紫竜討伐 最強の暴君 5
「では、我々は出発します。皆さん、それぞれご無事で」
大勢の見送りに対して俺は挨拶する。
紫竜との会合は失敗に終わった。だから、これから緑竜の棲むトリスタン連邦国に向かう事になる。
ギルバート様からの手紙では、緑竜の様子がおかしいとの事だ。その調査も兼ねて行かなければならない。
ただ、トリスタン地方は、未だに連邦国内では常に戦が起こっている。気を引き締めなければならない。
それに先だって、俺たちは、まずは骨休みの意味も込めて、温泉郷であるタラの街に行く。
見送りの人たちは村人だけではない。
リラさんたちと脱出した女性たちもいる。
一応これからイリアさんが主となって、皆をそれぞれの国に送り届ける事となっている。
なんと、紫竜が路銀と、当座の生活費を各々に渡してくれている。それが結構な額になるので、道中の護衛と、これまで彼女たちのボスだった責任から、イリアさんがしっかりと送り届ける事になった。
「エレナさん。またこの近くに来たら、必ず寄ってくださいね」
一番離れ難そうにしていたのはリーザさんだった。
「はい。それはもちろんです~」
エレナも離れ難そうにしているが、それでもここでパーティーを抜けるとは言わなかった。こんなことでパーティー抜けたら、さすがに獣人国に戻れなくなる。
あくまでエレナは戦士だったと言う事だ。
感心して見ていたら、「何ですか?いやらしい」と罵倒されてしまった。
ジト村に脱出者を連れて戻ってきたのが、12月29日の昼。
そして、俺たちは、その日のうちに出発する事にした。
なんと言ってもここは紫竜の領域内だ。
任務に失敗した上は、早く領域から出た方が良い。
それに、ジト村では凄まじく歓待されそうだったから、余計な話になりそうだ。
あまり創世竜について話をするわけにもいかないから、そうなる前に出発する事にした。
後は、早くパーティーメンバーだけになりたかったと言うのが大きい。積もる話があるものの、ちゃんと落ち着いては話せていないからな。
上手くいけば、温泉郷で年越し、新年を迎える事が出来そうだ。少しくらい羽を伸ばしたい心境だった。
「では、御達者で。皆様の道中の安全を心より願っております」
挨拶を後ろに聞きながら、それぞれ馬に乗って、ひとまず北へ向かう。
俺はいつもの黒馬チェリーに、ミルと乗る。ミルはまた甘やかし期間に入っている。あと口止め料としても、ここでポイントを稼がなければいけない。
リラさんは大型のピーチに乗っている。アールが一緒だ。
葦毛のプラムはファーン。灰色のアップルはエレナが乗っている。
リラさんは、エリューネがみんなに見えなくなった事を残念がっていたが、多分今もリラさんの周囲を出たり隠れたりしながら飛んでいるのだろう。
温泉郷タラの街へ行くには、ジト村から北に進み、グレンネック北部からトリスタンに続く大街道に出る必要がある。そこから、戻る感じで南下する。すると、道はセイルディーン山脈に近づき、入り組んだ山道になる。
ある程度登ったところがタラの街である。
紫七連山の一つ、紫炎山の火山が影響して温泉が出る。湯量もかなり豊富で、街の中で何往復もさせて温泉の温度を冷ます「湯畑」がある事が有名だ。
程なく日暮れとなったため、俺たちは木立に囲まれた小道の脇でキャンプの準備をする。
「あ、あのぉ~」
エレナが落ち着かな気に、後方をキョロキョロと見ている。
「しっ!」
俺がエレナに注意する。
「準備しましょう?」
リラさんに促されて、後方を気にしながらも取り敢えずエレナもキャンプの準備をする。
さすがに慣れたもので、すぐに食事も用意できる。今日はファーンとミルが食事を作ってくれる。
ミルの味付けを、最近料理が美味くなってきたファーンが必死にフォローし、なんとか味わいながら食べられる位にまで回復してくれている。
ただの豚肉を焼く料理が、こうなる理由を知りたいような、知りたくないような。
「あの、皆さん?あたしだけ仲間はずれにしてませんか?」
エレナが落ち着かない様子で、さっきからキャンプの明かりがギリギリ届くか届かないかの木立の間を見る。
「気にすんな。いいか、気にしたら負けだ」
ファーンがそっちをチラリとも見ようとせずに言う。
「ああ。それにしてもファーンは料理の腕が上がったな」
俺が褒めると、ファーンが嬉しそうに笑う。
「そうか?!まあ、暇な時に頑張ってんだぜ!」
「おいひいね~!おいひいね~~~!!」
おいしさを半減以上にしている張本人は、満足そうに料理を頬張る。こいつの味覚は大丈夫なのか?
「でも、でもですね・・・・・・」
エレナが何か言おうとするが、俺たちはそれ以上相手しない事にして、食事が終わったら、早々に眠る事にした。
エレナは「眠れない~」と言っていたが、寝袋に包まったら、あっさり寝息を立て始めた。
こいつが起きていたら面倒くさいから、夜の番は、俺とミルとで順番にする事にした。
翌朝。とても良い天気だ。
軽くパンをかじって、お茶を飲んだら、すぐにキャンプを撤収して出発する。
道は相変わらず狭く、木立に囲まれている田舎道である。
行き交う人など1人もいない。
大街道に出れば、多少は行き交うのだろうが、そもそもトリスタンに向かう人自体が少ないのだから、それもどんなものだろうか。
少し進んだところで、ついにエレナが叫んだ。
「皆さん!!おかしいですって!絶対に絶対におかしいですって!!」
発狂したか。
「あの人誰ですか?!何で付いてきてるんですか?!ジト村の人じゃなかったんですか?!!」
エレナが指さす先には、薄紫色の長い髪の美青年が、少し離れた木立に半分姿を隠しながら付いてきていた。
「チッ」
「今、カシムさん舌打ちしましたよね!?何で無視するんですか?」
こうなったら少しだけ説明しなきゃならないな。
「エレナ。大丈夫だ。あいつはただの怪しい暇人だ。気にするな」
「気になりますよ!!めっちゃくちゃ気になるじゃないですか!?」
くそ。こいつだけ創世竜が人間の姿になれる事を知らないからな。
何を考えているのか、紫竜の奴、ジト村に到着して女性たちに別れを言った後、しれっとゴブリンロードから人型に変身して、村に入り込んで来やがった。女性たちはあいつの事を村の関係者と思っていて、村の人たちはあいつを女性たちと一緒に脱出してきた人だと思っていた。
そして、俺たちの出発の時も、女性たちに別れの挨拶をして付いて来てやがる。
少し離れて、見え隠れしながら。
バレてるんだから、わざわざ微妙に隠れるなよな。




