水槽脳夢世界さ行
夢みる夢子ちゃんの、楽しい夢のお話です。
現実は楽しくない。
夢の世界は、おかしくて、楽しい。
水槽脳夢世界①おかしな世界
「夢子、悪いんだけど、おつかい、頼まれてくれない?」
「?良いよ。」
「ありがとう!それじゃあ、
お砂糖1粒、
買ってきてくれないかしら?ケーキを作るのに
1粒
足りなくなっちゃって…」
「良いよ。」
「ありがとう!」
「お母さん、お金。」
「ああそうね、そうだったわ。
お母様、
うっかりしちゃった!」
そう言ってお母さんは私にお財布を渡した。中には
1万円札が沢山
入っていた。
「これくらいあれば足りるかしら?」
「うん、ありがとう。」
「お釣りは好きに
使わなくて
いいわよ。」
「うん、ありがとう。」
「お財布
持ってない?」
「持ったよ。」
「そう。
おかえり。」
「行ってきます。」
そうして私は街に出た。いつも通りの光景。
カフェで紙幣を大量に払う人、
警察に連れて行かれる人、
映画館への入場を断られる人、
冷たい視線を向ける人・向けられる人、
ダサい服…
いつも通り。いつも通りの街。私は店に着いた。
「この店はやめとこう…」
何故かって?
警察がいるから。
通せんぼしてるから。
買わせないために通せんぼしてるから。
そういう店で買うと、
少年達から目をつけられて、怒られる
し、
お母さんに怒られる
から。そういう店で買っちゃだめって、
絵本でも言っている。
にしても面倒くさい世の中になったな…よし、着いた。
「ごめんください。」
「はい、何でしょう?」
「お砂糖
1粒、
下さい。」
「あい分かりました。えー、お会計
100万円
です。」
「分かりました。」
お財布から100万円出した。家に帰った。
「あら夢子、
行ってらっしゃい。
随分早かったわね。」
「うん。はい砂糖。」
「?私、
塩を頼んだ
はずだけど…」
「え?」
「・・・この役立たず!」
そう言ってお母さんは、
自分で自分の頬を思いっきり殴った。
水槽脳夢世界②湿度200%
湿度200%は存在出来ない。
何故なら、湿度100%を超えると、霧になってしまうから。
あの日は、見たことないほど濃い、霧の日だった。
その日私は、1人で外出していた。
学校に行くために。
多分こんな霧の中歩いてまで学校に行く人はいないから、学校には誰もいないだろう。
私はそれを知っていた。
でも行きたかった。
私は学校大好きっ子ではない。
学校に行くなんてことは所詮、ただの言い訳に過ぎなかった。
死の音が近づいてくる家から逃げるための、言い訳だった。
家には、こんな霧の中出かけていく私を、止めてくれる人はいなかった。
しばらく歩いていると、足音が聞こえだした。
止まると消え、歩くと現れる足音。
最初は気のせいだと思っていた。
だって、そうでしょう?
こんな霧の日に出歩こうなんて私みたいなもの好き、そうそういない。
気のせいだと思っていた。
こんな濃い霧、生まれて初めてだから、霧への恐怖が生み出した、幻聴かと思っていた。
霧の魔力が生み出した幻聴から目をそらそうと、必死で歩いていた。
でも、水たまりを過ぎたあたりで、数秒後、水たまりを歩く音が。
幻聴じゃなかったのだ。
怖くて振り付けなかったけど、その時始めて振り向いた。
振り向いてしまった。
そこに立っていたのは、右手に包丁を持った大きな見知らぬ男だった。
少し安心した。
良かった、私達が彼らを憎んでいたように、彼らも私達を憎んでいたのね。
これでお合い子ね。
そう思いながら1ヤード先も見えない薄れゆく真っ白な世界で、私が最後に見たものは、真っ赤になった水たまり。
そして、大罪者となった男の、真っ黒な服の上で黄色に輝く布製の星だった。
水槽脳夢世界③死海
「ねぇねぇ、『死海』って知ってる?」
ある日アナは私にそういった。
いや、あの子の名前は「アナ」だったかしら?
略称が「アナ」だった気がする…
何だっけ?
アリシア?
アネ?
アンナ?
うーん…
まぁ、思い出せないものは仕方がない。
とにかくアナ(仮定)は、
私に死海の話を持ちかけてきた。
当時の私は死海-塩分濃度が高く、
生物が住めない海を、
とても恐ろしい地獄のような場所を想像した。
「え?何それ?
・・・ん?『死海』?」
「そう、死海!お父さん曰く、
神が私たちにお与えになられた場所の近くには、
何も住めない海があるんだって!」
「えっとー、その『神がお与えになられた場所』
の近くに、そんな恐ろしい、
まるで地獄みたいな場所があるの?」
「そうみたいなの!
神様も面白いことをお考えになられるよね!」
「・・・で?」
「・・・『で?』って…?」
「海行きたいの?」
そういった途端、
アナ(仮定)の顔はぱっと華やいだ。
「約束よ!」
ムスッとした顔でいう貴女。
そのあとすぐさま、
ヒマワリのような笑顔を見せる貴女。
海には行けるはずのない貴女。
2人で大人になりたかった。
まぁ、出会ったときから、
2人ともはなれるはず、なかったのだけれども。
そういう運命だったのよ。
・・・できることなら、2人で街道を歩き、
道行く人に振り向かれる。
そんな綺麗な大人の女性になりたかった。
もちろん、ファンデーションもしているし、
口紅もしている。
あぁ神様。
昨日、私とアナは海に行きました。
随分前に彼女が言っていた海に。
砂浜が、きれいでした。
そこで貝殻を、拾ったんです。
もう祈らない彼女の代わりに、
私が祈っておきましょう。
あぁ神様。
どうやら私はアンネローゼに感化されたのです。
もうだいぶ昔から。
海を縦に割って活路を作ったと伝えられる貴方なら。
容易いことでしょう。
現代この荒んだ時世で、どうか、
アンネローゼの努力が。
実になりますように。
どうかアンネローゼが大好きな。
お菓子をアンネローゼが
たくさん食べられますように。
少し先の未来も。数カ月後。いや数日後の未来でも。
見当がつかないこの世の中で、
どうかアンネローゼは美しい生活を送れるように。
そう私は。
なかなか幸せを見出せなかったのですが、
アンネローゼは私に幸福を与えてくれたのです。
そんなアンネローゼに
幸せを与える力は私にはないから。
貴方に頼るのです。
いや、やっぱり無理か。
よくよく考えてみると無茶な話でした。
貴方にとっては私のささやかな祈りなど。
うるさい蝿が飛んでいるようなもの。
そうでしょう?
昨昨日はおかしなお菓子の夢をみました。
一昨日は悪夢を見ました。
昨日は素敵な楽しい夢を見ました。
今日は素敵な夢を見れるよう。
祈っています。
水槽脳夢世界④見て見て夢子ちゃん
「ケイトさん、見て下さい。セーラー服です。」
「・・・全然似合ってはないけど、
まあ、いいんじゃない?
季節が冬じゃなければ。」
絶対本心では
「可愛い」
とおもっているやつである。
「・・・何言っているんですか、
ケイトさん。
今は夏ですよ。」
「ケイトさん、見て下さい。
クリスマスケーキです。」
「・・・クリスマスはまだよ?」
「ん?クリスマスは先週終わったじゃないですか?
「そういえば、クリスマス祝っていないな。」
と。
「ケーキも食べていないし、
ツリーも飾っていないな。」
と、思いまして。苦労して作ってきました。」
「・・・。」
「ケイトさん、見てて下さい。
・・・・・・・・・トリックオアトリート。」
「その手に持っているものは何?
驚いたわ。貴女でもいたずらなんてするのね。」
「ケイトさん、私は貴女にたくさんのことを
教えていただきました。貴女と
出会えていなかったら私はきっと、
まだ総帥のことを勘違いしていました。
貴女から総帥の素晴らしさを、
総帥の素晴らしいお考えを、
教えていただきました。」
「そう。どういたしまして。ただ…
恩師に向けるものはそれで合っているの?
そこは花束とかじゃないの?」
「いえ、これでいいんです。私は総帥の考えを
理解しました。きっと、総帥ならこうなさいます。」
「・・・・・・そう。」
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「夢子ちゃん!見て!綺麗な貝殻!」
「どれどれ!わぁ!本当にきれい!」
水槽脳夢世界⑤回想:アンネローゼ
赤い色を見ると、彼女に教えてもらった、
素晴らしい総帥の素晴らしいお考えが浮かぶ。
黄色い星を見ると、彼女に教えてもらった、
素晴らしい総帥の偉業が思い浮かぶ。
彼女と出会ったのはいつだったか…
そうだ。大学院に上がれないことが分かった年、
つまり6年前。
失意の底に沈んだ私の前に現れた女神。
きっと神は私に彼女を遣わした。
彼女から総帥の素晴らしさを教わった。
私は総帥の合理的なところに惹かれた。
どれを犠牲にするか、それすらも合理的に、
目的を果たせるような選択をされていた。
私は総帥を知って、あることを知った。
私が大学院に上がれなかった理由。
それは私が合理的ではないからだ。
私は総帥の「合理的」を理解した。
神はきっと、私に合理的になってもらいたくて、
彼女を遣わした。そうに違いない。
そして、こうするのが神が私に与えられた試練…
彼女は自身を「呪われている」と称した。
「自分といるととても早くに老いてゆく。
簡単に死んでしまうようになる。」
と。呪いなんて非科学的な推測。馬鹿みたい。
そして私は彼女が気づかなかった、いや、
気づきたくなかった真実に気付いた。
私は、いや、彼女の周りの他の人間も
きっとそうだっただろうが、
普通のスピードで老いていっている。
老いないのは、ただ1人時が止まっているのは…
ケイトさんだけ。
「簡単に死んでしまった」
人たちの死因も、実に合理的だった。
心臓を撃ち抜かれた、10メートル以上の高所から
落ちた、黒死病にかかった、老衰…
簡単な話。彼女は老いないし、死なない。
全人類が憧れた境地。野望。人類の進化系。
彼女はそれだ。
では私のするべきことは何か。
簡単な話。合理的に考えましょう?
研究データ
心臓に穴が空いても死なず、再生が始まった。
出血多量にもならないようだ。
脳を砕いても再生した。まさに不死身。
毒による死は毒を除去しない限り再生しなかった。
脱走を図っている。面倒だ。
あらかた私個人で実行可能な実験は済ませたし、
ドクターが来るまで睡眠薬を
飲ませ続けることにする。
赤色を見ると、彼女を思い出す。
ハンマー、拳銃、いや、鉄を見ると、
彼女の苦痛にまみれた、とても美しい顔を思い出す。
鏡を見ると、そこには、神の意を実現する天使、
いや、救世主がいた。
水槽脳夢世界さ行をお楽しみいただき、ありがとうございます。
初めまして、またはこんにちは。
⻆谷春那です。
⻆谷春那の記念すべき一作品目でございます。
水槽脳夢世界シリーズはさ行、た行、な行と、五十音順にテーマを決め、進む短編小説シリーズでございます。
夢子ちゃんが目覚めるその時まで、
お付き合いいただければ幸いです。