カスミソウの位置
カスミソウって、花束の中でよく“脇役”って言われるけど、
実は一番空気を柔らかくしてくれる花なんだ。
誰かの言葉の隙間や、沈黙の時間を、やさしく埋めてくれるみたいにね。
ぼくは、そういう花が、いちばん頼もしいと思ってる。
ある晴れた午後、工房にひとりの高校生がやってきた。
制服のポケットには少しくしゃくしゃになったメモ用紙。
手には、カスミソウの小さなブーケ。
「……すみません、ここって“花の順番”とか、わかるんですか?」
言い回しが少し不思議で、千華は一瞬考える。
けれど、すぐに手元のブーケと、その微妙な並びに目を留めた。
「順番、っていうのは──もしかして、花束の中の?」
「はい。……クラスの子の誕生日に、みんなで1輪ずつ選んでブーケを作ったんですけど……
ひとりだけ、“最後に選ばれて真ん中に入ってた”って、すごく怒ってて」
カスミソウを選んだのは、その高校生だった。
本人は「ふわっとしてて、全体をつないでくれる花」として選んだつもり。
でも、怒った子は「最後の余りもの」「主役じゃない」と受け取ってしまったらしい。
千華は、工房の奥の温室から一枝のカスミソウを摘んでくると、
そっと試薬の霧を吹きかけた。
「ね、見て。カスミソウって、光に当たると全体がふんわり反射するの。
目立たないけど、花束の中じゃ“空気をつなぐ花”なんだよ」
高校生は黙ってその霧の下に揺れる小花を見つめる。
「順番が最後だったのは、たぶん、花束を閉じる役目だったからだと思うよ。
ぼくは、そういう選び方も好きだな」
高校生は、小さく「ありがとうございます」と頭を下げて出ていった。
数日後。
同じ制服の子が3人、カスミソウの苗を見に花逢に来た。
「ここが例の“花屋じゃないのに花のこと知ってる人”のとこ?」
「でも花束、なんかふんわりしてたよね」
千華は棚の奥から顔を出して、笑った。
「ふんわり、って、いちばん褒め言葉だと思うな」
⸻
その日の夕暮れ、花逢の温室の窓辺で、
小さなカスミソウが風に揺れていた。
ほんのわずかな日差しが差し込んで、
まるで空気ごと、光をまとっているようだった。
千華はそれを見ながら、そっとメモに書き込む。
「脇役じゃない。ただ、“呼吸の場所”だっただけ」