「羅刹」より愛をこめて
「VRゲームコーナー」とある。
アカリとユウコは二人で来た。
女子二人で来るならもっと、いろいろあったはずだが、お互い大のゲーム好き。
起こることは全てフィクション。
なのに、自分の腕前を仮想の空間で存分に試すことが出来たり、出来なかったり。
ゲームというものの美しいグラフィックにとりつかれたのは、アカリもユウコも幼少期からである。
薄暗いブースとグラフィックの、美しすぎる対比。
ホログラムで映像として、映し出されたのもあれば。
本当にフィギュアとして、現実の空間に具現化してきているもの。
果ては、ステージで動いているフィギュア。
違った。
所謂バーチャルで活動する、動画配信者のミニイベントか。
新作ゲームの発売、その前のお披露目。
発売前体験会のために、アカリとユウコは来た。
のだが、何しろ人が多すぎて目的のブースに辿り着かない。
一部、ブース案内のガイドブックにはない出展も目立った。
予習していないから、初めて見る。
「先に違うブースを、ランダムで回ってみようか」
という話になり。
アカリも、
「仕方ないかね~」
としたために、「マルラメハウス」の前に。
いつの間にか来ていた。
ガイドブックに載っていない出展だ。
新作ゲーム「ミモザ」のブースでは、あまりに人が多く。
予約をしていたのにも関わらず、ごった返しの混乱は際立っていて。
「何ブースか回った後、整理番号、予約番号が過ぎても構いません」と、担当者からアナウンスがあったくらいである。
一方で、「マルラメハウス」のほうは、すいすいと人を吸い込んでいく様子。
体験型ホラーハウス。
という、文字通り。
ハッと眼を開けたとき、アカリはダンジョンに一人。
もちろん、アカリの姿のはずである。
だのに、VRだからか。
少々勝手が違うようで。
ゴーグルもスーツも身に着けていないはずなのに、アカリはいつの間にか「レグルス」というキャラクターを割り当てられていた。
天の声は「ガルーダ」というらしい。
「マルラメハウス」のブースに入る前に。
飾られていたミモザの枝を、二人で眺めていたら、フォーマルな恰好の男に案内され。
アカリとユウコは「マルラメハウス」に吸い込まれた形。
ユウコとは別の道を案内され、気付けば、アカリは一人でダンジョンに。
「新作ゲームのミモザ体験会に、間に合いますかね……」
とアカリは呟いた。
声が、変換されている。
天の声にさりげなく尋ねたつもりだったが、どうやらこのダンジョンとゲーム内の出来事にしか、言及してくれない様子。
アカリは鏡を見た。
「レグルス」の姿になっている。
体格のいい男性。
身軽に動けそうな軽量の、甲冑姿。
甲冑以外の装飾品は、あまり身に着けていないデザイン。
短い黒髪のバング。
鏡から視線を逸らして、アカリは自分の視界内でものを見た。
映像ではない。会場に入って来た姿と、寸分変わっていない。
それに、VRゴーグルやスーツも身に着けていない。
声だけが、不自然に。
俗にいう「イケメンボイス」に変換されている。
アカリは気分が変になってきた。
ユウコと一緒の道を辿れればよかったのかもしれないが、ユウコはアカリよりも、ゲームが段違いに強い。
きっと、「マルラメハウス」内の特別枠のダンジョンにでも、案内されたのだろう。
あるいは、招待?
ゲームショウに来たそもそものきっかけも、ユウコの存在が大きい。
アカリが今感じている「変な生身VR」という世界観も、ユウコなら慣れているのかもしれないと、アカリは思った。
「起こることは全てフィクションのはず」。
アカリは、変換された自分の声に加え。
天の声の人外ボイス。
耳のおかしくなりそうなトーンで叫ぶ、お化けの声。
フィクションと分かっていながら、アカリはこれら全てに腹が立った。
当然ながら、現実のアカリは武器の類に触れたことなどなかった。
だが、「レグルス」の役になっている時は違った。
どんな武器を手にしても、身体が勝手に反応して動く。
ダンジョン内の敵を少しずつながら倒しては。
掴みかかられたら、振りほどき。
VRとはいえ、感覚までリアルのような。違うような。
というのが、混在している。
敵の姿は、きちんとバーチャルの敵として、アカリの眼に映る。
アカリが彼女自身を見るときは、普段の自分自身。甲冑もない。
混在。
スマホは通じるのだろうか……。
バッグは肩から提げているのに、手がバッグの中に入って行かない。
畜生。とアカリは思った。
何もかもバーチャル空間。
自分の身体まで、バーチャルの世界観に支配されているようだ。
ホラーハウスというだけあって、敵の姿はおぞましい。
演出もおどろおどろしい。
緑黄色の発光が目立つ部屋が多い。
「あの、友達も同じようにダンジョンを進んでいるんですかね。いつになったら出られます」
忌々しい。
とアカリは思った。
こんな時にも、自分の声が変換されて出るなんて。
イケメンボイスだ。
「あともう少し」
人外ボイスが言う。
「言っておきますが、ここで起こることは、全てフィクションです。あなたがどんな敵を倒すにしろ殺すにしろ、それは全て。現実ではありません」
「分かっているよ!」
アカリは体を、自分自身で動かしていた。
「レグルス」がアカリの身体のコントロールをするのではなくて、アカリ自身が剣なり銃なりを振り、引き金を引いていた。
その武器の感覚でさえ、バーチャルであるはずなのに。
何十発も撃ったあとで、柄に触れた。
あれ? とアカリ、いや「レグルス」は思った。
本物? よく分からない。
とにかく滅多やたらに振り、眼の前の「ラセツ」を切りつける。
真っ赤な血が出て、血溜まりになる。
いや、水溜まりか。
バーチャルにしては、よく出来ている。
何体も敵を、過去にゲームの中で倒している。
血の表現に、アカリは眼が慣れているのかもしれなかった。
ユウコも、当然ながら慣れているだろうな……。
でも、殺人とかそういう残酷なゲームは、ユウコのほうが好きだったし。
あたしはあんまり……。
とアカリは思いつつも、切りつける。
一声、「ラセツ」が声を上げた。
悲鳴かもしれない。
またもや人外ボイス。
アカリ、いや「レグルス」は、ますます。
北極星を模した飾り。
星。
辺りは石器時代のようで……。
天井が回る。
と思っていたら、急に。
アカリは、座っている。
「緊急搬送」
という声が聞こえる。
アカリは眼をこする。
さっきのダンジョンとは、違う……?
アカリは自分の手を見つめる。
手である。
今居る部屋には一枚、鏡がついている。
アカリは椅子を立って、鏡を覗き込んだ。
彼女の姿が映る。
黒髪バングではない。少し染めたシアンの色。
青い眼でもない。漆黒の瞳。
それと、「レグルス」みたいなイケメンでも映像でもない。女子の顔だ。
ドアが開いた。
「座って」
見ると、刑事である。
「あ、あの……」
「殺人が起きましてね」
「殺人?」
「そう。被害者は女性。ゲームショウに来ていた。二十歳。あなたと一緒だった」
「私?」
「とにかく、座って」
アカリは座った。
刑事も座る。
「落ち着いて聞いて下さい」
「落ち着くも何も」
ユウコ。
殺された?
「こ、ここは何処なんですか」
「警察署です。そして、被疑者はあなただ」
と、アカリは言われる。