血と氷と炎の大地 出陣 3
翌朝、呼び出されて2人がヤードや羽入たちの待つ部屋に行って、驚くべき命令を受けた。
「そなた等2人、南の恒王国の侵攻を阻止するために出陣せよ」
「は?何で俺たちが行く必要がある?俺たちは、まだ帰属すると決めた訳では無い!!」
イェークが反射的に怒鳴る。
その剣幕に、ヤードは一瞬怯んだが、怯まされた事にムキになる。
「今から五日後に出陣だ!!貴様等の下士とやらも連れて行って良いが、拒否する事は許さぬ!!」
「どんな権限で?!」
「ワシの命令だ!!わしの命令はリーン国国王の命令と同じだ!!逆らったら貴様を処刑する!!」
理屈も法も有りはしない。ただの我が儘小僧の癇癪だ。
「その命令謹んでお受けします」
シスが静かに言う。
「お、おい。シス?!」
イェークは驚く。
「ただ、私の下士は今のところ1人です。せめて、その下士を筆頭に部隊を整える事をお許し下さい」
シスが下手にでたので、ヤードはやや気を良くした。居並ぶ羽入に相談する事無くヤードは許可を出した。
「小隊規模ならば良かろう!そなたに死なれては面倒なのでな」
ヤードが手を振って、イェークたちを退場させようとするが、その前にシスが語を繋ぐ。
「それと、その戦が終わりましたら、大殿との婚姻を受けましょう」
◇ ◇
シスの決意が、村時代からルヴァに住んでいた住人に与えた衝撃と効果は計り知れなかった。
ショットの部隊にいた者たちは全員が下士となるべく名乗り出た。
更に、村人の代表連が資金を調達して装備や、補給物資を用意してくれた。
下働きを申し出る者、文士を志願する者もいた。
下士希望者も、もっと多かったが、小隊規模と言われていたので、ショットと、あと10人までしか下士に加えられなかった。その為、元部下を優先して下士に迎えた。
そこまでが僅か1日で完了した。
シスの婚姻受理発言を受けた後の室内は、控えめに言っても騒然とした。
イェークも、ヤードもが、最初は何を言われたのか理解出来ず、ポカンとしていて、次にはイェークが叫び、羽入たちの中には反対を叫ぶ者もいれば、祝賀ムードで喜ぶ者もいた。ヤードも、不気味に思ったのか、そもそもシスの事を嫌っていたのか、何故か反対意見を言い出す。
周囲が収集付かない状態になっているのに、シスだけは何も言わずに、気付いたらイェークも残したまま退室していた。
半日以上経った今も、イェークは納得出来ないでいたし、シスからは何の説明も受けていなかった。
もういっそ、このまま強引にシスを連れてトリスタンから脱出しようかと、何度もシスに手を伸ばしかけた。
だが、その度に、シスには何か作戦なり思惑なりがあるのだろうと考えて手を引っ込める。
今は言えないのかも知れない。イェークは自分が単純で、隠し事が苦手なのを自覚している。
きっとそうに違いない。
意外なのは、最初に結婚を反対していたビュトーが、報告を受けた後、「それはおめでとうございます」と、静かに言ったのみだった事だ。
釈然としない思いは残ったが、イェークは出陣の準備をする必要があった。
何と言っても、ショットの部下たちは成人前の新兵や、未だに半人前の少年兵である従士だけで構成されていたのだ。「申し訳ない、イェーク・・・・・・殿。一度持った部下なので、責任を取りたくて下士に加えてしまった」
ショットがイェークに詫びるが、イェークは苦笑する。
「ショットさん。『殿』はいりませんよ」
ショットも苦笑する。
「そっか。じゃあ、俺に対しての敬語も無しにしてくれよ」
「ああ。そうしよう」
2人で拳をぶつけ合う。
それから、イェークが先のショットの詫びに対する返答をする。
「新兵や従士ばかりと言うけど、従士は10歳から。最年少のクリットは11歳だったね。でも、冒険者で10歳なんてのは、じつは珍しくないんだ。おまけにアホほど強い10歳もいる」
イェークの言葉に、ショットは眉を寄せる。
「ああ。そんな話しを聞いた事はあるけど、にわかには信じられねぇんだよな」
まるで、自分たちがしてきた修行が、何の役にも立っていないみたいでやりきれない気持ちになる。
「俺も驚いたよ。でも、それにはちゃんと理由はある」
「理由?」
イェークが頷く。
「要は戦い方と、訓練方法の違いだよ」
「それが分からんのだ」
自分たちの訓練方法に間違いがあるというのか?
「トリスタン式の鍛え方では、兵士としては強くなる。しかも、トリスタンの様な複雑な地形での集団的な戦い方をする事にばかり特化している。かといって、個人個人の武力が弱いのかと言えば、はっきり言って、他国の兵士よりは格段に強い」
「・・・・・・強いなら良いんじゃねぇか?」
当然の疑問である。
「強いのは間違いない。伊達に剣聖率いるグラーダ国相手に戦い続けて、結局敗北しなかった。剣聖抜きでもグラーダ軍の兵士は、他国の兵士より遥かに精強だと言うのにね」
「ふむ」
そう言われるとやはり悪い気はしない。ショットも満足そうに頷く。事実、地形や状況がどうあれ、グラーダ軍と戦って引き分けた事は驚嘆すべき事だったのだ。
「でも、個人個人の戦い方となれば、冒険者たちの方が強い。もしも、冒険者たちが大挙してトリスタンを攻めてきたとしたら、多分トリスタンの全土は、5年と掛からず冒険者共和国になるさ」
「だから何でさ?」
「まあ、聞くよりも実戦してみれば分かるよ」
そう言うと、待たせていた下士たちの元に2人で向かった。




