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4 幼馴染は転生者である


 リリーの幼馴染は、自分のことを転生者だと言った。

 それは当時のリリーの知識にはない言葉で、リリーは戸惑いながら幼馴染を見返していた。


 少しの沈黙の後。


『ごめん、なんのことかわかんないよね』


 笑みを作ろうとはしていたが、薄暗い中でも、クリスが無理をしているのは明白だった。

 今、クリスは自身の大きな秘密の一欠片を明かしてくれたのだろう。なのに、その悲しそうな表情の理由もそれを晴らす方法も、何一つわからない自分が、リリーはひたすらに情けなかった。


『……あやまらないでくれ』


 絞り出した言葉も、クリスの陰を取り払うには至らない。むしろ「ごめん」と余計に言わせてしまい、リリーはままならなさに顔を歪めた。


『ちがう。ちがうんだ、クリス。クリスは何もわるくないんだ』


 駄々をこねるように首を振り、リリーは縋るような気持ちでクリスの瞳をじっと見つめた。


『わからなくてごめん、クリス。だから、もっと、教えてほしい』

『でも、きっとすごく……おかしな話だよ。自分でもこんなの、頭がおかしいんじゃないかって』

『それでも。クリスがわたしに話してもいいと思ったなら、聴きたいんだ』


 真剣に言ったリリーに、クリスは一つずつ、それまで隠していたことを話してくれた。

 前の人生の記憶があること、それはこの世界とは異なる世界のものであること、本当は誰にも打ち明けないつもりだったこと。

 リリーには想像も及ばない話だったが、疑う気には微塵もなれなかった。


『前世の家族とか、友だちとか、……好きな、人とか。もう会えないんだって、悲しくて』


 クリスは夜中になると実感して、泣いてしまったのだと言う。


『で、でも、前世ではそんな泣き虫じゃなかったんだよ! 心が身体に引きずられてるっていうか!?』


 そういえば、その後何故か必死でそう説明していた。別にクリスが前世から泣き虫でもいいのだが。

 どうして話してくれたのかと尋ねたリリーに、クリスはこう話した。


『リリーはさ……ずっとぼくに、やさしかったでしょ』


 目を瞬かせたリリーに、クリスは照れくさそうに両手を擦り合わせる。


『ぼくが、な……泣いてるときも、何も言わないでいっしょにいてくれて。リリーがぼくを、この世界の人に、……この世界のクリスにしてくれたんだ』


 クリスがそんな風に感じていたなど、リリーは思ってもいなかった。

 クリスを一人にしたくなかったから一緒にいたし、クリスが悲しんでいるのが嫌だったから慰めようとした。

 結局は全部、リリーの自己満足でしかない。

 なのに、クリスは「ありがとう」と微笑む。


『だから……いつか言おうと思ってたけど。ぼく、なかなか言い出せなくて、そしたらリリーがし、死にかけちゃうから』

『クリス……』

『話せるうちに話さなきゃって決めたけど、ちがう国に行っちゃうなんて、ぜんぜん思ってなかった。リリーも不安だろうし、そんなときにこんな話してもめいわくだろうけど、でもやっぱり、かくしごとをしたままお別れするのは、いやだったから……』


 また、ごめんねと言われるのかと思って、リリーは眉を下げた。

 しかし、顔を上げたクリスは、やっぱり少し強がっていたけれど、ちゃんと笑顔を浮かべていた。


『引かないで聞いてくれてありがとう、リリー。リリーがいなくなるのは、ちょっと……ううん、すっごくさびしいけど、ぼく、がんばるから』


 虚を突かれたリリーに、クリスは少し得意げに笑った。


『しんぱいしないでよ、リリー』


 クリスは気弱で臆病だけど、弱い人間ではない。

 多少の寂しさはあったが、それ以上に安堵したことを覚えている。

 本当は、クリスが泣いてしまったら言おうと思っていたことがあった。

 でもきっと、今のクリスは自分で前を向けるから、これは必要ないものだ。そう思って、用意していた言葉をそっと自分の胸にしまう。


 そうして迎えた翌日のクリスは、前日までの気丈さはなんだったのかというほどの泣きっぷりだった。

 滝のように泣くクリスを見て、胸にしまったばかりの言葉をかけようか迷ったが、昨日のクリスを信じてやめておいた。

 他の皆も見送りに出てきてくれたが、クリスの勢いに涙が引っ込んだらしい。結果的にクリスを除いて笑顔で見送ってもらえたので、そこは良かったと思う。


 出発した馬車の中で、リリーの養父となったクラーク男爵は、「とても愛されているんだね」と微笑ましそうに言った。養父の寛容さは、どこかステファン司教を彷彿とさせて親近感が湧く。

 揺れる馬車の中で、リリーは養父と向き直って姿勢を正した。


『あの。……わたし、やりたいことがあるんです』


 そう口火を切ったリリーが言葉を続けると、養父は少し驚いた後、優しく笑って「いいだろう」と許諾した。彼の心の広さには、今も感謝を抱くばかりである。




***




 そして、数年後。十歳になったリリーは故郷、コーナス聖国の土地を踏んでいた。

 目の前には、成長してますます可憐さに磨きがかかったクリスが、唖然とした顔でリリーを見ている。


『な、なな、なんでリリーがここに!?』


 驚愕するクリスに、聖職者の服に身を包んだリリーは首を傾げた。


『見ての通りだ。聖職者になった』


 腰に差した剣に手を添えて続ける。


『聖騎士見習いとして』

『……せ、せ、聖騎士ぃーーーっ!?』


 何故か膝を付きそうになったクリスをリリーは素早く支えた。地道な訓練の成果が出たのだと思う。

 どういうことかというと、一重にクリスに会うためだ。聖職者は俗世から外れた存在であるとされ、巡礼などの名目で他国への出入りが比較的自由なのである。

 十歳は巡礼の許可が出る最低年齢だ。しかし、行き先が世界最大の聖地を持つ聖職者の国、コーナス聖国だったためか、意外とすんなり許可された。聖地は目的ではないが、願ったり叶ったりである。


『せ……聖騎士……リリーが聖騎士……うぅっ、悔しい、似合う……!』

『まだ見習いなんだけれども。ありがとう……?』

『そっ、そんなことより!』


 再会の喜びとは違いそうな涙を溜め、クリスは絶望したように両手で顔を覆った。


『最悪だぁ……! こ、こんな格好、リリーにだけは見られたくなかったのに……!』


 リリーはクリスの全身を見た。当時クリスが着ていたのは、聖花教のシンボルである十字花があしらわれた、清廉な『聖女』らしいドレスである。


『どうしてだ? 似合ってるぞ』

『自分で言うのも複雑だけど、だから嫌なんだってばぁ!』


 クリスはわっと叫ぶように言った。


『おかしいよね!? 『聖女』って、ぼく、男だよ!?』


正直こんな引っ張るつもりはなかったです。

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