血と氷と炎の大地 希望の運び手 2
ドドドドドドドドッッ。
「うぎゃあ!!」
「ぐへえ!!」
「ぎょえええええっ!!!」
地響きと共に、奇妙な叫び声が、イェークの方に近付いて来る。
見ると、白っぽい靄の様な塊が、一直線にイェークに向かってやってくる。
そして、その靄の様な物の通り道や側にいた兵士やモンスター、ドラゴンまでもが、派手に空中を錐揉み状態で吹き飛ばされていく。
「来たな」
頭上からの声に振り仰ぐと、カシムが息1つ切らさずにイェークの側に立ってニヤリと笑っていた。
白い靄は、無人の野を行くかのように戦場を横断してイェークに迫る。
「うわあ!?」
思わず身構えたが、イェークは他の兵士のように吹き飛ばされず、暖かい空気の中にするりと入れた。
「え?ええ?!」
思わず叫んで、イェークは見た。
靄の中には馬に乗った冒険者たちがいた。
竜の団の仲間たちだ。
「灰色さん」こと、ランダもいて、痛ましいようにイェークとシスを見つめる。
「おうおう!てめぇー飛ばしすぎだっての!!」
すぐに馬から飛び降りてきてカシムに詰め寄ったのは、竜の団の要とまで言われるファーン。魔王の弱点を見抜いた人物だ。
そして、ハイエルフの少女、ミル。
シスが憧れている精霊女王リラ・バーグも、心配そうにイェークを見つめている。
あと、よく分からないが、黒髪の女性と、獣人の女性が仲間に加わっている。
そして、戦場には似つかわしくないドレス姿の黒髪の小さな少女までいて、カシムの元に歩み寄る。
「なに。カシムならば心配いるまい」
「いや、そう言うことじゃねぇんだけど・・・・・・」
ファーンが言いよどむ。
「悪かった。でも、何とか間に合ったようだ」
カシムが仲間たちに話す。
「イェーク。遅くなった」
ランダが馬から降りてイェークの前に膝を付く。
イェークの目から涙がこぼれた。
「お前の事は、ファーンとミルが見つけてくれた」
ランダの手がイェークの肩に置かれると、もう嗚咽がこぼれる。
「で、でも。でも、シスがぁ~。シスがぁ~~・・・・・・」
イェークは胸に抱いていたシスの亡骸を、静かに地面に寝かせる。
胸から下が無い。すでに血も流れきっている。
「それなんだが、任せておけ」
カシムが不思議な事を言う。
そして、カシムはウェストポーチから小さな箱を取り出すと、その箱から取り出した何かを、シスの口の中にねじ込んだ。
「な、何を!?」
イェークが抗議しかけたその時、シスの体に変化が起きる。
完全に青白くなっていたシスの肌に朱が入り、そして、切断された胸の下が、スルスルと復元されていく。
それを驚いて見ていると、カシムがシスの体を自分のマントを広げて覆ってしまう。
そして、10秒もしないうちにシスが目を開けた。
完全に死んでいたはずなのに、何事もなかったかの様に目を開けて叫ぶ。
「うわああっ!!!死んだかと思った!!!」
いや。シスは実際に完全に死んでいたのだ。イェークも驚いているが、シスもかなり驚いている。
「あれ?あなたは確か竜の団の団長さん?え?え?灰色さん!?うそ?!夢なの?!」
シスが慌てて体を起こそうとするが、カシムがそっと肩を押さえて再び横たえる。
「もう大丈夫だ。でも今はちょっと動かないでくれ」
そう言うと、カシムはファーンに声を掛ける。
「ファーン。頼む」
言われたファーンは、すでにどこから出したのか、女物の服を一式、靴も含めて手に持っていた。
「君の体は再生した。でも服までは再生出来ないからね」
カシムが静かに説明すると、シスはカシムのマントをそっとめくって自分の下半身の状態を確認する。
「ああああ!!!」
シスが絶叫する。
「イェーク!!イェーク!見て、見て!!!」
そう言うとイェークを側に寄せて、そっとマントをめくって自分の素肌の腹部をイェークに見せた。
「ああ・・・・・・。何て事だ」
イェークが呻いて涙を流す。
シスも同じく涙を流す。
「傷が・・・・・・ない」
シスの腹部は、傷1つ、変色1つ無く、綺麗な状態として再生されていた。
「あのよ。なんか分からねぇけど、イチャイチャするなら後にして、さっさと服着てくんねぇかな。オレたちの大将が目のやり場に困ってるんだよな」
ファーンがイライラしたように急かすので、シスは受け取った服を、モソモソとマントの下で身に付けた。
カシムは終始そっぽを向いていた。
防寒性のある服を着込んだシスは、カシムに礼を言って立ち上がる。
「イェーク。心配掛けてごめん。巻き込んじゃってごめん」
シスは素直に謝った。イェークはそんな事はどうでも良かった。
「シスが生き返って、本当に良かった。竜の団の皆さん。この礼は必ず」
言いかけたイェークをカシムが苦笑して止める。
「礼なら、いつか誰かに返せば良い。それに状況は終わっていないだろ?」
その通りだった。相変わらずここは死地で有り、絶望的な状況には変わりが無いのだ。
「そうね。この魔法、結構エリューネに無理させてるから止めましょう」
リラ・バーグが馬上でため息を付く。




