9 幼馴染はお人好しである
リリーの幼馴染は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
それを横目で見たリリーは、お人好しとはクリスのような人間のことを言うのだろうと考える。
誰かの苦しみを自分のもののように受け取ってしまう性分は、見ようによっては損なものだ。それが、リリーには酷く愛おしく映る。
ステファン司教の表情や雰囲気からして、クリスが危惧しているような緊急事態ではないはずだ。クリスに声をかける前に、司教が口を開く。
「祈りを邪魔して申し訳ございません、聖女さま。少し、リリーに訊きたいことがありましてな」
「え? リリーに?」
「……わたし、ですか」
司教がわざわざベルを鳴らすくらいだ。クリスに用があるのだろうと思っていたので、リリーは少し意外に思う。
「急を要するというほどではないけれど、ちょっと心配なことがあってねぇ……。ほらリリー、ライラを覚えているかい?」
問われて、リリーは目を瞬かせながらも頷いた。
「去年、孤児院に入った子のことでしょうか」
「うん、そのライラだよ。実は……昼食の時間から、ライラが戻っていないみたいでね」
「えぇっ!」
「それは、心配ですね。……けれど、どうしてわたしに?」
リリーはすでに一度孤児院を出た身であり、今の孤児院の子供たちとの直接の交流はさほどない。
実は、クリスは訳あって子供たちとは距離を取っている。そのため、世話係兼護衛として、基本的にクリスのそばから離れないリリーも同様だった。
ここ数年、クリスが『聖女』の仕事で治療する時以外に子供と接することは稀である。
「ライラはリリーに会いに行こうとしていたようなんだよ。だからもしかしたら、と思ったのだけれど、その様子だと知らないみたいだねぇ……」
「わたしに会いに? 本当ですか?」
「正確には、聖騎士のお姉さんに会いに教会に行く、と言って出て行ったと聞いたよ。でも、教会にいる聖騎士の女の子なんてリリーだけだろう?」
司教の言う通り、この教会の聖騎士は、隣町の聖騎士団から派遣された二人とリリーの計三人。その中で女性はリリーだけだ。
「あの、ステファン司教。その子とリリーって、会ったことがあるんですか?」
クリスが少し遠慮がちに投げかけた疑問は、まさにリリーも不思議だったことである。
リリーがライラの名前や入った時期を知っていたのは、毎年わずかながら孤児院へ寄付をしている関係で、孤児院に子供が何人いるのか、何が不足しているのかなどをある程度把握しているためだ。
何せ、孤児院の敷地は教会のすぐ隣にある。司教からはもちろん、顔見知りの職員から話を聞くこともあるし、時折子供たちの楽しげな声が届いてくることもあれば、教会の奥に勝手に入り込んで注意されている子供を見かけることもある。
しかし何度も言うが、リリー自身が子供たちと接することはほとんどないのだ。
「はい、聖女さま。尤も、リリーはあの子の顔を知りませんでしたからなぁ」
リリーの困惑をよそに、司教はクリスの質問にあっさりと是を返した。
「あれから、丁度一年が経つでしょうか。ハナミズキが蕾を付けた頃、教会の庭園に迷い込んだライラを、リリーが見つけて私の元まで連れて来たのです」
「……?」
「そんなことがあったの?」
「……そういえば……」
去年の今頃、たしかに幼い少女を見つけて、司教の元へ送り届けた記憶がある。
「あの日はたしか……前日に村で落石があったんだ」
言いながら、記憶を辿る。
幸い死者は出なかったが、村の聖魔法が使える者全員で怪我人の治療に当たったその日。
リリーも聖職者として多少は使えたので、軽傷者の治療や応急処置を行なった。といっても本当に微々たる力であり、せいぜい止血程度が関の山だ。
結局は包帯を巻いたり、患部を冷やしたりといった作業がほとんどだったリリーと違い、クリスは休む暇もなく力を使い続けた。
『聖女』の力は祈りによって行使される。聖魔法のように魔力は消費しないが、精神力を必要とするのだ。いつもの何倍も祈り続けたクリスの負担は計り知れない。
「それで、翌日はまだクリスが回復してなくて、花でも摘んで行こうかと庭園に寄って」
「え? ……わ、わかった、あの日かぁ!」
クリスがぽんと手を叩き、「だからぼく、知らなかったんだ」と納得したように呟く。
リリーはいつもクリスのそばにいるので、就寝時など以外では一緒にいないことの方が珍しかった。
「そうしたら、小さな女の子が泣きながら蹲っていたから、驚いて……なんとか慰めて、司教さまのところまで連れて行った。……あの子がライラだったんですね。たしかに、孤児院に入ったばかりの様子でした」
「ほっほ、なんとか慰めたって? ライラから聞く限り、それはそれはスマートな、童話の騎士さながらの振る舞いだったみたいだけどねぇ」
「なんですか、それは。……クリス、どうして頷いているんだ」
「いや、想像できるなって……」
何故か神妙な顔で頷いているクリスだが、リリーに少しばかり人を慰める心得があるとすれば、原因は間違いなくクリスである。
まだまだ経験の浅い子供時代、クリスを慰めるために、リリーはあの手この手で頑張ったのだ。
咄嗟に言葉が出てこずに、黙って隣に座ることしかできなかった初めの頃の記憶を思い出してしまい、リリーは若干渋い顔になった。
「……この話はもういいでしょう。たしかにわたしは一度ライラと会ったことがあります。ですが、どうしてライラがわたしに会いに来ることになるんでしょうか」
「おや、わからなかったかい? ……聖女さまはわかったようですな」
「ええと、まあ、はい……」
リリーは首を傾げる。
「要は、ライラはリリーに憧れてるんだよ。微笑ましいね」
「……はい?」
ほっほっほと笑う司教に、リリーの目は点になった。どこにそのような流れがあったのだろう。
置いてけぼりのリリーを気に留めず、司教は思い出したように表情を陰らせて嘆息した。
「でも、困ったねぇ。そんなリリーのとこにも来ていないなんて……。ここに来るまで会った者に聞いたけれど、誰も見かけていないそうなんだ」
そういえば迷子という話だった、とリリーは表情を引きしめる。
「まだ庭園は見ていないから、そこにいればいいんだけれど」
心配そうに眉を下げる司教を前に、リリーとクリスは目を合わせた。二人の考えは決まっている。
「わたしも探します」
「ぼ、ぼくも……!」
そうして、迷子の少女の捜索が始まった。




