血と炎と氷の大地 壁の中の故郷 1
マイアン家は一度滅んでいる。
生きているのが女性のシスだけなので、男中心社会のトリスタンでは、シスが家長にはなれない。
だが、今、ルヴァにはマイアン家が復興し、この土地を治める頭領となっている。
それは、シスの父ドルトス・マイアンの姉リュリュアが、エドレスの大頭をしていたリーン家に嫁いだことが関係している。
リーン家は、マイアン家が滅亡した後、エドレスから勢力を伸ばして周辺一帯を支配するようになった。
そして、マイアン家が仕えていて、更にマイアン家を滅ぼしたアーシュ一の大殿レンデン家を飲み込んで、「国」にまで成り上がっていた。
リーン家は、王族となった。
それは2年前の事である。
リーン家は、さらに北に勢力を拡大し、北部のナントの地を狙っていた。他の武家に漏れず、「恒王」となる野望を抱いていた。
国王はドース・リーン。40代半ばの頑強な戦士である。頭髪は剃っており禿頭で、顔に二カ所の傷がある。体にも無数の傷が有り、歴戦の戦士である事は一目瞭然であった。
王妃がシスの伯母、リュリュア・リーン。トリスタンの武家ではごく普通のこととして、政略結婚である。
リュリュア王妃は7人の子を産んだが、今も生きているのは長男のルッサと次女コッナ、そして四男のヤードの3人だけである。
長男のルッサは、父親に反抗的な態度を取りがちだが、戦士としては申し分なく、人望もある。
次女のコッナは、ルッサよりも2歳年上で魔女である。人を遠ざける性格である事と、魔女である事から22歳ながら独身である。
そして、問題となるのが、末の息子であるヤード王子である。
ヤードは戦士としては役に立たない臆病な性格で、武家の男子の試練も受けていない。
次男、三男を試練で死なせた父親のドースに対して、リュリュアと、ドースの母ゲイナがヤードを庇って、戦士として育てさせる事を許さなかったのだ。
そして、武家の男子として生まれながら、戦えない臆病で卑屈で我が儘な男に育ち、ついに成人の日を迎えた。
リーン家は、この三年ほどで、急速に勢力を拡大し、アーシュの地も手中に治めて、ついには「国」と呼べる規模にまで大きくなった。
そうなると、王子であるヤードにもそれなりの役職を与えなければならない。しかし、戦士として役に立たない男を大きな役職に就ける訳にもいかないし、王位を継承する状態にもしておきたくない。周囲の家臣たちが、戦士として半人前ですら無い主を認めることは無い。
王とは、まず優秀な戦士で無ければならない。それは最低条件だった。弱い王には、誰も従わないのだ。
そこで、母親であるリュリュアの出身であるルヴァ村を与える事にした。まずはルヴァを統治する事で、実績を作る。そして、いずれはさらに大きな領土を与える事で、ある程度の血族としての面目を保ってもらえれば充分と考えたのだ。
ただ、今や街の規模にまで大きくなったルヴァだが、やはり力の無い領主(殿)には従順ならざると考えて、リュリュアの旧姓であるマイアンを名乗らせる事にした。
レンデン家の陰謀によって滅亡させられたマイアン家だったが、土着の民には未だに尊敬されているのだ。
それにより、マイアン家は確かな血統を引き継ぐ形で復活したのだ。
そして、シスがトリスタンの情報を得ていた人物から、シスを呼び戻す連絡が届いた。
「お家再興?なんか面倒なことになってるなぁ~」
パーティー離脱の報告を受けた、リーダーのビルは眉をしかめる。
「俺はお勧めしねぇけど、ま、お前らにも色々しがらみとか、都合とかがあるんだろうなぁ~」
ビルはぶっきらぼうだが、心配しているのは本当なのだろう。引き留めようか悩んでいる風だったが、最後には苦笑しながら手を振る。
「離脱は構わねぇよ。ただ、困ったらいつでも戻ってこい。臨時パーティーからずるずるパーティー組んだままだった訳だが、これでも大事な縁だ。縁をないがしろにするつもりはねぇからよ」
2人はビルに深々と頭を下げる。
「お二人の無事を祈るのである」
僧侶のテリテアが別れ惜しそうに目尻を拭いながら言う。
「やれやれ。前衛も後衛も足りなくなっちまうな。腕の立つ奴探すの大変なんだぜ」
スプリガンのレネップが嫌味を言う。が、これも彼なりの別れの言葉なのだろう。




