血と氷と炎の大地 竜の息吹 1
戦場に到着したイェークたちルヴァ衆は、他の地域の兵士たちと合流して、全部で約1500の兵力となった。
戦場は、南の恒王国であるゴースと、リーン国との境である川が複数流れる平地だった。
平地と行っても、その幅は狭いので、窪地のようでもある。トリスタン地方では珍しくない地形だ。
少なくとも陣を敷いて、正面から戦う地形では無い。
さして広くなく深くもないが、面倒な程度には流れの速い川を挟んで、両軍が幅広く伸びて各所で戦いが繰り広げられている。アーシュ地方のルヴァ衆は、上流側を戦場に割り当てられた。
「俺たちは、独立部隊として、これから本陣を離れる」
イェークは割り当てられた戦場に到着する前に、静かに他部隊から離れた。
「トリスタンは、独特な地形のために、軍の規模は多く出来ないし、あまり多くても遊兵が出来てしまう。だから一部隊の人数が200人程度な場合が多い」
イェークが話す。その通りで、200人単位で動く事がほとんどで、よほど地形的に開けた場所で無ければ、全軍で陣を敷いて戦う事は無い。
もっとも、この200人単位を決定的にトリスタンに叩き込んだのは、幼い頃のジーン・ペンダートンだった。今ではトリスタンの裏切り者として疎まれているが、その戦法はトリスタンの常識となっていた。
「だけど、冒険者にしてみれば、大軍を相手にしなくてすむので、各個撃破しやすくなる」
イェークの語る内容は、「言うは易し」その物だ。それが可能なら、トリスタンの戦士たちでもとっくにそうしている。
だが、結果はすぐに出た。
イェークの編成した2パーティーは、それぞれ絶妙な立ち回りをした。
イェークたちは密かに戦列を離れて上流へ進み、最も警戒の薄い渡河ポイントを発見すると、素早く川を渡り、さらに遠回りして敵軍の背後に回った。
そして、コルダーのいる第2パーティーが次々罠を仕掛けて、第1パーティーが敵背後に迫る。
第1パーティーが敵を攻撃しては逃げ隠れを繰り返して、第2パーティーが張り巡らせた罠の中に誘い込む。
そうして、少数ずつを撃破しては逃げ、撃破しては隠れ、1人ずつでも数を減らしていく。
相手が疲れを見せたところに、シスが精神魔法を放つ。
そしてとどめを刺す。
攻撃が厳しいと思ったら、一目散に逃げ隠れする。
功績を焦らずに、適当に一部隊の戦力を削いだら、次の戦場に勝手に移動する。
それを繰り返した。
時にはバルタスが、狩人の経験を生かして、山から魔獣を誘導して敵兵力に向かわせたりもしたし、セイスが敵陣に潜入して、何食わぬ顔で味方の振りをして偽の情報を与えたりした。
どの作戦も、深追いせず、無理せず、逃げてでも生きのびる事を優先して、それぞれが得意な事を自ら考えて提案して、実戦していった。
それぞれの強みを生かす方法は、山で学んでいた。
各個人の強さが、特訓前と大きく変わっている訳では無い。恐らくまともに敵兵と戦ったら、イェークとシス抜きでは勝利は難しかっただろうし、味方に死者も出ただろう。
だが、戦い方1つで、彼らは実力以上の成果を出した。
戦い自体は、ほとんどがイェークの戦闘力とシスの魔法が決め手になったが、それまでの道筋を全員で作ったのだ。
ヤップ川の戦い第3陣において、イェークたちの戦果は多大だった。
元々の領土を、ゴース恒王国に一部奪われていたのに、今回の戦いで、盛り返して、あまつさえ敵の領土を一部奪う形で終了した。
勢力の盛んなゴースに土を付けたのである。
イェークたちアーシュ地方のルヴァ衆の帰路は、意気揚々だった。
正に大手を振って大騒ぎしながらルヴァの街に帰ってきた。
いや。
帰ってくる直前だった、それが起こったのは。
「それにしてもイェークさん、メッチャクチャ強かったですね!」
何度目になるのか、最年少のクリットが、興奮冷めやらぬ様子で下士仲間と話す。
「俺は、シス様の魔法に驚いた。あんなに魔法って便利なのか」
呟いたのは、最年長のコルダーである。
「いくら作業しても全然疲れなかった」
コルダーは持ち前の技術力で、パーティーメンバーに指示を出しながら多くの罠を作った。
「確かに、支援魔法の有り難さを知ったねぇ」
実戦経験もあるバズが口の傷跡を触る。格好つける時のクセのようだ。ただ、何故今、格好つけるのかが分からない。さらに、そのクセもさほど格好良くないのだからもの悲しい。
「俺も、帰ったらイェークさんやゼッツみたいに髪を切ろうかなぁ~」
切実にモテたいメンバーのロドスが呻る。
「兄さん。せっかくそこまで伸ばしたのに・・・・・・」
弟のギドが呆れたように首を振る。ギドは顔が良いので、どんな髪型でも似合ってしまう。
そんな話しに花を咲かせていると、行く手にそびえる、故郷のルヴァの街の西にそびえるオッド山が赤く輝く。
時刻は15時半。この時期のトリスタンでは夕刻の地域もある。
天気が良いので、空が赤く染まったのだろうと、イェークは西の空を仰ぎ見た。
しかし、西の空にはまだ太陽が高く、あと一時間は沈みそうに無い位置に輝いている。
「違う!東だ!!」
普段無口なバルタスが、鋭い目を東の彼方に向ける。
そして、誰もが唖然とした。




