7 幼馴染は機密保持者である
リリーの幼馴染は、どうやら国家のとんでもない秘密を知っているらしい。
クリスのことに関しては許容範囲が広い自覚のあるリリーも、さすがに頭を抱えたい気持ちになった。
人に聞かれたら少しどころか、かなりまずい話である。
リリーは目を閉じて、静かに深呼吸をした。
「……うん。まあ、今更だな」
そして割り切った。
リリーが自覚している以上に、リリーのクリスに対する器の大きさは桁違いである。
「今の話からすると……それが事実であるなら、いつかクリスがその機密に巻き込まれる可能性があるということだろう。先んじて情報を得ておくのは良いことだ」
すっかり血の気が引いてしまったクリスの肩を優しく叩き、リリーは安心させようと微笑んだ。
「けれど、万が一誰かに漏れたら事だ。この話は慎重に……明日、祈りの間を借りて話そう」
「う、うん。そうだね」
祈りの間は、心を落ち着けて神と向き合うための部屋である。聖職者の修行に利用されることが多く、防音構造の上に結界も施された部屋は、外の音が入ってこないだけでなく、中の物音が外に聞こえることもない。
使用中は外から勝手に開けられず、用がある場合はベルを鳴らして中から開けてもらう必要がある。
つまり、人に聞かれたくない話をするには打ってつけの場所なのだ。仕事もあるので、そう頻繁に借りることもできないのだが。
「空腹だろう、クリス。そろそろ部屋に戻ろうか。夕食を取ってくる道すがら、司教様に許可を頂いてこようと思う」
「ありがとう、リリー」
リリーは明日の予定を考えながら、クリスと共に書庫を後にした。
***
そして次の日。
無事借りることができた祈りの間で、リリーは改めてクリスから、『聖霊のアマルティア』の内容について聞いていた。
「……なるほど。教皇聖下に雇われた呪い師たちは、建国神話に出てくる……『祝福』の力を持つ聖女を探しているのか」
リリーは口元に手を当てて、クリスの語った内容を整理する。
聖女の持つ力は、『治癒』や『浄化』など、基本的に聖魔法の上位互換だ。源の力が違うために異なることは多くあるが、為すことは大体同じと言えるだろう。
しかし聖女の逸話には、未来を予知したとか心を読んだとか、正に神の与えた力としか言いようのない能力が散見される。残念ながら、おとぎ話の域を出ないものだが。
『祝福』もまた、そういったおとぎ話の力の一つだ。
コーナス聖国の建国神話に登場する聖女が使ったという、個人の能力を底上げし、守護のような効果も見せる奇跡の力。それが『祝福』である。
『せれあま』の呪い師が『祝福』を必要としているのは、聖国を掻き乱す呪い師を倒すため。打つ手は多いほどいいのだろう。
「驚いたな。まさか、建国神話の王子……いや、初代教皇聖下の協力者に、呪い師がいたなんて」
「ゲームの中での説明だと、元々呪い師の間でも派閥があったらしいから」
クリスの話によると、かつて滅ぼされた国では、呪い師はかなり差別されていたらしい。強大な力を恐れ危害を加えられることこそなかったが、悪魔の化身だとさえ言われて煙たがられていたようだ。
それに腹を立てた呪い師たちは、国に復讐して自分たちの力を誇示するため、結託して国を滅ぼした。
しかし呪い師の中には、正体を隠して市井に暮らす者たちもいた。静かに暮らすことを望む彼らは復讐に反対したが、少数派だったために止めるには至らなかったという。
その中の数人が後の初代教皇に協力し、多大な貢献をしたとのことだが、その事実は伏せられている。他でもない、協力した呪い師たちの願いによって。
彼らは強大な存在として恐れられることも、英雄として崇められることも望んでいなかった。差別は受けたくないが、これまで通り穏やかな普通の生活がしたい、と申し出たらしい。
そして、初代教皇はその願いを聞き入れた。悪しき呪い師は滅んだとして彼らの存在を隠蔽し、現在に至るまで保護し続けるという形で。
だとしても呪い師が悪とされてしまっているのはどうなのか。リリーはそう思ったが、話を聞いているうちに、かつての差別の内容と比べるとずいぶん軽いものなのだと気づいた。
建国神話にも、呪い師が悪魔に関係するような言葉は一つとして出てこない。また、呪い師は突然現れたような表現をされ、以前に差別を受けていたことは伝えられていないのだ。
教皇は、コーナス聖国は、呪い師を悪に据えておきながらも、過剰な悪評は後世に残さなかった。そのようにも考えられる。
リリーは深く息を吐いて、思考を中断した。
あまりにも、情報量の多い話である。頭が痛い。
「……祈りの間で聞いて正解だった、としか言えないな」
「考えなしでほんとにごめん、リリー……」
「謝るのはなしだろう」
落ち込むクリスに、リリーは人差し指を押し当てて、謝罪ばかりを繰り出す唇を塞いだ。
みるみる真っ赤になるクリスは可愛らしい。
少しは頭痛も治まったので、リリーは話を続けることにした。
「それで、『祝福の聖女』が君というわけか、クリス」
「……そ、そうみたい」
『ヒロイン』とはそういうことだ。いくら恋愛小説や演劇に詳しくないリリーでも、そのくらいは推測できる。
それに、リリーには心当たりのようなものもあった。
「少し、不思議には思っていたんだ。わたしは聖国に戻る前、見習いを卒業するにはあと七年はかかるだろうと師に言われていた」
それだって、ほんの数年前に初めて剣を手に取ったような、武術の一つも習ったことのない小娘にしては、十分に異例の早さである。
しかしクリスと再会したリリーは、その後二年と経たずに聖騎士として認められたのだ。才能が花開いたと言うには、あまりにも出来すぎている。
「意識して『祝福』したことはなかったけど……気づかないうちに、力が漏れてたとか? そんなことあるのか知らないけど。ほら、リリーってその、いつもぼくと一緒にいたし」
リリーは当時聖騎士見習いではあったが、クリスが心を許せるほどに親しく、また見た目が同性同士であるということで、クリス付きの世話係も兼ねていた。後者の理由にクリスがショックを受けたのは余談である。
「その仮説が本当なら、大変な話だ。そばにいるだけでこれほどの効果とは……。『ヒロイン』だからと、神は君に背負わせすぎだろう」
こんな話がもし広まれば、クリスがどれだけの争いに巻き込まれるか、わかったものではない。
クリスは理解しているのかいないのか、呑気な表情で頭を傾けた。
「この能力は『ヒロイン』だからというか、『プレイヤー』だからって感じがする」




