血と氷と炎の大地 悪夢の尖兵 4
イェークは最悪な気分で新年を迎えた。
トリスタン以外の地では、新年と言えばもう春である。暖かい空気と共に、人々が新年を祝う祈りを捧げたり、祭りを楽しむ。
しかしイェークは、とても「おめでとう」とは祝えない。
「結構速かったな、小僧」
ジョン川を越えた先の村で、イェークはようやく敵の尖兵に追いつく。
だが、追いついた時には、数十人居た村人たちは、すでに散々に暴行を受けた末に惨殺されていた。
敵兵との数は互角だが、質は決定的に違う。おまけに、村に入り込んだショットたちは、完全に囲まれていた。
ここでイェークたちを迎え撃つつもりでいた様で、防柵を作ったり、罠を仕掛けているようだ。
醜悪な事に、村人の遺体を杭に刺しての防柵まで作っていた。
「!!!!!!!」
ショットが部隊に号令をかけるより速く、イェークが声にならない咆哮を上げて、敵将に向かって騎馬を駆って突撃を開始した。
「イェーク!突っ走るな!!」
ショットの声が届いたが、イェークの耳には入らない。
無数の矢がイェークに襲いかかる。
風の矢除け魔法はかけられていないが、イェークは大剣を翻して、全ての矢を叩き落とす。
そして、屋根の上の弓兵に剣先を向ける。すると剣先に小さな魔方陣が浮かび上がり、そこから細い稲妻が走る。
「バリバリッ!!」と空気を裂くような音が響き、稲妻に貫かれた弓兵が屋根から転がり落ちる。
「『雷神』だ!!」
「我等が英雄、『雷神』イェーク様に続け!!」
味方の士気が一気に爆発した。未熟な兵士たちは、ショットの作戦指揮を待たずに、勢いだけで突進を開始してしまった。ショットの作戦指揮を聞いて、冷静に行動出来たのは、シスの下士たちを小隊長とした数十名の部隊だけだった。
「雷神」。
イェークがそう呼ばれるのには理由があった。
イェークの魔力特性が「雷」なのだ。雷の魔力特性を持つ者はかなり珍しい。
有名な使い手としては、真っ先にグラーダ国の十二将軍最強の「雷帝」ラモラック・ペリナーが思い浮かぶ。
イェークの魔力は低く、たいした魔法は使えないが、それでも、殊対人戦闘においては、雷属性の魔法は強力である。
イェークが最も使う魔法は、武器に雷属性を付与させる魔法である。
これで相手を切りつければ、武器に当たろうが、鎧に当たろうが、相手を一瞬麻痺させ事が出来る。一撃目を防がれたとしても、二撃目は必中となる。
また、剣先から短距離ながら雷を飛ばす事も出来る。
魔獣たちは、その多くが耐雷特性を持っており、ダンジョン探索などではそれ程役には立たない能力だったのが信じられないくらいに戦闘に役立つ。
それはイェークにとっても新しい発見だった。
突き進むイェークの騎馬が、突然転倒する。
単純な罠だった。
イェークはすぐに騎馬から飛び降りて、そのまま屋根まで飛び上がる。
冒険者の跳躍力に驚いた弓兵を、立て続けに二人斬り殺す。
そのまま屋根を飛んで、敵将に迫る。
「おお!?意外と面倒くさいな」
「どうしやす、ガビル様?」
敵将ガビルたちは陣取っている場所から2件分ほど後退して、その間に兵たちを陣取らせる。イェークを迎え撃つ構えである。
「なぁに。元気が良いのはあの小僧と、あと数人くらいだ。ほかのガキ共はただの無謀だ。戦の後に美味しく頂くだけだ」
ガビルは「ヒャ~ハッハッハッ!」と笑った。
「若いガキのケツはいいもんだ」
そう言って、戦闘中にも拘わらず、いきり立った男性自身を取り出してしごいてみせる。
「カスがっっ!!!」
叫びと共に、イェークが敵集団に突っ込む。三部隊十五人。それと、周囲の建物の中や上に多くの伏兵がいる。
「無謀」と言われた少年たち半人前の従士たちは、1人も敵集団を突破出来ずに、遥か後方で壊滅状態になっていて、それをショットたちが必死に支えている状態である。
完全に不利な状態のアーシュ軍が逆転するには、イェークが敵将ガビルを討ち取るしかない。
ガビルもそれが分かっているから、自身の防御を厚くする。
ガビルにとって、イェークは御しやすい相手だった。軽く挑発するだけで暴発する。単騎で突っ込んでくる馬鹿である。
だが、読み違えたのは、イェークの強さと速さである。
馬を降りてからのイェークの攻撃力は尋常では無かった。
敵陣のただ中に突っ込んで行って、大剣を二振りすると、数人の戦士が血を巻き上げて吹き飛ぶ。
腕が、足が、胴が宙を舞う。
同じ大剣同士で打ち合っても、自軍の兵士たちの大剣は、簡単にへし折られてしまう。
「魔剣かよ!!?」
ガビルは呻る。
イェークの武器も防具も、ただの鋼では無い。魔力を込めて作られた魔剣と魔法鎧(聖鎧)だ。特殊な効果はほとんど無いが、軽くて強い。若干の耐毒効果が魔法鎧にあるだけである。
後は、膂力と速度の差で、敵の武器を破壊していた。




