第2話 愛と狂気の中間
朝、窓から光が差し込んでくる。シオンは眩しくて顔をしかめている。ふふ、こんな朝も悪くない。天界は太陽より高いところにあるし、日が昇ることなんてない。なんだか新鮮だ。
それに、こんな早朝から異世界で本を書くことになるとは思ってもみなかった。そういえば、女神は天使たちに向けて出版するとか言ってたけど…何のためなんだ?少し疑問を抱えつつも、異世界の気持ちのいい朝に浸っていると先程までぐっすり眠っていたはずのシオンががばっと勢いよく起き上がった。
天使「お。おはようシオン。寝起きいいんだな…」
ジャッ
寝起きも寝付きもいいことに感心しかけたその時、シオンは勢いよくカーテンを閉めてすごいスピードで布団に潜り込んでしまった。
天使「…え?」
数秒後すうすうと寝息が聞こえてきた。相変わらず寝るのが早い。…ていうか今のはなんだ?もしかして朝が弱いのか…?できるだけ音を立てないように近づき顔を覗き込んだ。
天使「おーい…」
全く起きる気配がない。うーん…どうしたものか。女神からシオンからはあまり離れるなと言われてるんだが…この町の中くらいなら自由に行動したって構わないだろう。シオンが起きるまで暇だし、少し町を探索してよっと。
そうして私は気配を最大限殺し、意気揚々と宿を出た。だが宿を1歩出た瞬間、先程までの晴れやかな気持ちは一瞬にして過ぎ去った。恐らく、これがいわゆるドン引きという感情なのだろう。
青年「うーん…さすがにまだ早いか…いやでも」
昨日の青年が宿の前の道を行ったり来たりしている。しかも、たまにシオンの泊まっている部屋の窓をじっと見つめたり。服も昨日と変わっていない。というか、何故泊まっている部屋を知っているんだ…?もしかして、朝シオンがカーテンを勢いよく閉めたのはこのせい…?やっぱりシオンは只者じゃないな
色んな憶測が脳内を駆け巡る。軽いシオンへの尊敬の念と重い恐怖を感じた私は、一目散に部屋に戻った。
天使「おーい!シオン!シオンー!起きてー!!」
シオン「んん…」
天使「起きてってば!」ぺちぺち
中々起きない。ここまで来ると逆にすごいな。
シオン「わかったわかった、起きたから…なんだよこんな朝早くに…何の用だ?」
やっと起きたか。シオンが起きただけで、かなり安心感を感じる
シオン「今何時だ?」
天使「えーと…7時だと思う」
天使は時間の管理を行うことがあるので、全員いつでも正確な時間が分かるようになっているのだ。羨ましいだろう?
シオン「はっや。あと5時間は寝れるな。」
そう言いながらシオンは再び布団に潜り込んでいった
天使「ちょ、ちょっと待って!寝すぎだし、ちゃんと用事もあるから!」
シオン「…なんだよ」
天使「昨日の青年、いるじゃん?」
シオン「あぁ、多分俺に惚れてるやつ」
天使「そう。明日また会うことになるとは言ったけど…さっき散歩しようと外に出たらいたんだよ!あいつが!」
シオン「…は?流石になにかの間違いじゃ…」
天使「たまにここの窓を覗いたりしてたし…!昨日と服も変わってなかった。多分一晩中見てたんだよ…!シオン、待ち伏せされてるよ!」
シオン「いやいや、んなわけ…」
シオンはカーテンを少しめくり、半信半疑で外を覗いた。すると…
バチリ
シオン「やべ、」
ちょうど窓を見ていたところだったようで目が合ってしまったらしい。シオンは素早く身を隠した。だが、あれは気づいているだろうな。
天使「ほら、いただろ!あいつ逃げ出したし!確信犯だ」
天使「……て、いうか。私は朝勢いよくカーテン閉めたのあの青年の行動を察知してだと思っていたんだけど…」
シオン「いや全く。眩しくて寝づらいから閉めただけだ」
天使「そ、そうだったんだ…」
先程青年への恐怖と一緒に抱いたシオンへの尊敬の気持ちは一瞬にして消え去った。
シオン「さて、どうしたもんか…この町にはもう少しいたいし。」
私は窓の外をちらっと覗いた。
天使「やっぱり面と向かって抗議するしかないんじゃないか。」
シオン「それしかないか…」
自信を持ってそういえる。なぜなら…
天使「あいつ、さっきバレたのにもう戻ってきてるよ」
シオン「うわ…ほんとに真正面からいって平気か…?」
私だって無責任にいっているわけではない。シオンならどうなっても危険はないと思ったからこその提案なのである。信頼の証だ。
シオン「ま、このままじゃいつまでも宿から出られないしとっとと行きますか」
シオンはトン、トンと優雅に階段を降りていった。少し奥の方で、青年がソワソワしているのが見える。シオンが階段を降りきった瞬間、青年が偶然を装い前の道を通りかかった。偶然にしてはタイミング完璧すぎるだろ。必死だな。
青年「あ、し、シオンさん!偶然ですね!おはようございます!」
シオン「あら、昨日の…本当に偶然ですね。おはようございます。」
2人は挨拶を交わし、軽い雑談をしていた。2人とも中々演技が上手いな。
少し、他愛もない話を交わした後、痺れを切らしたのかシオンが本題に入り始めた
シオン「あの、少し確認なのですけど…」
青年「はい?」
シオン「あなた朝、私の泊まっている部屋の窓を凝視していましたよね?」
青年「……え?」
こいつ、さっきバレたの気づいたはずなのに何を驚いているんだ?シオンに何も変わった様子は無いしこの話はされないとでも思っていたのだろうか。
シオン「待ち伏せまでして…目的はなんなのですか?もしかして、私に惚れて…」
青年「そうです!!」
青年の大きな声が町に響いた。町の人々は驚き青年の方をチラチラと見ている。
青年「やっぱり、気づいてくれましたか…!!そうなんです!昨日、困っているあなたを見かけて!一目惚れしてしまったんです…!!」
シオン「へ?」
青年がどんな反応をするか、色々と考えてはいたがこれはさすがに予想外だった。言い訳を始めるどころか自分からペラペラ喋り出すとは。やはり怖い…
青年「やっぱり、僕が見てたのも気づいてくれてたんですね!!わざわざ僕一人のことを見てくれたってことですよね?!それにそれに、僕があなたに惚れてるって予想してたってことは一瞬でも、僕だけのことを考えてくれてたんですよね?!ぇへへ、嬉しいなぁ。」
そう言った時の青年の笑顔は、歪みきっていた。
シオン「ごめんなさい。あなたの熱意は伝わりましたが気持ちには応えられません。出待ちも迷惑なのでやめて頂きたいです。」
青年「熱意が伝わった?!迷惑?!その気持ちを僕に向けてくれているだけで嬉しい…!!」
青年「…ってすみません!こういう所がダメですよね!僕、1度熱が入ると止まらなくなってしまって…あ、もちろんあなたを好きなのは事実なんですけど!」
青年は先程までの圧が嘘かと思うほど落ち着きを取り戻していた。
シオン「いえ、わかって頂けたなら結構です。それでは」
シオンは別れを告げすぐに歩き始めた。これで一件落着だな。…そう思ったのだが
青年「ごめんなさい!やっぱ諦められません!」
シオン「…あ?」
しつこすぎるだろこいつ…!!シオン、素の口調出てるけど大丈夫か?
シオン「……そうですね。では。こんな所で話すとではありませんし。一旦私の部屋に行って話しませんか?」
おいおい、こんなに執着してるやつ部屋に呼ぶなんて大丈夫か…?…いや、シオンの事だし何か考えがあるんだろう。信じて見守ろう
青年「いいんですか?!ぜひ!」
シオン(ま、逃げても追いかけられるだけだしな。1度きっちりと線引きしておこう)
シオン「…さて。話さないといけないことがある。えーと、実はな…」
ついて早々、シオンは話を切り出した。
シオン(…はぁ、この話人にはしたくないんだけど。しょうがない。大丈夫。こいつは他人だし…前のやつらとは違う。大丈夫。大丈夫…)
シオン(これを打ち明けたら、絶対諦めてくれるだろう。そのために、頑張ろう。)
シオンは少し怯えたように眉を顰め、指の震えを抑えるように手をギュッと握っていた。少しして呼吸を整え、怯えを振り払うように笑顔を浮かべたがいつもの上手な笑顔と違い引きつり、目元には影が浮かんでいた。
シオン「実は私…いや、俺は転生者なんだ。元男のな。」
青年「……え?」
シオン「なぜだか女神に気に入られちまってな…何度も何度も転生させられているんだ。それも毎回女。」
シオン(あぁ、やばい…声が震える。目が合わせられない。言葉が喉に引っかかる)
シオンの呼吸が、少し早くなる。
シオン「気味悪いだろ?だか、だから…俺のことは、あきらめ」
青年「え?それくらいで諦めたりしませんけど」
シオン「はっ?」
青年「元男とか全然大丈夫です。過去も含めた今のあなたが大好きなので。たとえ何度転生してもついて行きまし、転生先で世界を滅ぼすことになってもお手伝いします!」
青年は先程の歪んだ笑顔とは程遠い、爽やかで明るい笑顔をしてみせた。
シオン「そ、そうか。」
青年「はい!」
シオンはとても驚いた顔をしていた。だが、その裏に安心の表情が浮かんでいる気がする。
シオン「でも、やっぱり恋愛は無理だ。……ごめんな」
青年「そう…ですか。わかりました。迷惑はかけたくないので、恋愛は素直に身を引きます。失礼しました」
そう言い、青年は静かに部屋を出ていった。迷惑かけたくない、って。もうだいぶ迷惑だったけどな。それに恋愛は身を引くって…なにか引っかかる言い方だ
天使「やっと解決したね!もう、見ててヒヤヒヤしたよ〜」
シオン「ああ、そうだな。ごめんごめん。」
面倒なことが片付いたというのに、シオンはどこか寂しそうな表情をしている。何故だろうか?人間の気持ちを理解するのは相変わらず難しい。
シオン「さ、少ししたら買い物に出かけよう」
天使「そうしよう!楽しみだ!」
そんな会話を交わし、数分経った頃。そろそろ行こうかと出かける準備をしていた時、ドタバタと大きな足音が聞こえてきた。大きな足音は、シオン達の泊まっている部屋の前で止まった。嫌な予感がする。
バンッ
ドアが勢いよく開き、それと同時に青年が遠慮なく入ってきた。やっぱりか。
青年「こんにちはシオンさん!もう恋愛感情は捨ててきたので、あなたの弟子にしてください!」
シオン「またお前か。」
青年「はい!」
いやいや、はい!じゃないだろ。さっき振られたばかりなのにメンタルはどうなっているんだ。それに、あんなに執着してる付きまとってきたやつがこんな短時間で恋愛感情捨ててきた?信じられるわけないだろ。
シオン「すまないが…流石に信じられないな。さっきまでなん何すごい熱意を持っていたのに」
ほら、意思疎通を全くしていないのにシオンも同じことを言っている。
青年「いえ、僕感情を捨てるの得意なんです!さっき町を思いっきり走って恋愛感情をスッパリ切り捨ててきました!今は尊敬の念しかないです!」
怪しすぎる…どうせ嘘だろう。よっぽどの事がない限りそんなに即感情を捨てれるわけない。
シオン(なにか引っかかるな…こいつも、俺と同じで過去になにかあったタイプかな。少し同情してしまう)
シオン「ま、まあそこまで言うなら…信じようか」
天使「んなわけあるかー!!」
シオンが青年に押し負けそうになっているところを見ていてもたってもいられなくなり、気がつけば私は勢いよく2人の前に飛び出していた。
シオン「あ?!おい、ちょ、今出てくると…!」
青年「…どなたです?」
まずい。つい飛び出してしまった。青年から凄く怪訝そうな目を向けられている…そりゃあそうだろう。気配を殺していたから、私は急にどこからともなく現れた謎の人物ということになる。そう思うと、逆に冷静すぎるなこいつ。
まぁ、バレてしまったならしょうがない。自己紹介をしてやるか
天使「私は天使。女神さまからシオンの旅を記録する使命を言い渡されたので、旅に同行している。」
直で話すと、なぜだか急に怒りが湧いてきた。
天使「隠れていただけで最初から居たから全て知ってるんだぞ!お前なんか信じられるわけないだろ!シオンもすぐ受け入れようとして!」
シオン「別にすぐ受けいれたわけじゃ…」
青年「なるほど。シオンさんと2人きりで和気あいあいと話していたと思っていましたが…邪魔者がいた、と」
青年は口調こそ落ち着いていたが、表情は怒りを抑えきれておらず、すごい圧を感じた
天使「ぴゃっ」
思わずシオンの後ろに隠れる。天使だからと言って、強いと思ったら大間違いだ。
青年「おい…そこから離れろ」
安全地帯に移った途端、さらに大きな圧が私目掛けて飛んできた。シオンに目線を合わせ、SOSを出す。
シオン「まあまあ、一旦落ち着けって。説明しなかったのは悪かったよ」
良かった。私の必死のSOSはしっかり伝わったようだ。
青年「いえ、全然!シオンさんが謝ることじゃないです!」
青年はシオンが話し出した途端視線を天使からシオンに移し、先程までと全く違った表情をしていた
こいつ、さっきまでの圧はどうしたんだよ。シオンに話しかけられた途端子犬みたいになりやがって。これは素なのか?それとも好感度アップを狙った演技なのか?どちらにせよやばいのは同じだが…
天使「シオン、絶対こいつ下心あるって!」
青年「いえ、本当に!無いと誓います!」
シオン(あぁ、ダメだ。Noと言いきれない。まだまだ甘いな俺も。自分と似たような過去があるかもしれないってだけなのに。)
シオン「……わかった。そこまで言うなら、これから数日俺たちが町に滞在している間、お試し期間として弟子になっても構わない。」
シオン「だが、変な言動をしたら弟子入りはなしだ。どうだ?」
青年「いいんですか?!ぜひ!!やらせてください!」
シオン「ああ。何度も転生しているからな、俺の目は鋭いぞ。気をつけるんだな」
シオン「お前も、それでいいな?」
天使「わかったよ…ただ、厳しめで行くからね!」
シオン「ああ。」
シオン(まぁ、どうせこいつも途中で居なくなるかもしれないしな…前のやつらみたいに)
お試しとはいえ、結局弟子入りしてしまった…こんな激ヤバ男が。本当に大丈夫なのだろうか?…まあ決まってしまったものは仕方ない。少しでも変な気を起こしたら即制裁を下してやる…!(シオンが)
〜第2話完〜