肉の夢
水槽脳夢世界
アンネローゼ・アイルホルンの幻想物語
肉の夢
あながち間違いでは無いけれども、的外れ
ドレスコードが一周回って、それ程重要な意味をなさなくなっていそうな程の、
圧倒されてしまう高級感を出すお店の前で、若い男女四人組が立っていた。
山奥の、「The 隠れた名店」のような立地なため、随分と息切れしていたが、
店の景観を見て、絶句する。
「・・・ここ、凄い高いお店ですよね?」
茶髪よりの金髪の女性が、思わず予約者―ビアンカ・フロレスクに声をかける。
だが、その当の本人は、その言葉の真意に気付かず、ドアを開けようとする。
思わず、アンナリースが口を開く。
「・・・ビアンカ。
一体、どれくらいの店貸し切りにしたの…?」
「え?この1軒だけですよ?」
「あ、そう言う事じゃなくて…
・・・何て言うんだろう。
このお店の最低料金はいくら…?」
「あ。そういうことですか!
大丈夫ですよ!
私の家族のお店ですので!!」
「そういうことじゃなくて…」
勘の鋭さか、それとも所得の違いかは分からないが。
感性が違うのだと、受け取っておこう。
いつも、この調子なのだから。
「あ、大丈夫ですよ!!
融通を聞いてもらっていますが、ちゃんと払うべきものは払っていますよ!!」
そのあたりの常識はしっかりしているので、生活の支障は一周回って出ていない。
もはや出ていた方が、本人も気づけて良いのではないかと、
周囲から思われてしまっているのは、御愛嬌。
「そう言う事でもなくて…」
「・・・あ、あの!」
「どうしましたか、エミリアさん?
・・・あ、もしかして、お肉嫌いでしたか?
ベジタリアンでしたか…?」
大切な配慮であるが、食事に誘う前にチェックしておくべきである。
「肉専門店」と言う程の「肉料理」を前面に出している店だ。
勿論、サラダ等もしっかりしているが、そう言う問題ではない。
一人だけサラダをつつく羽目になる人の気持ちを、考えるべきだ。
「いえ、そう言う事ではなくて。
え、エーベル。」
エミリア・アイルホルンは、弟の名前を呼ぶ。
姉にこっそり、自身のスマホを見せていた弟―エーベルハルト・アイルホルンは、
先程姉に見せていた画面を差し出しながら、令嬢に声をかける。
「・・・あのー、フロレスクさん。
まさか、このお店じゃないですよね…?」
「あ、そうそう、これです。
このお店ですよ?」
「・・・どうしよう、エーベル。
私、ドレスコードなんて、知らないんだけど…?」
「・・・姉貴、落ち着け。
とりあえず、テーブルマナー講座を今のうちに叩きこめ。
あと、遠慮する心を、よくよく叩き込むんだ。」
「ちょっと、私が
『もう食べれないだろうから、ちょっとがめつくても、後悔ないよう食べよう』
とか言う、ハングリー精神の持ち主だとでも?!
そこまで食い意地は張っていn」
「俺、ヤマダさんとの会食、未だ忘れてないからな。」
「あ、あの時h」
「お二人ともー?
入らないのですかー?」
声の方向を見ると、既にビアンカはドアを開けて入っていた。
恐縮そうに入るアンナリースを、無常にも先に入らせて、
自分は気づいていない二人に声を掛けているのである。
「人の心が無い」と言うより、「人の心が分かっていない」。
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「・・・それで、
『証拠となる品を、持って来る』
と言う話でしたよね?」
「はい。」
そう言って、エミリアは机いっぱいに書類を並べさせる。
肉料理は、片付いていない。
別のテーブルだ。
貸し切りなので、こんな事も、出来てしまう。
持って来たのも、鞄から出すのも、エーベルハルトだ。
「・・・戸籍、ですね?」
その中の一つを手に取る。
「偽造では、なさそうですよ?」
お肉を頬張りながら、隣のテーブルにやって来るビアンカ。
「なんで、見ただけで分かるのよ…
・・・『養子』?」
「はい。」
「エミリアさん達も?」
「そうです。」
「補足をすると。」
ここでようやく、エーベルハルトが口を開ける。
「俺達は『全く血が繋がっていない』って訳じゃ、ありません。
俺と姉は、実の兄妹、俺達とアンネローゼは、腹違いと言うか、
父親違いの兄妹、俺達の養母・養父は、俺達の叔母・叔父です。」
「ナイス補足。」
「・・・姉貴の言葉は、足りなすぎるんだよ。
ったく…」
「・・・そう言えば、変わっていますよね、名字。
『アイルホルン』って。」
他の書類を手に取るアンナリースとは別に、ビアンカがずっと気になっていた事を口にする。
「まぁ、驚かれる事も、多いですね。」
書類の補足に追われる姉に変わり、弟が答える。
「・・・そう言えば、なのですが。」
そう言って、ビアンカも書類を取り出す。
「・・・これ、お二人ですよね?」
「・・・どこで、これを。」
明らかに、その声は、動揺している。
ビアンカがエーベルハルトに見せた書類。
それは、1冊のファイルだった。
彼女はぱらぱらと、めくり、あるページを見せたのだ。
そのページを見た途端、動揺し始めた。
当然だろう。
まだ2回しか会っていない人間が、
自分の経歴―小学校、中学、高校、大学、表彰歴、果ては、在学中の部活動までも、
事細かにまとめていたのだ。
「あら、お二人は、有名ですので。
私の家族も、貴方方をスカウトしているのですよ?
・・・いやはや、羨ましいです。
姉弟揃って、全員『天才』なんて。」
そのページには、「アイルホルン姉弟の大学や経歴」以外に、
姉弟に関する記事の切り抜きが、大量に、無造作に保管されていた。
「偶々です。
それに、姉貴とアンネは確かに『天才』だけど、俺は全然ですよ。」
「あら、何故にそのような事を?
・・・やはり、お母様の存在ですか?」
「っ…!」
明らかに、動揺している。
「書類のテーブル」のエミリアも、思わず書類を落としてしまう程の、動揺である。
「・・・ビアンカさん?
今、何と…?」
その質問には答えず、また別のファイルを取り出す。
「アンゲリカ・アイルホルン。
貴方方を産んだ女性ですよね?」
そこには、先程と同じような形式の情報があった。
そして、先程―姉弟のファイルでは「表彰」や「業績」を称え、紹介する記事だったページが、
ショッキングかつサディスティックな事件を取り上げる新聞記事となっている。
「・・・『アンゲリカ・アイルホルン』って、あの?!」
「・・・ど、こで。そ。・・・そ、れを?」
「・・・エミリアさん。
警戒しているのは、アンナリースさんだけでは、ありませんよ。
私も一応、警戒しているのです。
アンネローゼさんに、何かおかしな事をしようとする輩は、大勢居たので。」
「・・・正しい事だと、思います。
正しい事ですがっ…!
・・・私達とあの女は、今となっては、無関係です!
それに…。」
そう言って、エミリアは目線でエーベルハルトを指す。
そこでは、パニックを引き起こしている青年の姿。
「エーベルの前で、言うのは、やめて下さい…!
エーベルはまだ、割り切れていないんです…」




