血と氷と炎の大地 トリスタンの女 1
イェークたちがルヴァに帰還したのは、1月8日だった。
街に戻ると、まだ緑竜の災害による復興の工事が至るところでされていたが、その一方で街には飾りがされており、何かの祭りでもあるかのような雰囲気だった。
「新年祝いをまだやってるのか?」
街の復興の最中だというのに暢気な事だとイェークは思った。
「・・・・・・いや。多分違うぞ、イェーク」
ショットが低い声で耳打ちする。
「私たちの戦勝祝い・・・・・・ではなさそうですね」
セイスが複雑な表情をする。戦勝祝いなら、帰還した時にもっと派手に祝ってくれるはずだし、人々も笑顔が見られるはずだ。
だが、人々の表情は様々だ。嬉しそうにしている者もいれば、暗い顔をしている人も少なくない。怒ったような顔をする人までもいる。
「あっ!」
叫んだのはバズだった。バズが見ている方に視線を送る。
すると館の方に大きな旗が翻っている。赤一色の旗である。
トリスタンで、この旗が意味するのは吉事。一般的に結婚の祝いを意味している。
「まさか!?」
イェークが叫んだ。そして、馬を飛び降りると、ショットが止めるのも聞かずに館へ走る。
館の門前で、門番に止められたが、イェークは問答無用で押し通った。
ブーツを脱がずに、土足でズカズカと廊下を進み、大殿の居る本殿に急ぐ。
だが、本殿に到着する前に、中庭に面した一室にシスや大殿であるヤード。そして、羽入たちに混じってビュトーの姿もあった。
そして、異様な光景だったのが、中庭に、1人の老人が後ろ手に縛られて座らされている事だ。
その老人の左右と背後に屈強な男たちが、武器を持って立っている。
ギョッとしたイェークは、その部屋に踏み込んだ。部屋を警護する戦士を突き飛ばして、部屋に入る。
「シス!!何がどうなっている!?これは何だ?!」
イェークが怒鳴ると、シスが驚きと共に、苦々しい表情をしてため息を付く。
「痴れ者が!!」
ヤードが怒鳴る。同時にビュトーが立ち上がって、慌ててイェークをなだめに入る。
「イェーク殿。お早いお戻り、ご無事で良かった。恐らくは戦勝凱旋なのでございましょう。おめでとうございます」
だが、イェークは労って欲しくも、祝って欲しくも無かった。
「そうじゃない!何がどうなっているのか説明しろ!!」
イェークが怒鳴る。イェークを止めようと戦士が詰め寄ってくるが、イェークの一睨みで足が止まる。戦帰りのイェークは、完全武装状態である。
「貴様、下士の分際で!礼を弁えろ!!」
羽入が怒鳴る。だが、イェークはまったく引かない。
「俺はシスの下士だ!!貴様等の命令など聞かん!!」
そう言うと、羽入たちがイェークを馬鹿にしたように笑う。
「であれば尚の事礼を弁えろ!!ヤード大殿とシス殿の婚姻の儀は済んでおる!シス殿の下士ならば大殿の下士も同然!更に言えば、我等羽入の配下に過ぎぬのだ!!分を弁えろ!!」
羽入の言葉に、イェークは目眩を覚えた。耳に入った言葉に意味は理解出来た。言葉は分かったのだが、その内容と状況が理解出来ない。
絶句するイェークに、シスが面倒くさそうに言う。
「あたし、ヤードとの結婚は了承したわよね?それを知っているイェークが何で今更驚いてるの?」
シスが当然の様に言う。それがまた信じられない。
そして、シスはと言えば、今はいつもの魔法使いの黒いマント姿では無い。白いトリスタンの女が着るドレスを身に纏っている。そして、髪型も、燃えるような赤毛を大きな一房の三つ編みで編み、髪にもトリスタンの装飾品を身に付けている。
更に言えば、額には魔女の証として、瞳を模した化粧している。
「・・・・・・何で、なんだ?」
イェークの膝が震え、喉が締め付けられるような気分になる。ようやく絞り出した言葉がそれだった。
「イ、イェーク殿。わたくしが説明致しますから、今はお下がり下さい」
ビュトーが何とか穏便に済ませようとイェークに言う。
「黙れ!!俺はシスに聞いているんだ!!!」
イェークが軽くビュトーを押すと、それだけで体の弱いビョトーはよろけて倒れてしまう。
それを横目に、罪悪感を感じつつも無視する。
「貴様。あの男に代わって、貴様を処刑しても良いのだぞ!」
ヤードがイライラした様子で怒鳴る。
「処刑?あの男は誰だ?!」
「ウーズ・レンデン。我がリーン家の元下士である」
ヤードがつまらなそうに答える。
その返答にイェークは驚愕した。同時にこれまでの点が線に繋がったような気がした。
ウーズ・レンデン。
8年前にアーシュの地を治めていた殿である。そして、シスのマイアン家が仕えていた上士である。
ウーズ・レンデンは、重要な土地となったルヴァを手中に収めるために、マイアン家を騙して、ルヴァに攻め込み、マイアン家に準ずる130名の戦士を皆殺しにし、その家族までも処刑した、シスやイェークにとっての仇である。
イェークは、今となっては恨みは薄らいでいたが、シスは違った。今もウーズに激しい憎しみを抱き、復讐の機会を狙っていたのだと、つい最近になって知ったばかりだ。
それで結婚を了承したのか?!ウーズの処刑と引き替えに・・・・・・。
「よせ・・・・・・。よすんだ」
イェークは小さく呟いた。
「はぁ?!」
シスがイライラした声で聞き返す。
「こんな・・・・・・こんな事して何になる?!復讐なんて馬鹿げている!!しかも権力にすり寄って処刑させるなんて、あまりに卑怯じゃ無いか!!?」
イェークは泣き出したい気持ちを堪えて叫ぶ。シスがそんな事を提案するだなんて信じられなかった。
ずっと一緒に居た。生まれた時から側に居た。だから、シスの事は何でもわかっているつもりだった。
だが、今はシスが何を考えているのかまったく分からない。シスが遥か遠くに行ってしまったような気がする。




