二日間の戦い 第三回、世界会議 7
誰も何も言わない。
「深淵の魔王は、47年前に旧グラーダ国王都、現在のレグラーダ西の砂漠に出現した。そして、現在は我が王城リル・グラーダにて保護し奉っている」
恐る恐る手を上げたのは、ザネク国からグラーダ国に派遣されている大使である。本国からの命令で今回の世界会議に突如出席するように言われ、老いた頭を必死に働かせて、送られた資料に目を通しながら、ここまでやって来た。
「私がまだ若かった頃に、一時流れた噂があったのですが」
「ほう?」
グラーダ三世は頷いて先を促す。
「確かグラーダ陛下がおっしゃった時期頃の話だったと記憶しておるのですが、かつてのグラーダ王都の近くに、天を突く腕と、空を覆う程の巨大な目が出現したとか、グラーダ城が魔物に襲撃されたとか・・・・・・。すぐに誰も信じなくなりましたが・・・・・・。何か関係がおありですか?」
ザネク大使は、怯えた口調である。偶然にしては符号が合う。
その回答はすぐに得られた。
「さよう。大使の記憶力は大したものである。
その事件は確かにあった。天を突く巨大な腕が出現し、同時に、正に天をも覆う程の、想像を絶するほど巨大な目が出現して地上を睨んでいた。そして、その後には、グラーダ王城が大量の魔物に襲撃されたのも事実である。
それらは、我が父、グラーダ二世と、剣聖ジーンによって、全国民に箝口令が敷かれて秘匿された。
無論、旅人や商人は目撃しているが、それらが余所に伝えたとしても誰も信じなくさせるように、世界中に吟遊詩人などを配した。
大使の言う通り、それらは、深淵の魔王様の出現による影響だった」
「その・・・・・・。深淵の魔王様?それは危険では無いのですか?」
「危険だとも。何せ、かつてはキエルア老師の野望に利用されて、一度はこの世界を、ソル恒星系、もしくはこの銀河系ごと、うっかりで消し去りそうになったそうだ。
今はリル・グラーダ城の最奥に籠もっておられるが、封じたり、行動を制御するような事など、どこの世界の誰にも不可能なのだ。
創世竜もそれを知っておるから、時々グラーダに様子を見に来るが、決して近づこうとはしない。それ程恐ろしい存在なのだろう」
今度はエッシャ国の仙人然とした服装の初老の国王が発言する。
「失礼を承知で申し上げるが、実在する証拠はおありですかな?」
グラーダ三世は、静かに目を閉じる。
「私の母は、生まれながら病弱であった。とても成人まで生きてはおれぬとの事だった」
グラーダ三世の母カザ・フェリーナは、亡カロン国の低級貴族の三女である。カロン国にとってグラーダ国は未開の地であるアスパニエサー地方の蛮族たちからカロン国を護る防壁のような国だった。
そこで、多少ではあるが、形ばかりの縁を作る事にした。それでも、遙か格下の小国グラーダ国の王にやるのに、貴族令嬢はもったいない。そんな蔑みの感情から、低級貴族の三女にして、病弱の役立たず、カザが、グラーダ二世にあてがわれた。
だが、この2人は、深く愛し合った。
カザは子どもは産めない体である。グラーダ二世は、ゆくゆくは養子を貰うつもりだったそうだ。
「だが、私が生まれた」
グラーダ三世が呟く。そして、会場の人々を見回す。
「なぜ、私がこれほど強い力を得ているのか、疑問には思わなんだか?
私は、深淵の魔王の力によって一時的に強化された母の体で、その魔王の残滓をわずかながら得て生まれてきた。それ故に『超越者』となっている。
どういうわけか、生まれた時から地獄勢力に対抗せねばならんと言う使命感を持っていた。そして、エクナ預言書を見て、聖魔大戦が起こる事を知り、そして、何をすべきか悟って、現在までの全てを聖魔大戦を勝利するために費やしてきた。
諸君らの言う『狂王騒乱戦争』も、その為の布石の一つに過ぎない」
誰も言葉を発しないのを見て、今度は急にグラーダ三世が意地の悪い笑みを浮かべる。
「証拠ならあるぞ。
諸君らも知っているであろう?『魔人形ルシオール』の話を。あのルシオール人形に使われているのは、その深淵の魔王の髪の毛である。それ故に狂気の力を持ってしまったのだ」
いくつかの小さな悲鳴が聞こえた。
納得したような顔をする人が増えた。
「俗物だな」
グラーダ三世は口の中で呟く。
「深淵の魔王様の御名は、正しく『ルシオール』と言い、ルシオール人形によく似た御姿をしておられる。私にとってもう一人の母である。
ではあるが、ルシオール様が御味方くださるとは断言できぬ。なぜなら、以前も話したリザリエに知識を与えた青年が、このエレスに再臨するのを、ただ待っているだけで、この世界そのものには興味が無いご様子だ。
あるいはその青年が再臨したら、エレスを離れてどこかへ行ってしまうかも知れない。そうなったら、我等は聖魔大戦で、唯一魔王たちに対抗できる武器を無くしてしまう事になる。
であるから、その青年が再臨したならば、丁重におもてなしし、このエレスに居続けて貰わねばならぬ。万一にも気分を害する事があってはならぬ」




