたのか…なんて思っていたが
「お、いいじゃん」
思った以上にいい服を持ってきた。薄いラベンダー色の綺麗なフリルが付いている、可愛くてシオンにも似合いそうな服だ。
「だろ?ふん、やっぱり師匠に1番似合う服が分かるのは僕だな!」
「ギリギリ合格だから!ギリギリ!」
別に張り合う気はないけど、なんかムカつく…!!
「じゃ、お会計よろしく」
「あ??お前も払えよ」
「私持ってなーい。それに、1人で払ったらシオン愛の証明にもなるしシオンからの好感度も上がると思うけどなー」
「よし、買ってくる」
先程までは怒りの表情を浮かべていたのに、私の一言ですっとレジに向かい始めた。
こいつのシオン愛はもう少し抑えて欲しいが、こういう時は助かるな。
……今日は最悪の朝だと思ってたけど案外、こういう日も悪くないかも
買い物も終わり、私たちは宿に向かっていた
服選びに夢中で気づかなかったが、時刻はもう朝の10時を回っていた。さすがにシオンも起きているだろう。
「それ、いつ渡すんだ?」
可愛いラッピングも、綺麗なリボンもついていない普通のビニール袋に入った洋服。それをニコニコしながら持っていた。
「え?普通にすぐ渡すけど」
ムードというものはないのか…まあそんなムード作られても困るしいいけど…いやでも…
なんてモヤモヤしていると、宿に着いていた。シオンは起きているのだろうか…
コンコン
「シオンー開けてー」
「お、おかえり。」
シオンはノックをしてすぐ、ドアを開けてくれた。
…けど、パジャマのままだ。こいつもしかして
「ちゃんと起きてたんですね!流石です!」
「はは、何時だと思ってんだよ」
シオン(やばい、2人の話し声で目が覚めて起きたばっかりとか言えねぇ…)
シオンは視線を泳がせ、気まずそうな顔をしている
やっぱり、起きたばかりだな。
「もう4時間くらいたったのか。二人で何してたんだ?」
「あ、そうだった!師匠、これプレゼントです!」
「…私に?」
「はい!テンと二人で買ってきました!」
…ふふ。
「…おい、なにニヤニヤしてんだよ?」
「いや?選んだのもお金出したのもアンバーだし自分一人って言うかなと思ってたんだけど…ちゃんと二人でって言ってくれるんだ」
「は??じゃあ僕1人で買った!」
「はいはい、もう無理でーす」
「ふふ」
シオンは子供の喧嘩を見守るような、微笑ましいとでも言いたげな表情をしていた。バカにしてる?
「…で、これ開けていいか?」
「どうぞ!」
「…………かわいい」
しばらくの沈黙の後、ポロッと本音が漏れてしまったように呟いた。
「だろー?」
「だろって、選んだの僕なんだけど??」
「ふふ、ありがとう二人とも。大事にさせてもらうよ」
リアクションこそ薄かったが、洋服を見るシオンの目は宝物を見るようにキラキラしていた
「お前らも、ちょっと仲が深まったな」
「全然そんなことない!/です!」
「さて。じゃあ早速修行…と行きたいところだけど」
シオンの表情がすっと変わった。
多分、アンバーの過去についての話だな
「アンバー…お前の過去の話、教えてくれないか?」
「え?なんでですか?」
「いや、大した意味は無いんだが…知りたくなったというか…」
シオンは視線があちこちに泳いでいた。…嘘下手くそだな、こいつ。嘘つく時、毎回目を逸らすし
「しょうがないですねー」
アンバーはシオンが自分に興味を持ってくれたことが嬉しかったのか、にこにこしている。
「そうですねえ…なにも面白いことないですけど、いいですか?」
「ああ。話したくないことは話さないでいい。」
「えーと、全体的にうろ覚えなんですけど…僕は研究者の母と父の元に生まれて。母は僕が2、3歳の時に死んじゃったんですけどね。なんでかは…忘れちゃいました!」
アンバーの表情は真顔のまま、まったく変わらない
「で、父は研究が忙しくてあちこち飛んで回ってて家にも帰ってこないので1ミリも構って貰えませんでしたね。お金はくれたので大して困りませんでした」
シオンも眉一つ動かない。ヒヤヒヤと、緊張しているのは私だけなのかと謎の焦りを感じる
「友達もいないどころかみんなに完全無視されてましたし、その後はダラダラ何もせず生きてきたので語ることは特にないですね。」
…終わり?いやいや、嘘つけ。
そんなことを思ったが、アンバーは無理をしているようにも誤魔化しているようにも見えなかった
「…お前はその過去、どう思ってる?」
「いえ、特に何も…平凡な過去だなーとしか」
やっぱり、嘘をついているようには見えない。
まったく平凡ではない、普通ならトラウマ確定の過去なのに。
「あ、感情を捨てるの得意なのはそのおかげかもです!どんな感情もっても、応えてくれなかったので。」
「…なるほどな。」
そういえばうろ覚えな理由、、昨日シオンがなんか言っていたな。なんだったっけ…
「もしかしてもう少し聞きたかったですかね?じゃあ少し待っててください、思い出すので…」
「いや、まて」
「どうしました?」
「多分、うろ覚えなのはお前の記憶力の問題じゃない。人間は嫌なことがあると、その記憶を閉じ込めてしまうんだ」
「はぁ…」
アンバーはぽかんとした顔をしている。無意識なのか。
「つまり、思い出せないのは嫌な思い出だからってこと。だから無理に思い出さなくていい。」
「なるほど?」
「ちなみに思い出せない記憶があるのはいつまでだ?」
「えーと……師匠たちと会う、3日前くらい…?昼間だれかに会って、その後がちょっと思い出せないかもです」
そうアンバーが言った瞬間、シオンは驚いた顔をした。…がすぐに今まで見た事もない、優しい顔を浮かべていた。それに、少し羨ましそう…?
「…そうか。頑張ったな、アンバー。」
「ぁ、ありがとう、ございます…」
アンバー(頑張った?なにを?…よく分からない。けど、なんか、心が軽くなった様な気がする。心が暖かい。……ふふ、やっぱり僕には師匠しかいない!)
「それじゃあ、修行に行こうか」
「はい!」
アンバーは終始よく分からない、という表情をしていた。だが、ずっとモヤモヤしていたものが取れたような、スッキリした明るい笑顔を浮かべていた。
〜天界〜
「ふんふふ〜ん」
女神が上機嫌に鼻歌を歌っていた。周りの天使は女神に怯えの目を向けている。仕方の無いことだ。女神が上機嫌な時は絶対になにか面倒なことになるのだから
「ねー見てあの子たち!洋服買ったり話し合ったり、いつもと違う珍しいことしてておもしろーい!」
あの子は最初の頃はしていたが。させなくした原因を作ったやつが何を言っているのだろうか。
「えー?そうだっけ?」
まったく、最低だな。もうあんな事はしないとあの子と約束していたくせに
「んー…えへ、思い出せない!そんなことより、一緒に見ようって」
そういい、女神は私を無理やり引っ張って捕まえた。
周りの天使たちは少し安堵の表情をしていた。




