第3話 天使に名前がついた日
「さてと。仮の弟子入りが決まったところで。さっそく町に買い物に出かけるか。…そういや、2人とも名前聞いてなかったな。」
シオンがそう言い、私と青年を見回す。
「あ、そうですよね!僕はアンバーと言います。」
「アンバーか。よろしくな」
(アンバーって…確かどっかの言葉で琥珀だったよな。そういえば、琥珀って贈るのに何か意味があった気がするんだが…なんだったかな)
シオンはモヤモヤとなにか考えているような表情をしていた
「シオンさん…いえ、師匠に名前を呼んでいただけるなんて…!!これからよろしくお願いします!師匠!」
ふん、これからなんてない!私がすぐに弟子入りを阻止してやるからな!!
「で、お前は?」
「え?」
「名前。」
シオンはじっとこちらを見つめてくる。
まさか私にも名前を聞かれるとは。そういえば、さっき2人の名前と言っていたな。
「天使に名前はないよ。1人例外を除いてな」
「そうなのか」
「じゃあこいつのことは天使でいいですよ!さ、行きましょ!」
アンバーは興味なさげに言い捨て、町へ行こうとした
「いや、流石に名前はないと不便だ」
シオンは、落ち着かせるようにアンバーを見つめた。
「そうですよね!さすが師匠!」
こいつ…!!というか、まだ弟子(仮)だから!師匠とか呼ぶな!
「じゃあ、仮の名前でもつけたらいかがですか?例えば…羽虫とか」
「絶対にいやだ!!!」
仮の名前自体は嬉しいものだが、羽虫なんてたまったもんじゃない。それに、アンバーに名前をつけてもらうなんて死んでも嫌だ
「そうだぞ。見た目から取るならせめてアヒルとか」
「それもそこそこ嫌だ…」
「師匠から提案していただいた名前を断るなんて…」
シオンは真剣な顔で言った。多分、本人的には至って真面目に考えたのだろう。色んな経験を積んでいてもネーミングセンスは皆無なんだな。
「えぇ…そうだなあ」
シオンは軽く俯き、悩んでいた。
数秒後シオンは顔をぱっとあげ、自慢げに言った
「あ、じゃあテンは?」
「…ちなみに、由来は?」
「天使の天」
絶対そうだと思った!あまりにも安直で単純な名前だ。
…まぁ、変な名前にされるよりいいか。
「…わかった。テンでいいよ」
「よし、決まりだな!」
こんな適当な名前だけど…名前をつけてもらえるというのは、悪い気分では無い。なぜだか分からないが、思わず笑みが零れた
「くそ、師匠に名前をつけてもらえるなんて羨ましい…!!師匠、僕にも名前付けてください」
「ダメに決まってんだろ。お前にはもう立派な名前があるんだから」
「うぅ…わかりました」
「さて、名前も決まったことだし。町に行こうか。道案内頼んだぞ、アン。」
「アン…?」
「お前のあだ名」
「あだ名…?!?!嬉しいです!!師匠の1番弟子として、完璧に案内してみせます!!」
(名前を呼んでもらえることすら少なかったのに師匠にあだ名で呼んでもらえるなんて…)
そういったアンバーの目は少し潤んでいた。
名前の確認が終わったシオン達は、町に買い物に来た
「さて。とりあえず俺は魔法使いだからそれに関連する道具が欲しいんだが…なにがあるんだ?杖とか魔導書とか」
「そうですね…色々ありすぎて説明が難しいので一旦お店に行きましょう!ここは基本、ひとつのお店にひとつのジョブ用の物が全て揃っているんです。」
「へぇ、珍しい。他の世界だとだいたい魔導書の店、杖の店とか別れてるんだよな」
「そうなんですね…!ここと全然違って面白いです!」
アンバーはキラキラした目でシオンを見ている。まあ気持ちは分かる。異世界の話というのは面白いよな。
「さ、魔法使い用のお店は近いので早速行きましょう!」
「あぁ、わかった」
思ったよりしっかりガイドしてくれてるな…いやいや、騙されちゃいけない!シオンは多分もうダメだし、私が目を光らせておかないと…!!
「ここです!安めで沢山揃ってます!」
いかにもな雰囲気があるお店だ。
クモの巣が張った廃れた雰囲気の建物。そこに箒が立てかけてあり、入り口の横には黒猫がちょこんと座っている。
「これは…なんというか。色んな世界の魔法使いのイメージを詰め込んだような装飾だな」
「本当ですか?こういうとこは一目でなんの店かわかるように、やりすぎなくらいそのジョブのイメージの装飾をするんですよ。イメージ同じなんですね!」
(色んなとこ普段の異世界とズレてんのにイメージだけ同じって…つくづく変な世界だ)
本当にやりすぎだな。雰囲気が怖すぎる。
「じゃ、早速入りましょう」
ガチャ
さて、どんな内装が待ち受け…
……普通だ。清潔感溢れる綺麗な壁や床に温かみのある照明、しっかりとした棚やテーブルに並べられた品々。あまりにも普通すぎる。
「…外と中のギャップ凄すぎないか?」
「あれはあくまで演出ですからね。」
「そういえば…店員さんはいないのか?テンが出てこれそうか?」
「ええ。基本は奥の部屋にいて、このベルを鳴らさないと出てきません。完全防音の部屋なので声は聞こえませんし盗みとか滅多なことがないと出てきません。なので大丈夫かと」
「だってさ。出てきていいぞ。テン」
「わーい!私も参加できるんだな!」
「参加しなくてもいいのに…」ボソッ
「は??」
「まあまあ、喧嘩すんなって。テンも出てこれたことだし、早速説明してくれるか?見慣れない道具もあるし」
「はい!そうですね…とりあえず必須なものは魔導書1つですね。」
「ふむ、少ないな。杖は要らないのか?だいたいの世界で必須なんだが…」
「杖はあってもなくても何も変わらないです。ファッション用品ですね」
「ふぅん…」
杖は必須かそもそも存在自体ないかの二択が多い。存在はしているけど要らないというのは珍しいな
「ま、とりあえず魔導書から選ぶか。」
「ほぼ全て基礎の呪文+α的な感じなので、好きなものを選んで大丈夫ですよ!」
「ふーん…悩むな」
私も少し見てみよう…
「あ、これなんてどうだ?!」
【ペットへの感謝足りてる?鳥のお手入れ魔法】
「いらね…」
「これ、完全にお前用だろ。鳥と天使って何かと似てるし…却下!」
「え〜」
凄くいい実用的な魔法だと思ったんだけどな…
少しみんなで見回した後、アンバーが口を開いた
「師匠!これはどうですか?」
前とは違う圧を発しながらアンバーが迫ってきた。
手に持っている本のタイトルは
【呪いじゃないよ!大切なあの人が自分のことしか考えられなくなる本】
「絶対だめ!」
もうこれアウトだろ。シオンはなぜこんな冷静なんだ…
「アン、お前も自分用だろそれ。」
「お前らちゃんと真剣に探せ!まったく…俺はこれにする。」
【基礎魔法&自己強化の呪文がのっている本】
シオンはすっと本を差し出し見せてきた。
なんとも普通のセンスだ。…なんて思っていると、拍手の音が聞こえてきた
「その本は基礎も沢山乗っていて応用も効きますし、便利で実用性もある…最高のセンスです!!」
いや、それはそうだと思うが…そこまで感激しながら褒めることじゃないだろ。まぁ確かにシオンは割とセンスない節あるし、The王道で便利な本を選んだのは褒められるものかもしれないな。
「さて、次は無くてもいいけどあった方がいい僕のおすすめアイテムの紹介です!」
アンバーは自慢げな表情をしながら、商品を指さした
「この辺のやつです!」
そこにはキラキラとした宝石が付いている指輪やピアス、ネックレスなど色々なアクセサリーが並んでいた
「ふむ、アクセサリーのような形をしているが…これはどんな効果があるんだ?」
「これは魔力を貯めておける道具です!この世界では魔法の威力は込める魔力の量に比例します。なので魔力が低い人は低火力しか出せません。けど、ここに貯めておけば貯めた魔力を使い高火力な魔法を出せるんです!」
アンバーは一息で言い切った。なぜこいつがこんなに自慢げなのだろう?
「へぇ、便利だな。安いし、買っておこう。」
「えへへ、そうでしょう!ありがとうございます!実はこの道具、僕の父が作ったんですよ!」
あぁ、だからさっきから自分の事のように誇ってたのか。……そういえば、こいつの家族や友達どころか知り合いの話すら聞いたことがない。それにそこまで大きくないこの町をこんなに歩いていて、一度も知り合いに合わないことなんてあるか?ふと、そんな疑問が頭に浮かんだ。…ま、私だけで考えていても答えなんて出るわけない。これは後回しにしよう。今はやるべきことがある
「これとかどうだ?」
「とてもいいと思います!」
「ダメだダメ!ダサいよ!」
…と、シオンのセンスの無い選択を止めつつ長時間なやんだ結果、紫色の小さな花のヘアピンに落ち着いた。
会計を済ませ、店を出た。外はもうすっかり暗くなっている。宿まで歩きながら雑談を交わす。
「そういえば、アンはジョブあるのか?」
「いえ、ジョブどころか戦闘に触れたことが1度もないです!」
「じゃあ、今考えちゃおう。なにか希望はあるか?」
「いえ、まったくないです…」
「呪術師はどう?向いてそうじゃん。人呪ってそうだし」
「どういう意味??」
私は半笑いで言った。するとアンバーは少し怒ったようにこちらを見つめている。
「いや、結構いいんじゃないか?呪術師。気持ちの強さで技が強くなるジョブは結構ある。俺が経験した限り、どの世界でももれなく呪術師はそれの最たる例だったぞ。アンは感情重めなとこあるし向いてそうだ」
驚いた。バカにしたつもりで言ったのだが、本当に向いていたらしい。
「じゃあ僕、呪術師になります!」
「そうか。ま、ジョブ選択はその場の勢いも大事だ。買い物は基本済んだし、明日から稽古つけてやるよ。一応師匠だしな。」
「本当ですか?!?!嬉しいです!!」
「あぁ。明日は宿集合な。それまでに必要なもの揃えておけよー」
「はいっそれでは、また明日!おやすみなさい師匠!」
「ああ、おやすみ。」
2人の話を聞いていたらいつの間にか宿の前に着いていた。アンバーは怖いくらい上機嫌に帰っていった。よかった、普通に帰ってくれて…昨日みたいに一晩中張り込まれたらどうしようかと。
「じゃあ、行こうかテン」
「そうだな!」
「ふぅ、やっと一息って感じ。」
「今日は色々あったからな。」
何個かはシオンのせいだけどな。そんな言葉を飲み込みつつ、今日ずっと思っていたことを口に出す
「シオン、仲間は作らないと言っていたのになんでお前が私やアンバーをすぐ受け入れたのかずっと考えてたんだけど。」
「え?」
「お前…自分が少しでも好感持った相手に絆されやすすぎ。」
「や、そんなことは無い…と思う。」
シオンはぐうの音も出ないのか、視線を泳がせ言い訳を考えている。
ま、無意識だろうと思っていたが。恐らく色んなものを見てきた自分の審美眼に自信があるからこうなるんだろうな。ま自分が好感を持った=信用できると思っているんだろう。まあ今少しでも自覚してくれただけでも大きな進歩だ。
「…ま、それは直してくれればいいとして。
……アンバーのやつ、過去になにかがあったような気がするんだよな」
「ああ、俺もそう思う。言葉の節々から思い過去の記憶を感じる」
「うーん、やっぱり今言ってないってことは言いたくないのかな」
シオンは難しい顔をした後、なにか閃いたかのように顔を上げ言った
「……それか忘れてる、もしくは自分にとって嫌なことだったという自覚がない…とか?」
「そんなことあるのか?」
「あぁ。人間は凄く嫌なことがあると、自分を守るための何かが起こるんだ。別の人格が出来たり、嫌な記憶をなくしたり。」
人間はそんな事があるのか。…いいな、少し羨ましい。
「ま、この話は一旦保留だ。俺らの推測で語るような話じゃないしな」
同感だ。それに、今日はもう眠い…
「それじゃあ、もう寝よう。アンの事については明日!おやすみ、テン」
「ああ。おやすみ、シオン」
…今日、ずっと考えていたことがもう1つある。
名前があるというのはやっぱりいいものだ。私の為に人が考えてくれた、私だけの宝物。名前を呼ばれる度胸の奥が熱くなる。人間が名前に執着し、特別な意味を持たせる意味がわかった気がする。
よほど疲れていたのか、そんなことを考えている内にいつの間にか眠りについていた。
〜天界〜
女神が寝転びながらムスッと拗ねた表情をする。
「ねぇ、皆なんか仲良くなーい??妬けちゃうんですけどー」
女神がジタバタと暴れだす。
「しかもあんたの妹ちゃん、テンとかいう名前までつけてもらってるよ!いいのー?」
別にあの子にどんなことが起ころうと私は何も気にしない。それは女神が1番知っているだろうに。
「もー、薄情だなぁ。それに、私にそんな口の利き方して許されるのあんただけなんだからね!気をつけなさいよー」
「…ていうかー、ほんとにいいの?正式では無いとはいえ名前のある天使、2人になっちゃったよ?天ちゃん♡」
はぁ、本当に面倒な神だ。私は気にしないと言っているのに。
「まーまー、そうピリピリしない!一緒に現世眺めよー」
そういい強引に私を引き寄せた。…人をイラつかせるのが得意なやつ。
〜第3話完〜




