紫竜討伐 武器語り再び 2
歩きながら、俺はラゴラと話す。
「この街でも剣を買ったのか?」
「いや、まだだ。金ならあるが、私はじっくり選んでから買いたいのだ」
「なるほど。だが、わかるな」
金に余裕が無かった時は安物のロングソードを買ったりしたが、金と時間に余裕があるなら、やはり武器はじっくり選びたい。
「私は、自分の足で歩いて、武器を探しに行き、自分の眼で見て、納得して買いたいのだ」
「それで、欲しい剣が複数あったらどうする?」
ちょっとした意地悪な質問だ。
「ふふん。カシムよ。私を侮るなよ。欲しい剣が同じ店に2本あった場合は、よりじっくり考えて1本だけ購入する。その方が剣に愛着が湧くし、大事にするだろう?」
「わかる!わかるぜ!!」
武器クラッシャーの俺が言っても説得力無いかも知れないが、実は俺も武器収集には興味がある。
実家の武器庫にはわんさか武器があって、良い物があったら、片っ端から集めてしまうような家だ。だからこそ、俺は自分の気に入った物を大切に長く使う事に憧れている。
今のところ、それが実戦出来たことは無い。武器も防具も壊れまくっている。
ようやく絶対に壊れない「竜牙剣」を手に入れたのだが、それを無くさない自信は無い。投げる武器だもんな。
でも、出来ればずっと竜牙剣を大切にしたい。もちろん、楓もだ。
「ラゴラはコレクターの鑑だな~。憧れるよ」
俺が本音を言うと、ラゴラはまんざらでもなさそうに頷く。
「私もお主とは意見が合って、実に心地よい」
そう言ってから、ラゴラは、急に周囲をキョロキョロする。
そして、俺たちを、狭い路地裏に招き入れた。
「どうした?」
ここには流石に店なんか無い。だが、ラゴラはアールを見つめて、真面目な表情で言った。
「どうして妹御はここまでする必要があったのだ?」
ラゴラが俺に厳しい目を向ける。
「どうした?」
俺は戸惑った。
「暗器使いに対して、別に何かを詮索するつもりはなかったのだが、他ならぬカシムの妹御だ。看過出来ぬ事もある」
ラゴラはアールの顔を指さす。
「含み針だ。それも常時口腔内に仕込んでいる。恐らくは口の中を焼いて、袋を縫い付けている」
「え?!それ、本当か?!」
俺はたじろぐアールを問い詰めた。
「知らなんだのか?」
ラゴラがジッと俺を見つめる。
「・・・・・・ああ。俺とアールは幼い頃に生き別れになったんだ。それで、再会した時にはアールは暗器を仕込まれていた。今は俺と一緒に冒険者をしている」
元暗殺者だと言っているようなものである。警戒されたり、軽蔑されても仕方が無い。だが、その軽蔑は、どうか俺に向けて欲しい。
そんな懸念を吹き飛ばすかのように、ラゴラは優しげな笑みを浮かべた。
「そうか。それは災難だったな。だが、今はこうして兄妹再会して共に過ごせているのだ。良かったでは無いか」
俺は安堵のため息を付いた。アールはまだ警戒を解けずにいる。俺はアールの肩を抱いて安心させてやる。
「麗しき兄弟愛だな」
ラゴラは「クカカカカ」と笑った。
「他ならぬカシムの妹御だ。そのままでは健康に差し障りがある。良ければ口腔内を治してやろうか?」
ラゴラは事も無げに言う。そして、手を後ろに回して、背中の大きな箱の下に手を入れる。そんな所に取り出し口があるのか・・・・・・。
そして、やおら、小さな瓶を取り出す。
「我が秘蔵の軟膏だ。古い火傷であっても、たちどころに治る」
それはかなり高い物じゃ無いのか?
「いいのか?」
「無論だ。ただし、袋を引きはがす時は痛むが、妹御は我慢出来るかな?」
言われて、俺は戸惑ったが、アールはすぐに頷いた。
「安心しろ。医療の心得もある。余り痛くはせぬ」
そう言うと、どこからか、かなり小さな小刀を取り出していた。メスと言う医療用の刃物だ。
「では口を大きく開けられよ」
アールが口を大きく開ける。それで、俺もアールの口の中を見て驚く。
口腔内の右の頬に、革製の袋が縫い付けられていて、その周囲は黒く焼けただれていた。
「酷いな。これは食事の度に酷く痛んだであろう。我慢していたのか?」
ラゴラの問いかけに、俺はまた酷く驚いた。アールは小さく頷く。
知らなかった。気付かなかった。こんな状態で、今まで俺たちと食事をしていたのか。我慢強いなんて物じゃ無い。拷問をずっと受けているような物だろうが。
「そして、毒針か。その毒も、常に体に影響を与えているだろう。かなり体に悪いな」
ラゴラが、アールを同情を込めた目で見つめる。
俺は知らず知らず涙が頬を伝わるのを感じた。
「すまない、アール。俺は気付いてやることが出来なかった・・・・・・」
アールは大きな目をまん丸にして驚いた様な顔で、小さく首を振った。口を大きく開けているのでしゃべらない。
「では、手早く処置しよう」
ラゴラのメスがアールの口の中に入っていく。何がどうなっているのか、俺には分からないが、ほんの30秒ほどでメスは口の中から出されて、代わりにラゴラが指をアールの口の中に突っ込む。
「痛かろうに、我慢強い」
アールは無表情で、ただ口を開けて身動きひとつしない。呼吸も乱れていない。
やがて、アールの口から、小さな袋が、中に入った針ごと取り出された。
口の中は出血しているようで、口元から血が流れる。
「アール!」
思わず叫んでしまう。
「心配するな」
ラゴラは再び指をアールの口の中に突っ込む。今度は薬をたっぷり塗った指で、その指を患部に押しつけて塗っていく。「では、これを含んでいると良い。すぐに傷は綺麗に治る。
そう言って、最後に綿をアールの傷口に押し当てて口を閉じさせる。
「気持ち悪いだろうから、血は吐き出して構わないが、水は少し我慢しておれ」
アールは頷くと、血をゴックンと飲み込んだ。
「クカカカカ。我慢強いよい子だ」
ラゴラが笑った。
「ありがとう、ラゴラ」
俺はラゴラに礼を言う。
「構わぬよ」
ラゴラは笑いながら、血で汚れた手を手ぬぐいで拭うと、アールから取り出した袋と含み針をまとめてその手ぬぐいでくるんだ。
「危険物だから、後でちゃんと処理しておくが、もう二度とこんな物を口の中に忍ばせてはいけないぞ」
ラゴラの言葉に、俺とアールは素直に頷いた。
普通、含み針は、普段は服とかに刺して持ち歩いて、必要な時に気付かれないようにそこから針を引き抜いて口に含ませ、相手に吹きかける物だ。大体が目くらましや、隙を作るための武器だ。なのに、常時毒を含ませた針を口の中に仕込むとか、有り得ない。
「闇の蝙蝠」の凄まじさが分かるが、同時に怒りが湧く。
今頃はじいちゃんが闇の蝙蝠の勢力を全滅させていることだろう。




