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8 幼馴染はプレイヤーである


 リリーの幼馴染は、何やら斜め上の解答をした。

 『ヒロイン』ではなく、『プレイヤー』だから、とは。リリーが言わんとしていたものとズレているのは間違いないが、気になる言い方である。


 しばし考えたリリーだったが、さっぱり意味がわからなかった。


「……申し訳ないが、それはどういう意味だ?」

「あれ、ごめん、説明したことなかったかも。プレイヤーは、そのゲームを操作する人のことで……乙女ゲームだと、物語に決められた範囲で介入できる読者って感じかな?」

「なるほど」


 乙女ゲームのシステムはほぼ理解していたので、リリーはすんなりと頷いた。


「『せれあま』は育成要素もあったから、『祝福』はヒロインであるクリスの、『プレイヤー』としての役割的な面が出てるんじゃないかと思って」

「……育成要素? とは、なんだろうか」


 一気に何もわからなくなって戸惑ったリリーだったが、クリスとの会話ではありがちなことだ。

 リリーはひとまず冷静に、新出らしい単語の意味を問うことにした。

 クリスはハッとして、「ちょっと待ってね」と少し考え込んでから、言葉を選んでいるような様子で口を開いた。


「前世には、育成ゲームっていうものがあってね。ゲームの中の架空の人とか、動物とか、街とか……まあゲームによって違うんだけど、とにかく何かしらのものを育成するのが目的のゲーム」


 乙女ゲームといい、クリスの前世の世界には変わった遊戯が多すぎると思う。


「育て方もゲームによっていろいろで……とりあえず今は関係ないから飛ばすけど。そういう“育成する”システムが、メインじゃないけどゲーム内にあることを、“育成要素がある”って言ったりするの」

「ということは、『せれあま』は何かを育成する場面があるのか」


 言って、リリーはふと気づいた。

 たしか『祝福』の効果は……使用した対象の能力を高めること。

 それを思い出した途端、するするとクリスの言葉の意味が(ほど)けていった。


「『プレイヤー』は読者のようなもの、だったな。つまり、“物語を進める”ことが役割であるとも言える……のか」


 クリスから先日、それについて具体的に聞いたことといえば、“選択肢を選ぶ”ことだ。しかしそれ以外にも、物語を進めるための、もしくは分岐に関わる条件があるとすれば。


「クリスの持つ『祝福』は、物語を進めるにあたり、わたしのように周囲の人間を強化……“育成する”ためにもたらされた力だと?」

「そう! あ、でも、誰にでも使えるわけじゃない……と思う」

「そうなのか?」

「ゲームの設定のままなら、だけど。『祝福』は、かけられる人との親愛度……仲が良いほど、効果が上がるんだったはず」


 それを聞いて、リリーは少し安堵した。

 少なくとも、見ず知らずの相手に力を使わせられるような状況にはならなそうだ。


「だから、攻略対象である(まじな)い師たちはゲームのクリスと仲良くなろうと積極的に交流してくるんだ。ただ……」

「うん?」

「……ゲームの特性として、攻略対象は全員結構癖が強めっていうか……。『祝福』目当てとはいえ仲良くなりたいのは向こうのはずなのに、全っ然一筋縄じゃいかないの。好感度管理も上手くいかないし……」


 ゲームの内容を思い出してか、クリスは苦渋の表情でぶつぶつと呟き出した。


「……よくわからないが、クリスに何か害があるのか?」

「まあ、場合によっては……?」

「ふむ……。クリス」

「何? どうしたの、リリー………っ!?」


 椅子から立ち上がったリリーを、隣に座っていたクリスが驚いたように見上げる。

 リリーはおもむろにその足元に跪くと、膝に置かれていたクリスの手を大切に掬い上げ、目を瞠るクリスを真っ直ぐに仰いだ。


「何があっても大丈夫だ、クリス。君を必ず守ってみせる」

「ひょわっ……!?」

「不安なんだろう? この先に苦難があるというなら、当然だ」


 リリーは目を伏せて、自分より少しだけ大きな白い手を見つめる。


「わたしは、クリスが大切だから。クリスが大きな命運を背負わされていようと、そんなものは無視したって構わないと思っている。クリス自身の幸福に代わるものなどないと………聖騎士としては、とても相応しくない考え方だろうが」


 こんなことを祈りの間で言っていたら、天罰が下るのかもしれない。

 それでもいいと思った。信仰する神に、心の内を偽るのもおかしな話だ。


「けれど、わたしもわかっているんだ」


 もう一度見上げれば、クリスは嬉しそうにしつつも、唇を引き結んで複雑な表情をしている。

 予想通りの反応に小さく笑って、リリーは穏やかに目を細めた。


「自分が動かないことで生まれる犠牲を、クリスは無視できないだろう」

「……!」


 クリスのそんな性格を知った上で、『祝福』なんて力を授けたのなら、少し腹立たしいような気もする。


「やっと粗方の事情がわかったからな。言ってくれ、クリス。わたしにどうしてほしい?」

「え、えっと」


 クリスはこの前、「どうしよう」とリリーに助けを求めたのだ。

 この世界は『乙女ゲーム』で、クリスはそのヒロインで、多くの問題が待ち受けているらしい。時間はかかったが、クリスの悩みの原因は理解した。

 つまり、これからはそれをどうにかするために、リリーは動く必要がある。


「ぼ、ぼくに……協力、してほしい」

「うん」

「ぼくは、この国に滅亡してほしくないよ。なんの罪もない人に傷ついてほしくない」

「……うん」


 この国は滅亡する可能性があるようだ。初耳だったが、リリーは黙って頷いた。


「だから、ぼく、ヒロインをやろうと思う」


 そう言い切ったクリスの目は、真っ直ぐな強い光が宿っている。


「……なんだけど」

「?」

「お、乙女ゲームなんて無理だよぉー! ぼく男を攻略するなんて嫌だし、あんな人たちとやってける気がしないし! いくら聖国のためでも恋愛なんて絶対無理!」

「わかった、落ち着いてくれ、クリス」


 ふっと瞳から光をなくしたかと思えば、途端に半泣きでどうしようどうしようと狼狽え始めたクリスを、リリーは慌てて宥めた。

 クリスはやはり、気弱で心配性なのである。


「親密であることが、恋愛に直結はしないだろう。普通に交流すればいい」

「普通に交流できる人たちならね!? ていうかリリー、あのね……」


 何か言いかけたクリスを遮るように、カランカランと音がした。入室の許可を求めるベルだ。

 リリーは思わずクリスと顔を見合わせる。

 祈りを妨げることになるので、祈りの間のベルは基本的には鳴らされない。それが鳴らされたなら、リリーかクリスに今すぐ伝えなければならない何かがあったということだ。


「まさか、急患……!?」


 勢い良く立ち上がったクリスが駆け出そうとするのを制して、リリーは扉を開ける。


「……司教様?」


 そこにいたのは、どこか困ったような顔をしたステファン司教だった。


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