トイレの夢
水槽脳夢世界
アンネローゼ・アイルホルンの幻想物語
トイレの夢
これと言った実害は、たった一つ、これだけですので
「夜中、トイレに行きたいが、怖くて行けない。」
子供の頃にこれを経験した者は恐らく、多数派だろう。
トイレとは、我々人間の生命活動上において、切れない場所だ。
我々は排泄をしなければ、毒で死ぬのだ。
そのため、幼子であろうと、オムツが取れれば行かなくてはいけない場所である。
そのため、トイレとの付き合いは、長い。
それなのに何故か、真夜中のトイレに、その存在に。
真夜中、トイレに行くと言う、その行為に。
何か恐怖心を感じるのだ。
きっと、トイレではなく、真っ暗な廊下や寝室、
人の存在を感じられない、寝静まった自宅に、恐怖心を感じているのではないだろうか。
つまり、私が言いたいのは、トイレに行くこと自体は、怖くもなんともないのだ。
別に、私は幼子ではない。
もう、ウイスキーを飲んでも、怒られない年齢なのだ。
ビールもワインも、嫌いだったが。
だが、トイレに行くのを、十八歳女児の私が躊躇う理由。
それは、今この家には、私以外の人間が居るから。
少し前から、私の家には、記憶喪失者を、預かっている。
「何故私の家に?」。
アンサー:私が発見したから。
ここ数年、記憶喪失者(認知症は関係ない)が、増えている。
SNSでは、「秘密結社の暗躍だ」と騒がれていた。
今も、だけど。
そのせいで、より一層、若者のSNS利用の取り締まりが、厳しくなったのが印象的だ。
よく、今でも、ニュース以外でも、資料映像として流される、
「『自由の侵害』と言い、デモの真似事をしていた彼ら」は、今何歳なのだろうか。
無事に就職できたのだろうか。
でも、記憶喪失者は、身の回りに居なかったのだ。
あくまで、若干ネットミームの彼らも、胡散臭い陰謀論者達も。
あくまで、画面の向こうの存在だった。
まさか、本当に出会うとは、思っていなかった。
結構ボロボロだった。
手錠を嵌められており、その上。
身体のあちらこちらに、乾いた血痕(恐らく彼女の血)が付いていた。
大変、不衛生な環境だった。
正直、あの法改正の時のデモ行進に、タイムスリップ出来るなら参加したい。
かと言って、私も、幼気な少女を見捨てられる程の合理性は、身に付けられていない。
と言うか、見捨てる事は、キャサリンさんからの信頼を溝に捨てるのと、同義だ。
何故ここでキャサリンさん―アメリカの大学教授で、専門の建築以外にも、
様々な分野で功績を残している、
現在のダヴィンチ:キャサリン=ムーアが出て来るのかと言うと、
件の記憶喪失者は、私とキャサリンさんが見つけたからだ。
事の経緯は、長くなる。
なので、スキップする。
キャサリンさんが連れ帰る事は、出来ない。
他国に連れ出すことは、原則出来ないからだ。
と言う訳で、消去法で、私。
かと言って、悪い事ばかりでは無い。
彼女が代わりに買い出し等の家事をしてくれる事で、断然楽になった
(何故かアナから、「こんな小さい子を一人で外に出歩かせるな」と怒られたが)。
そして何より、掃除をしてくれるのが、有難い。
だけど、預かった時は、まさかこんな弊害があるとは思わなかった。
流石に、人に醜態を晒す事は出来ない。
人がエづく音と言うのは、何故あんなに、人を起こすのだろう。
しょうがないから、堪えるしかない。
堪えられない事じゃ、無い。
でも、吐いたら、楽になるのだ。
吐かなければ、永遠に、胃をかき混ぜられているような感覚が、続くだけ。
ただ、それだけの、醜態。




