紫竜討伐 最強の暴君 1
この案は、リラさんらしくない。
おそらくはファーンの作戦だろう。
『む。我等が人の姿を取れる事をご存じとは、畏れ入りました』
紫竜が驚愕の声を上げる。
まあ、ゴブリンロードから紫竜の姿になったんだ。たとえ知らなくても、人間の姿にくらいなれるんじゃないのかとは、誰でも思い至りそうなものだが・・・・・・。
「如何ですか?・・・・・・それとも、剣は苦手だったかしら?」
さっきからファーンがリラさんに耳打ちしている。完全にリラさんは腹話術の人形と化している。
『いいえ。その提案をお受けしましょう。エレガントな戦いをご覧に入れましょう』
こいつ、チョロいぞ。これなら勝機も見えてきた。
『では、恥ずかしながら人型を取ります。お見苦しいものをお見せしますが、どうかご容赦ください』
紫竜は、一瞬躊躇した後、溶けて消える。
そして出現したのは・・・・・・。
嘘だろ?
絶世の美青年じゃないか!!
薄紫の長髪に、切れ長の目には、赤い瞳が怪しく輝き、すらりと細く高い鼻。上品な整った唇。
細く尖った顎。
服装もアインザーク風貴族、または王族の服に薄青のマント。白い羽毛のマント止めブローチ。
身長は172センチの俺と同じくらいだが、全体的に、何というか、スラリとしていてスタイルが良い。
一分の隙もないくらいの美青年である。
「何だよ!?滅茶苦茶かっこいいじゃんか!」
ファーンが感嘆の声を上げる。
「い、いえ。ご容赦ください・・・・・・。わたくし如き、女性からそのようなお言葉を頂く価値はございません」
そして、謎の自己肯定感の低さ。
リラさんですら、口に手を当てて頬を赤く染めているじゃないか!何だ!?妬ましい奴め!!
「それでは、決闘として、互いに剣と体術だけで戦ってください。そして、これは決闘なので、相手をできるだけ傷つけずに勝敗を決する様に気を付けてください。・・・・・・そう。よりエレガントな戦いになる事を期待しております」
リラさんが一応決闘のルールを確認する。
「無論、承知しております。この上はリラ様がお楽しみいただけるよう、エレガントな戦いをご披露いたします」
ものすごく似合っているセリフを吐く紫竜。
そして、空中に手を突っ込んで、美しい装飾を施した、かなりの業物であろうサーベルを取り出す。
「カシム君もそれでいいわよね?」
リラさんが俺に尋ねてくる。
「ああ。それで構わない」
それなら、少なくとも俺が死ぬ事は回避できる。
「では、お互いの健闘を祈ります」
リラさんがにっこり微笑む。
上手いぞ。この決闘、勝ったらどうする、負けたらどうなると言った、勝敗による条件がない。ただ勝敗を付ける事が目的になっている。
これなら、奴は勝っても自己満足を得るし、俺は負けても失うものは無い。危なくなればわざと負ければ良いんだ。それで相手の面子も立つ。
「お兄ちゃん!!がんばれーーー!!」
おう。頑張るぜ。俺はミルに頷く。
「兄様!頑張ってください!!」
アールもミルと並んで俺を応援してくれる。よし。いっちょ頑張るか。
「・・・・・・」
いや。まずいまずい。紫竜がすごい目で俺を睨んでくる。落ち込んですらいるように見える。
俺はファーンを見て、状況が悪くなりそうだと合図する。
「え?あーーー。あのな。決闘だったら立会人が必要じゃん?だったら、俺は公平な立場で立会人しなきゃいけないよな」
言いながら、さりげなくリラさんを促す。
「あ!ああ!ニーチェ。カシム君は仲間だから私も当然頑張ってほしいとは思うの。でも、私はあなたにも怪我をしてほしくないの。だから、頑張ってください」
リラさんの言葉に、紫竜がみるみる機嫌を良くしていくのが分かる。
「承知いたしました、リラ様。見たところ、エレナ様はあいつを嫌っておりましたので、この場にいれば、きっとわたくしめを応援してくださった事と思います。わたくし、お二人の騎士として、この決闘、勝利してご覧に入れます」
言うなり、リラさんの前に跪いて、その手を取り、手の甲を見つめる。
見つめて止まり、震えながら顔を近づけようとするが、また止まって、スッと手を離して慌てて立ち上がった。
その場の勢いと、自分のセリフに酔って、リラさんの手の甲に口づけをしようとしたのだろう。だが、寸前で正気に戻って日和ったな。
俺にはあいつの思考が手に取るように分かる。情けない奴め。




