紫竜討伐 アモアモ・タラ・ドースィー 7
「ここ、お湯熱かったろ?あっちのぬるいところに行こう」
俺はコッコの手を引いて、さっきまでいたところに戻る。あの辺りのお湯は結構熱いから、潜ってきたコッコは大変だったろう。
「あじゃああああっっ!!!」
俺たちがぬるいお湯に浸かった時、あの橋の横で叫び声が上がる。
ニーチェの奴、穴を通って女湯に行こうとしたな・・・・・・。
「目が、目が熱い!!」
叫ぶと、ニーチェは内湯の方に走って行ってしまった。
「あやつはアホか?あの穴はワシでもギリギリじゃったのに」
コッコが呆れたように言う。
「言ってやるなよ。あれでもあいつは真剣なんだ」
少しすると、ニーチェが勢いよくお湯をかき分けて戻ってきた。
手には2本の牛乳瓶を持っている。脱衣所の売店で買って来たな?!
「例え通れずとも、これで女湯が見れる!!」
ニーチェはそう言うと、牛乳瓶を目に当てて、再びお湯に頭を沈める。
「・・・・・・」
俺たちはその様子を、ボンヤリと眺めていた。上手くいくと思っているのか?よしんば覗けたとしても、その壁のすぐ先に女の人がいるとは限らないだろうに・・・・・・。
すぐにニーチェがお湯から飛び出してきた。
そして、こっちに走ってくる。他のお客さんもいるのに、迷惑な奴だな。って言っても、この辺りにはいないか。
「だ、誰かいた!!!」
ほう。そいつは良かったな。
だが、その割には困った様な必死な形相だ。
「わたくしと同じように牛乳瓶を目に付けていた!!」
「は?」
『男湯から、誰か覗こうとしてた!!ミルと同じで牛乳瓶を目に付けていた!!!』
ミルの悲鳴が女湯からする。女湯から複数の女性の悲鳴が上がる。
ってか、ミルもニーチェと同じ事してたのかよ。アホなの?
『紫色の髪してたから、多分ニーチェだ!!』
そして、バレてる。
ニーチェの動きがピタリと止まって女湯の壁を凝視する。
すると、静かながら凛と通る声が女湯から届く。
『コッコちゃん。お仕置きお願い』
リラさんの声だ。
「承知したのじゃ!!」
コッコが嬉しそうに俺の側から離れて、ニーチェに飛びかかっていく。
「ぎゃあああああああっっ!!痛い痛い!!ひいいいいい!!助けて!!助けてぇぇぇぇ!!!」
ニーチェが泣き叫ぶ。
お湯の抵抗で満足に動けないコッコの攻撃を、何故かことごとく受けて、勝手に痛みもだえている。
「おお~~い。あんまり騒ぐと、他のお客さんの迷惑だから程々にしておけよ~~」
一応注意しておく。
なんだかんだとあったが、ともあれ俺は温泉を満喫してコッコと連れだって部屋に戻った。
部屋の前では、何故か満足そうな笑顔を浮かべながら、先に出ていったニーチェが正座をしていた。
何だか幸せそうだったので、そっとしておいてやる事にして、俺たちは部屋に入っていった。
部屋には先に戻っていたランダが何か言いたそうな顔でこっちを見る。
「ああ。ニーチェなら放っておいていいよ。ズッとやってみたかった事を実戦しているそうだ」
察して俺がランダに言うが、ランダは小さく苦笑する。
「いや。それも確かに気にはなったがそうじゃ無い」
「ん?」
ランダは窓際の壁に寄りかかって腕組みをしている。その腕をほどいてしっかり立って俺を見る。
「お前たちが苦労している時に、俺はいられなかった。それを詫びたい」
ランダが頭を下げかけるので、俺はあわててランダの肩を押さえて止める。身長差があるので、中々難儀する。
「おいおい!そうじゃ無いだろ?!お互いに目的があって、それに向かって行く事を応援こそすれど、それを非難なんてするはずが無い!ランダはちゃんと手がかりを掴んできたんだし、それまで大変な思いをしていたんだ。1人で抱え込んで戦ってきたんだろ?悪名も、汚名も被りながら!」
必死になって言う俺に、ランダが少し困った顔をする。
「それに、俺はランダがいない時でも、お前の存在に助けられて来たと思っている!それが仲間だ!パーティーだ!」
だから、そんな悲しそうな顔するな。
「・・・・・・こんな俺でもいいのか?」
不甲斐ないとか思っているのだろう。だがそれは違う。お前はお前が思っているよりも俺達にとって、重要な存在だ。
「お前じゃ無きゃダメだろ?」
「ぎゅはぁ!!」
ドアの方から奇妙な、押し殺したような叫びが上がる。
見ると、真っ赤な顔で口と鼻を押さえたリラさんが立っていた。
「あ、リラさん。おかえりなさい・・・・・・?」
様子が変だ。
「あっ!!いいえ!その、お、お邪魔しました!!」
叫ぶと、リラさんは自分の部屋に駆け込んでいった。
「リラさーん!」
エレナもリラさんを追う。
いや。邪魔してないよ。パーティーとしての話しなんだから、リラさんからもランダのフォローをして欲しかった。
「ランダどうしたの?」
ミルが部屋に入ってこようとするのを、ヒュッとすごい速度で伸びてきたリラさんの手が捕まえて、衿を引っ張って女部屋に連れ込む。
「なんだったんじゃ?」
コッコが呆然としている。
俺もランダも首を傾げた。
「・・・・・・ま、まあ、そう言うことだ。それと、水筒ありがとう。おかげで助かった」
海賊の島ではランダが俺の鞄に忍ばせてくれていたハイエルフの水筒が役に立った。
「それはお前が持っていた方が良い」
ランダは柔らかく笑うと、ウエストポーチから水筒を出そうとする俺を止めた。なので、そのまま俺が持っている事にした。




