13 幼馴染は想起する
リリーの幼馴染は無事に気を取り直したようで、この後の展開を覚えている範囲で説明してくれた。
どうも、プロローグというのは一度見たら二回目以降は飛ばしてしまうらしく、あまり細かくは覚えていないらしい。
「……『攻略対象』の呪い師に助けられる?」
「ゲームではそうだったよ。それでいろいろ言われて連れて行かれて、その先で説明を受けて仲間になる」
リリーはそれを聞いて、思わず微妙な顔になった。
「その、こう言ってはなんだが……攫われる先が変わっただけじゃないか?」
「……ぼくも、自分で言ってて思った……」
しばし二人の間に沈黙が降りる。
「……たしか、そこの者たちはクリスの『祝福』を目当てに交流をしようとしてくるんだったか」
「………はい」
「……なのに、その中で関係性のバランスを取るのに苦慮を強いられ、危険な目にも遭うと」
「………げ、ゲームでは………」
リリーは無言でクリスの瞳があると思われる部分を見つめた。
「………申し訳ない、クリス。わたしはその者たちに対して、剣を抜かない自信がない……」
「ぜぜぜ絶対やめてね!? リリーが危ないから!」
必死にクリスが止めてくる。リリーも頭ではわかっているので、多分抜かないとは思うが、状況によっては抑えられるか怪しかった。
「そ、それに、ぼくもゲームと比べたら全然違うし、リリーもいるし! もしかしたら攻略対象の感じもゲームとは違うかもしれないから!」
「まあ……たしかにそうだな」
「でしょ!? えっとそれで肝心の攻略対象たちなんだけど――」
この話はこれで終わり、とばかりに次の話をしようとしたクリスだったが、ドガン! と突然響き渡った破壊音に、ヒュッと口を噤んだ。
ビリビリと空気が震えるような衝撃に、リリーはすぐに繋いでいた両手を離して、代わりにクリスを抱きしめるようにして守る。
暗闇の中に変化はない、とリリーが周囲を確認したところで、再びガンッと鈍い音がして、丁度二人の正面の辺りから細い光が差し込んだ。
そこにぬっと影がかかり、誰かの手が見えたと思うと、ギシギシ軋んだ音を立てて亀裂が開かれる。リリーはやっと、それが扉であることに気がついた。
「おっと、見つけた」
扉を開けたのは、逆光になって少しわかりにくいが、恐らく若い青年だろう。高めの位置で一つに縛られた長髪が、淡い光を受けてきらきらと金色に輝いていた。
「起きてたのか、さすがは『祝福の聖女』サマ……ん? そっちは、お付きのシスターか?」
「……誰だ」
クリスを腕の中に庇い、リリーは低い声で問う。
すると、影になっているはずの青年の瞳が、ぎらりと一瞬鮮やかな緑色に輝くのが見えた。
「へぇ。聖騎士か!」
どうやら、リリーの腰に下げられた細身の剣に気づいたようだ。
呪いで意識を奪っていたからか、リリーとクリスの身に着けていたものは特に取り上げられておらず、拘束らしい拘束もされていなかった。
「ハハッ、いいな、その目つき。聖女付きの聖騎士とは、一回戦ってみたいと思ってたんだ。俺は……まあとりあえず敵ってことでいいから、どうだ、俺と一戦しないか?」
「………」
リリーは思わず絶句する。
今の感情を率直に表すなら、ただただドン引きの一言に尽きた。
誰だと問いかけた後で、状況的にこれはクリスが先程言っていた『攻略対象』ではないかと思い至ったのだが、やっぱり違うかもしれない。
さすがに、この男と物語とはいえ恋愛しようという気にはならないだろう。
「り、リリー、リリー」
そう考えていると、クリスがひそひそとリリーを呼ぶ。なんだと顔を向けると、クリスが口をパクパクと開閉させた。
こ・う・りゃ・く・た・い・しょ・う
本気で言っているのか、とリリーはクリスを凝視する。クリスは暗いからでは済まされないほど蒼白な顔で、こくこくと頷いた。
「なあ、どうなんだ? なあ君」
「……申し訳ないが、断る」
なんとも言えない気持ちで言うと、青年は予想していなかった、という風に目を丸くする。逆にどうして断らないと思えたのか。
「それは困る。俺と戦ってくれ」
「戦う理由がない」
「理由? そうか、理由か。ふむ」
考え込むような仕草をした青年に、リリーはものすごく嫌な予感がした。
ほぼ直感のまま、クリスを抱きかかえて横に飛ぶ。
瞬間、赤く煌めいた刃がリリーとクリスを間一髪で掠めた。わずかな風を肌に感じ、ぞっと背筋が泡立つ。
今更気づいたが、大きな荷馬車のようなところに詰められていたらしい。狭い空間ではあったものの、突然の初撃はなんとか避けることができた。
一切の前振りもなければ躊躇もない剣筋に、リリーの首筋を冷や汗が伝っていく。
青年は酷く愉しげに笑いながら、いつの間にか手にしていた真っ赤な大剣をゆっくりと下ろした。
「理由がないなら作ればいいな。聖女を守る聖騎士なら、聖女を攻撃すれば俺と戦ってくれるだろう?」
リリーには到底理解できない理論を、青年が喜色満面といった様子で語る。笑みの形に大きく開いた口元は、まるで血に飢えた獣のようだ。
「ハハハ! ほら、行くぞ!」
ブオンと振り下ろされる大剣を避け、風圧に押される勢いを利用し、転がるように外へ出る。開かれた地面に着地すると、月明かりがほんの少し目に沁みた。
リリーは乱れた髪をそのままに、クリスの無事を確認する。
「クリス、どこかぶつけていないか」
「へ、平気」
弱々しく答えるクリスをしっかりと抱え直しながら、目の前のネジの外れた戦闘狂を睨むように見据えた。
ゆらりとこちらを振り返ったその顔は、なるほどたしかに整っているが、いかんせん浮かべた笑みが凶悪すぎる。思わず、小声で「あれのどこが助けに来たんだ?」とクリスに訊くと、「どこだろう……」と途方に暮れた声が返ってきた。
このままでは、クリスを守りきれるかわからない。
ついさっき、剣を抜かないようにすると話したばかりなのに。あれからものの数分足らずで、リリーはそれを破る必要に迫られていた。
「人一人抱えてその動きか! ハハ、なるほど、これは面白い!」
そんなことを言いながら、再び大剣を構えて向かってくる相手に怒りを覚えるも、とにかく避けようと足に力を込めた時である。
「ぐがッ」
遠い暗闇を切り裂くように猛スピードで飛んできた何かが、スパーン! と小気味いい音を立てて、青年の後頭部に直撃した。
青年が崩れ落ちる。同時に彼が持つ大剣の輪郭が揺らぎ、そのまま空気に溶け消えた。
思いも寄らない展開に、リリーとクリスは揃って呆気にとられてしまう。
「このおバカーーー! 何保護対象に剣向けてんの〜!?」
「あのさぁ、何故そこまで余計なことができるわけ? 馬鹿だから?」
すると、新たに二人分の声がして、すぐにその主たちも姿を現した。
警戒するリリーに、片方の整った顔の青年が、へらへらと軽薄そうな笑みを浮かべて言った。
「はいは~い、こんばんはっ、かわい子ちゃんたち! うちのおバカがびっくりさせちゃってごめんね〜?」




