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5 幼馴染は男である

やっと回想が終わります。


 リリーの幼馴染は、とても可愛らしいがれっきとした男である。

 リリーも初めは勘違いしたし、今でも時々忘れそうになる。それくらいにクリスは可愛い。


 『聖女』はその名前からわかる通り、本来女性に与えられる階級だ。

 叙階されるには聖女に相応しい優れた人格、そして聖なる力を使えることが条件となる。

 それは神に選ばれた証とされ、美しい女性だけに発現する稀有な力である……はずだった。

 なんというか。つまり、クリスはイレギュラーというわけである。


 実は孤児院にやって来たのも、初めは聖女見習いとして教会で保護しようとしていたのを、クリスがものすごく嫌がったため孤児として引き取ることに決めたらしい。

 希少なその力は狙われてしまうし、別の教会に見つかればたちまち『聖女』として祀り上げられてしまう。クリスの意思を無視してだ。

 幸い、田舎の孤児院を気にする権力者はいない。そのまま行けば、クリスは『聖女』などから縁遠く過ごすことだってできたのだ。


「リリー、どうしたの? 考え事?」


 クリスの声に、リリーは現実に意識を戻した。

 大きなヘーゼルの瞳が、心配そうにリリーの姿を映している。


「ああ……申し訳ない。少し思い出していたんだ」


 それほど長い時間ではなかったと思うが、珍しくぼんやりするリリーに心配になったのだろう。

 先程まで庭園で話していた二人だが、日が傾き出したため今は教会内の書庫に移動している。人の少ない場所なので、話の続きもしやすかった。


「思い出したって、何を?」

「クリスが『聖女』になった理由……だろうか」

「わ! 忘れて!」


 小声で叫び、クリスは手にしていた本で顔を隠す。

 クリスが余計恥ずかしがってしまうことを理解しつつも、ついくすくすと笑い声を漏らしてしまった。


「リリー……!」

「ごめん、からかうつもりはないんだ、本当に」


 抗議するようなクリスの声に、リリーは緩む口元を隠して弁明する。


「クリスが“わたしに会うため”に『聖女』になったなんて、想像もしていなかったものだから。嬉しかったな」


 そう言うと、本を机に置いたクリスは決まりの悪そうな顔になった。


「う……そ、そうだけど。もっと格好良くなって会いに行く予定だったのに……」


 唇をわずかに尖らせ、ぼそぼそと呟くクリス。

 便宜上の誕生日ではあるが、先日十五歳を迎えたクリスの華奢な体躯をさりげなく見て、リリーはクリスの思う『格好良い』将来をほんの少し疑問に思った。

 年々可憐さを増し続ける顔も、成長期で変わったりするのだろうか。


「本当はただの修道士になるつもりだったけど、そうやって聖職者と接することが増えたら、力を見破られる可能性も増えるし。留学制度も聖女と聖女以外じゃ手厚さも手続きも全然違うから……!」


 聖魔法は聖女の力に最も近い魔法であるとされ、それを使いこなす訓練は聖職者の修行の一つ。そして聖魔法の実力が高いほど、聖女の力にも敏感になるのだ。

 留学制度については、利用価値の高い聖女はどの国もほしがっているため、呼び込むために破格の待遇になっていることが多いという話だろう。コーナス聖国の聖女というだけで人格の保証がされている、なんて言われることもある。


「『聖女』になると決めて、見習い期間はわずか二ヶ月だったのだから、クリスには元々向いていたんだろう」

「なんで知って……あ、そっか、リリーは司教さまと手紙でやり取りしてたんだよね……」

「だから、司教さまと手紙を交わしていたのは養父だぞ」


 クリスと再会した時にリリーがあまり驚かなかったのは、司教から手紙で知らされていたためだ。

 しかしクリスが何故突然決意したのかまでは書かれておらず、クリスから聞いたときは純粋に驚いた。


「わたしが養子に出される時、何か気合いが入っていた理由がわかったなと思って」

「……リリーも言ってくれれば良かったのに。聖騎士として再会なんて、いくらなんでも格好良すぎるよ、ずるい」


 あの時はまだ見習いで聖騎士とは名乗れなかったのだが、クリスにとってそこは重要ではないらしい。


「そうはいっても、再会を願うのはわたしの勝手な都合だからな。あの時のクリスに水を差したくなかったんだ」

「はあ……もっとリリーが自分勝手な人だったら良かったのに……」

「やめてくれ、わたしが自分勝手じゃないみたいに」


 もう何度したかわからないやり取りではあるが、クリスにとっては余程衝撃的な出来事だったのだろう。

 苦笑して、ふと気づく。


「そういえば、言ってなかったか?」

「何を?」

「わたしは元々、聖騎士になるつもりはなかったんだ」

「え? そうなの?」


 やはり言っていなかったらしい。

 きょとんと大きな目を瞬かせたクリスに、リリーは一つ頷いて続けた。


「ああ。クリスと同じように、最初は通常の修道士を目指していた。聖国に戻ってクリスに会うだけなら、それで十分だったからな」

「じゃあ、なんで……」


 不思議そうに小首を傾げるクリスに微笑む。


「クリスが『聖女』になると知って、それならわたしは『聖騎士』になろうと決めたんだ」


 ぽかんと口を開けたクリスは、やがてじわじわと頬を染めていった。


「えと……あの、そっ、それって、ぼくのため……ってこと?」

「まあ、そうだな」

「へ……へぇー。そ、そっかぁ……」


 もじもじと手を擦り合わせて、何やら嬉しそうに口をもにょっとさせるクリスに、リリーは眉を下げて呆れた顔をしてみせる。


「そもそも聖職者になることも、聖国に戻ってクリスと会うためだと言っただろう。何を今更、それくらいで喜んでいるんだ」

「あ、改めて言葉にされると照れるっていうか……えへへ」


 リリーは我慢できずにふはっと笑ってしまった。


「なな、なんで笑うの!」

「ふ、ふふ。ごめん。クリスがあんまり可愛いから」

「かっ……可愛くないよ!」


 それは無理があるだろうと思ったリリーだったが、口に出すのは謝罪だけに留めておく。


「ところで……話がずいぶん脱線したな」


 頬を膨らませて怒るクリスはちっとも迫力がなく、リリーは笑いを収めるのに苦労した。

 気を取り直して、今の問題に話を戻す。


「そ、そういえば、まだ本題にも入れてなかった!」


 ハッと青ざめたクリスは、恐らくその『本題』を話そうとしたのだろう。

 リリーは心苦しく思いながらも、それを遮って手を挙げた。


「申し訳ない、少し気になることがあるんだ。あまり重要ではないことだけれど……」

「えっ? う、うん、何? なんでも訊いて」

「ありがとう」


 少し躊躇いつつ、リリーは初めから感じていた違和感を口にした。


「ヒロインとは、演劇や小説で言われる『ヒロイン』と同じもので合っているのだろうか? クリスの前世の世界ではもしかして、ヒロインという言葉に決まった性別はなかったりする、のか」


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