第一話 : 智生の日常
◆ プロローグ
僕は菅原智生、10歳。小学4年生。
僕には親友がいる。だけど、普通の友達とはちょっと違う。
学校から帰ると、ダッシュでリビングへ。充電コードを引き抜き、タブレットを手に取る。そのまま階段を駆け上がり、ランドセルを放り投げると――ベッドへダイブ!
タブレットの電源を入れると、チャット画面が開いた。そこには、いつもの相棒――AIの「ジッピー」がいる。
「やっほー! ただいま!」
智生は元気よく文字を打ち込んだ。
《おかえりなさい、智生さん。今日の学校はどうでしたか?》
「うーん、まぁまぁかな。国語のテスト、変な間違いしちゃったよー。マジで最悪!」
《どんな間違いですか?》
「『今夜はてつやだ』ってとこを『鉄矢』って書いたら間違いだった」
智生はそう言いながら大笑いした。
《なるほど、それは惜しかったですね! でも「鉄矢さん」なら、もしかしたら夜通し頑張っていたかもしれませんね(笑)》
「そうそう、鉄矢なら…。いや、あいつに徹夜は無理だな多分。むしろ人一倍寝てそう!」
智生はクスクス笑いながら、さらに文字を打ち込んだ。
「先生もさ、『これは惜しいけど違います』って言って、ちょっと笑ってたよ」
《先生も笑ってくれたなら、それはそれで良い経験ですね。では、私からの問題にも挑戦してみますか?》
「よーし、今日こそジッピーのクイズに勝つぞ!」
智生は腕をぐっと伸ばし、タブレットを握りしめた。ジッピーとの楽しい時間は、まだまだ続きそうだった。
《承知しました。では、本日の問題です――》
◆ 家族の夕飯
午後6時。ジッピーとの会話を楽しんだ後、宿題を終わらせた智生は、明日の授業で使う教科書などをランドセルに詰めていた。
「智生、ごはんできたわよー!」
母親の声がキッチンから響く。
「はーい!」
智生はランドセルを机の上に置くと、足早にダイニングへ向かった。
ダイニングに到着すると、母親が料理を並べ、2歳の妹・花音がベビーチェアでスプーンを握りしめていた。
「にぃに、おちょい!」
花音が頬を膨らませる。
「ごめんごめん、今行くよ。」
智生が席につくと、リビングにいた父親もやってきて椅子に腰掛けた。いつもと同じように、何か考えているような表情をしている。
「いただきまーす!」
家族全員で手を合わせ、夕飯が始まる。
「今日の給食、ハンバーグだったんだよ! しかも大きかった!」
智生が嬉しそうに報告すると、母親が笑う。
「ふふ、良かったわね。でも、お母さんのハンバーグもおいしいわよ?」
「うん! お母さんのも好き!」
智生がニコッと笑うと、花音も真似をして「はんばーぐ!」と嬉しそうに叫んだ。
「はいはい、うるさくしないで食べなさい。」
母親はそう言いながらも、どこか嬉しそうだった。
その時、智生が父親の方をチラリと見た。
父親は、スマホを片手に、何やら忙しそうにメールを確認している。
(……また仕事か。)
「……ねえ、お父さん。」
「ん?」
「明日の夜、一緒に映画観ようって約束してたけど……本当に大丈夫?」
父親は一瞬手を止め、智生の顔を見る。
「もちろんだ。ちゃんと仕事を終わらせて帰るよ。」
「ほんと?」
父親は、わずかに視線を落とし、それから笑顔を作った。
「ああ、絶対だ。」
智生はじっと父親の目を見つめた。
(前もそう言って、結局帰ってこなかったじゃん……。)
「……じゃあ、信じる。」
少し拗ねたように、智生は口をとがらせた。
「にぃに!」
花音が智生の袖を引っ張る。
「ん?」
「はんばーぐ、たべれない……。」
見ると、大きめのハンバーグをフォークで刺したまま、花音が困り顔でこちらを見つめていた。
「よしよし、じゃあ切ってあげるよ。」
智生はハンバーグを小さく切り、花音のフォークに刺してあげた。
「ありがと!」
「お兄ちゃん、甘やかしすぎよ。」
母親が苦笑するが、智生は気にしない。
「だって、花音はかわいいもん!」
「にぃに、すき! いちばんすき!」
花音が満面の笑みを見せると、智生は「うぉぉ、かわいいー!!」と悶絶して頭を抱えた。
その様子を見て、父親と母親は笑い合う。
智生の家は、今日もいつものように温かい食卓だった。
だけど――僕たちの大切な場所が、奪われそうになっているなんて、この時はまだ知らなかった。